或る火曜日のお話(2/3)



「おまたせー」と園から彼女が出てきたのは、それから約30分後だった。

 その間教え子の女の子(よんさい)に口説かれたり、マダムにちやほやされたり、手がより青臭くなったりしていた。



「葉っぱ、たくさん。どうしたの?」

「んー、べつに」

「そう……?」



 彼女は首を傾げ、左右で結った髪をほどく。手櫛で栗色の髪を梳くと、日に照らされきらきらと輝いた。

 俺の気も知らず、さわやかににこりと笑うと、隣にやって来る。



「今日は早い日なんだ」

「へい」

「夕方でも暑いねえ」

「うん」



 彼女は日傘をさし、俺も入れてくれる。俺を傘に入れるために頑張って腕を高くあげている姿が可愛いなと思った。

 でも不機嫌を貫く。

 自転車のタイヤとペダルがからからと回っていく。

 彼女の日傘が風に揺れ、きいきいと鳴る。

 カラスが遠くで鳴き、日が暮れていく。

 ふと彼女が顔をあげ、俺を見つめた。



「夜、なに食べたい?」



 大好物を答えそうになって堪えた。

 いつもは言わない、「なんでも」。



「……怒ってる?」

「べえっつにい」

「……遅かったから?」

「……」

「……」



 自慢の困り眉毛をさらに困らせ、しょんぼりとした顔をする彼女。いますぐにでも笑いかけて怒ってないよと安心させたい。

 ごめん、でも今日は不機嫌だから。



「……」

「…………」



 嫌な感じの沈黙が流れる。夏の風のような、もわっとした。絡み付くような。

 タイヤとペダルはからからと回り、彼女の日傘からはきいきいと小さな音がなっている。日傘に入りきっていない足元は夕焼けに染まる。



「……あっ、今夜はから揚げにしよ!」



 明るく振る舞う彼女を抱きしめたくなったが我慢した。

 ごめんね、本当は大好きなのに。

 から揚げも俺の大好物だ。

 小さく、「うん」と笑ってみた。

 彼女は胸を撫で下ろした。


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