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将斗さんに伝言を頼んだ彼――松本鷹雪は、亜子のことが相当好きらしい。
何度か告白をしたらしいが亜子の答えは常に保留。
彼女は「好き」という感情がわからない。曖昧すぎるその気持ちがわからないと言う。
「待ってるって。私が『好き』って気持ちがわかるまで待ってるって言ってくれたの。――でも、全然わかんなくて」
「曖昧だからな」
「私、どうすればいいのかな。ずっと松本くんを待たせてるの、悪い気がしちゃって」
そんなの。
嘘をついて、
「好きだよ」
あるいは、
「嫌い」
とでも言えばいい。それが一番簡単だ。
しかし、それが一番傷付く。ふたりとも傷付く答えだ。
「……亜子は、嘘なんかつきたくねえよなあ」
「うん……」
「なら、待たせるしかねえよ。本気だからずっと待ってるんだろうし。待てねえようなら、亜子のことそこまで強く想ってねえだろ」
人並みに恋愛論を語れただろうか? いいアドバイスはできただろうか?
――上手に恋をしたことのない俺が、そんなことを語る資格はあるのだろうか。
「ありがと」
「ああ……」
しおれかけていた亜子のあほ毛がぴょこんと跳ね上がる。
それから玄関の方を向き、「一恵さんかな?」とつぶやいた。あのあほ毛はアンテナかなにかなのだろうか。
すぐに玄関の開く音がして、「ただいま」という声。母さんの声だ。
「チーズケーキ」
「うん、お腹すいたね。みんなで食べようね」
思わずその単語が漏れ、慌てて口を塞いだ。顔も意識せずとも赤くなる。
くすくす、と鈴の鳴るような笑い声がすぐ隣で聞こえた。
恥ずかしくなって思わず睨む。
「おや、客?」
「一恵だよ。壱くんのママ」
「ああ、岳さんのワイフ」
「まだだってば」
そんな会話をしながら、岳さんたちも俺たちに近づいてくる。
1歩ずつ、幸せな音をたてて。