蒼天吉日
 ぎざぎざな輪郭をして、白く広い背中に斜めに走る、それ。

 大きな傷だった。
 立派な背中で、痛々しく自己主張して。打撲の痕よりも目立つ、その傷。

 それは右の肩甲骨から左の肩甲骨のまで届き、猫背気味の背中によってより強調されていた。

 絶句して、泣きそうになって。

 目をふさいで――もう一度開いた。

 そっとそれに触れると、赤らんだ顔が振り向く。しまった、という表情。



「あ。あー……ごめん。見せるつもりはなくて……その、寒いから。早く貼ってくれるかな」

「あ、は、はい」



 その傷の、少し上。首の付け根あたり。赤黒く変色した箇所に、スッとする香りの湿布を貼る。

 丸まった背中に触れた瞬間、少しだけ背中が反った。



「――っと、アリガト」

「……はい。あの、」

「でかい傷はさ、ヒトを助けたときにね、できた傷なんだ。……誇りかな。俺にとっての、誇り」



 そう言う壱くんの横顔は、淋しそうで、でも 少しだけ嬉しそうでもあった。

 背中を見つめていると、いつの間にかこっちを向いていて、頭を撫でられて。壱くんの笑顔が見えた。



「気にしないで」

「……凄いです。私は――誰も助けたこと無いですし……それに、私は」



 人を、ひとり。



「どうした?」

「い、いえっ」



 壱くんは不思議そうな顔をして私を見ていた。
 そして身体をぶるりと震わせ、赤らんだ肌を、服を着て隠す。



「じゃあ、部屋戻る。本当ありがとな。おやすみ」

「おやすみなさい」



 先程の淋しそうな表情が嘘のように笑っていた。きらきらと、眩しい笑顔。

 ぱたんとドアが閉まり、その笑顔が見えなくなった。


 ――誇り、かあ。

 その響きはなんだか恰好いい。

 でも……なんで淋しそうな顔をしたんだろう。



「壱くん、か」



 背が高くてツリ目で、黒い髪の毛はつんつんしてて、怖い雰囲気のある人だけど、話してみると優しい人で。

 笑うと、すごく幼い顔をする人。


 壱くんの笑顔を思い出しながら文庫本を開く。本当は早く寝ないといけないんだけど、今日はなんだか眠れない。

 しおりを挟んだページ。壱くんが、なんとも言えない顔で読んでいた。

 そっと、目についた一文字を指で撫でる。



「……恋」



 私のまだ知らない気持ちだった。


prev next // 目次
しおりを挟む


不器用 親バカ

25/102
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -