そこそこにやっていれば、何でもそれなりのことが出来た人生。
生まれ持っての才能、美貌。
今はまだスタート地点に立ったばかりではあるけれど、いつかきっと頂点に立ってやる。
ストイックに何事もこなしていく反面、強い野心を抱いて。
社会に出た己に早くも転機が訪れたのは、果たして偶然だったのか。





長い長い脚をこれでもかと見せ付けるように、長い廊下を優雅にかつ素早く走っていく姿。
綺麗にセットされたつんつんの茶色い髪の毛に加え、首にぶら下げた社員証がぶらぶらと揺れているけれど、それすらもどこか様になる。
昔何かの深夜番組で見かけたような顔の女性がすれ違いざまにその人物を見て、ほう、とため息を漏らした。
だが優雅に見えてその実わりと焦っている、注目を集めている張本人の青年はそれに気付かなかったようだ。
いや、気付いていてもどうでもいいと思うかもしれない。
だって彼は、急いでいたから。
僅かな隙を見つけて周りの目を掻い潜って、やっとの思いでこぎつけたチャンス。
これを逃してしまったらまたいつ会えるか分からない。
そんな思いに支配されている青年は、想像していたよりもずっと狭いことを入社してから知った、お粗末なテレビ局の廊下を走る。
向かうのはとあるスタジオ。
ドラマの撮影用によく使われるそこにたどり着いて、開けられていた扉の手前で息を整えて。
それから何事もなかったかのようにさり気なく入り込む。
照明が眩しくて、一瞬だけ目を細める。
ほどなくして捉えた、一人の影。

間に合った。

安堵から思わず小さく息が漏れる。
仕方ないだろう。
会いたくて。
顔が見たくて見たくて仕方なかった、その人物が今目の前にいるのだから。





グリーンがこのテレビ局に入社したのは、特に何か強い意思があったからではない。
何となく入社試験を受けたら何となくとんとん拍子に受かってしまって、何となく入社を決めたのだ。
テレビ局って、何かすごそうだし。
色んな有名人に会えるかもしれないし。
業務内容もそこそこ面白そうだし。
そんな緩い動機しか持っていなかった彼が受かってしまったのは、やはり生まれ持っての資質であろう。
昔から何でも器用にこなすことの出来たグリーン。
有名な博士を祖父に持ち、美人で才色兼備な姉を持ち。
エリート街道まっしぐらな彼は、慣れない仕事だってそれなりにこなしていた。
上司からのウケもいい。
交友関係の広さからも分かるように、性格も気さくで人気者。
誘われたので芸能関係の合コンなんかにも出席しては、綺麗な子を引っ掛けて軽い関係を楽しんで。
そんな世の中の男子たちが羨むような日々を過ごしていたのだ。
…数ヶ月前。

『彼』と出会う、その時までは。



撮影現場に漂う少し緊張した空間。
その中でも一際輝いている存在。
思わず忍び込んでいることも忘れて、その演技に見惚れる。
眩い照明の中で、静かな演技を続けているその人。
役柄としては決して大きなものではないけれど、この中のどの重鎮役者よりも綺麗な演技をすると、グリーンは思う。
艶やかな黒髪に空虚を見つめているような黒い瞳。
一挙一動に魅せられる、そんな感じ。
つまり単純にグリーンは彼の容姿と演技が、好きだったのだ。

はいオッケーという監督のお決まりのカットの言葉に現場の緊張が緩む。
皆が仮面を剥がして笑顔を浮かべる中、グリーンの意中の彼は尚も無表情で。
そのままぺこりと先輩役者たちにありがとうございました、とお辞儀をしている。

やがて彼はスタッフの中に紛れ込んでいるこちらを見つけて。

きょとんと少し驚いたように目を見開いたのが分かって、彼の表情を動かせたことに少しだけ優越感を覚えたのはここだけの話。



まだ新米役者である彼とグリーンが出会ったのは、ただの偶然からだった。

主にバラエティ番組関係の仕事が多いグリーンは、それこそドラマの撮影現場になんて足を運んだことがなく。
意中の彼もまた、まだ無名に近い状態故にドラマ関係以外からのオファーなんてくる訳もなかった。
接点なんて全くなかった二人。
それが、奇しくもグリーンがその時までそれなりに楽しんでいた合コンがきっかけで。
今のような関わりを持つようになったものだから、人生とはやはりどこで何が起こるか分からない。

それは合コンの主催者がたまたま、幅広い方面に知り合いを持つ人物だった時だ。
新米役者の彼は数合わせで半ば強引に引っ張られるようにやって来た。
こんな世界なんだから交友関係を広く持て、という言葉で連れて来られたらしい。

―――新人俳優のレッド君だ。
―――まだ無名だけど、これからきっと登り詰めていくぞ。

そんな紹介をされた時はもちろん、彼のことなんて顔も名前も知らなくて。
渋々と言ったように、男女向かい合わせになるようセッティングされたテーブルに腰掛けた彼。
グリーンの隣に黙って座ったその人に、愛想のない奴だなぁと思ったものの。
確かにその横顔には、芸能人というか。
どことなくオーラがあるというか。
美しさが、確かにあって。

「俺はグリーン。よろしくな」

まだ女性陣が来ていない隙を狙って、自己紹介をしておいた。

「…よろしく」

ちらりとこちらを一瞥しただけのレッド君は、名乗り返すこともせず、そんな小さな返事をしただけで。
そこからはまた黙ってぼんやりと前方を見つめていた。
無関心そうなその反応に、グリーンが肩透かしを食らったような気分になったのは仕方のないことだ。

(なんつーか、暗い奴だな…)

特に会話が発展することもなく、沈黙が下りてくる。
普段ならどんな人物を相手にしても気さくに話しかけられるグリーンなのだが、彼に関しては何故か話しかけづらくて。
近寄りがたいオーラを放ち、にこりともしない彼に抱いた最初の印象はたったそれだけだった。
しかし誰とでも気さくに会話出来るということに定評のあるグリーンは、何となくこのことにプライドを傷つけられたのか。
はたまた、遠くを見つめる彼の瞳の先に気付かぬうちに興味を抱いたのか。
平常なら女性との会話を心の底から楽しむ彼は。
その日だけは、隣で黙って飲み食いを続けている美しい新米俳優の横顔に意識を持って行かれて仕方がなかった。

そして釈然としない気持ちで終えた合コンの数日後。
相変わらず赤の他人同士であった二人が再会したのは、冒頭と同じような、ドラマの撮影現場だった。

前々から違う部署にも興味を持っていたグリーンが、日頃から可愛がってくれている先輩社員に連れられてこっそりと撮影見学をさせてもらった時のこと。
深夜ドラマの撮影で、まだ名の売れていない役者たちが大勢出演しているようなものだ。
(もちろんそれでも主演たちはそこそこに名前の売れている人物だったので、そこそこに楽しめた)
そしてその中に。

(…あ。あいつ)

彼が、いた。

数人の役者に紛れるように、ぼんやりとセット内に立っているその人物。
本当に役者だったんだなんて失礼なことを考えつつ、気が付けば視線は彼だけを目で追っていて。
やはりもとがいいから衣装やメイクもそこそこに映えている彼の出番が近いと知ると、いよいよグリーンは身を乗り出していた。
もちろん自分自身では気付いていない。
無意識に、彼に引き寄せられていたのだ。

撮影開始の号令が響く。
途端に空気が重苦しく、緊張したものに変化したのが分かった。



「―――さわるな」



そしてその。
第一声を放った、初めて聞く「彼」の凛とした声に。
先ほどまでとは違う意味を持つ「無」の表情に。
まるで雷に打たれてしまったような衝撃を、覚えたのだ。


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