世に広がる妙に浮き足立った空気が気に入らなくて気に入らなくてむかついた。
だって今日はバレ……いや、いつもと何も変わらない普通の日だけど。
夕食を作る気分にはなれなくて出来合いのもので済ませて片付けも終えて。

なんとなく、つまらない気分になりながらベッドへとダイブした。
その直後、まるで見計らったようなタイミングで鳴ったバイブに驚いた。
こんなタイミングでメールしてくるのなんて、あいつだけだ。
驚きを飛び越え引きながらケータイを開く。


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Date:2012 02/14 19:16
From:アベリオン
sub:無題

今からお前んち行くから
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思ったとおりの相手が表示された。
唐突にもほどがあるだろばかじゃねえのこいつ。
別に断るほどの用があるわけでもない。
けれど、毎度毎度タイミング良く来るメールは嫌味にすら思えてむかついた。


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Date:2012 02/14 19:19
To:アベリオン
sub:はあ?

来るなボケ鍵開けねえぞ
どうせお前また泊まってく
つもりだろ
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送信ボタンを押してからケータイを握ったまま寝返りを打つ。
ネトゲしようか、それとも新しく買った格ゲーやるか。
ぼう、と悩んでいれば、またバイブレーションが鳴った。


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Date:2012 02/14 19:22
From:アベリオン
sub:Re:はあ?

ノワールのチョコケーキ
食べたかったら茶でも準備
しといて
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……ノワール?
ノワールってあれだろ、隣町にある有名なショコラティエがやってるやたらと洒落た店。
どれもすげえ美味いんだけど、アホみたいに値段が高い。
相応のチョコやらココアやらを使ってるのもわかるけど、とても簡単に手が出せるものじゃない。
まして、バイトで食い繋いでる僕であれば、尚更。

しかも今日ってバレンタインじゃん。
いや、そんな日なくなったような気もするけど。
でも、確か今日のノワールはバレンタイン仕様で数量限定のチョコケーキしか売ってないはずで。
ああ、そういえば今日アベリオンのやつ堂々と午後から学校来てたんだっけ。
バレンタイン嫌になったのかよ、とパリスがからかってたのを思い出す。


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Date:2012 02/14 19:24
To:アベリオン
sub:ばかだろお前

なんでそれ買えてんの?
すげえ少ない限定品だろ
お前それで今日遅刻したの
かよ
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カチリ、と送信ボタンを押してからああしくった、と思った。
うああああ、と奇声をあげながらベッドの上を転がる。
近所迷惑?割と防音ついてっから大丈夫なんじゃねえの知るかよああくそ!

あまりに華麗な流れで若干毒づいたメールを送ってしまった。
もうそれは習慣のようなものだ。
茶くらい出してやるって言えば、食えたかもしんねえのに!
バレンタインの限定品だぞ、朝イチで並んだって買えるか怪しいくらいの人気商品なのに!

……まあ、どうせあいつが素直に半分よこしたりなんてしないだろうけど。
どうせ僕の目の前で美味そうに食うつもりなんだろうけど!
ああ、やべえ、なんか想像しただけでむかついてきた。


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Date:2012 02/14 19:27
From:アベリオン
sub:お前がな

昨日の夜から並んだんだか
ら感謝して土下座しなよ
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ケータイを開いた瞬間にさらにイラっとして思わず跳ね起きた。
なんで僕がアベリオンなんぞに土下座しなきゃなんねえわけ?


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Date:2012 02/14 19:29
To:アベリオン
sub:いやお前がだし

誰がするか死ね
つーか食べる相手僕様しか
いないんでちゅかー?
可哀想なヤツww
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送信ボタンを押して送信中って画面が出た瞬間に僕は冷静になった。
やばくね?これ同じ内容でアベリオンから着たらケータイ逆パカすると思う。
あまりに感情的になりすぎた、と反省して送信中止のボタンを連打する。
まじで食えなくなる!
「送信しました」
端的に書かれた結果の画面が出た瞬間にちょっと泣きたくなった。
電話して謝ってしまおうか、バカにされたとしてもアレあいつと食えんならいいような……
……やっぱ無理、ありえねえ、でも、
バイブレーションが鳴り響いて思考が中断された。


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Date:2012 02/14 19:30
From:アベリオン
sub:Re2:いやお前がだし

エンダの腹の中に収めてく

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恐る恐る開いてみて、数秒固まり即座に返信する。


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Date:2012 02/14 19:31
To:アベリオン
sub:Re3:いやお前がだし

待てばか勿体ねえ!
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ついでに謝っちまえばよかった。
電話よりかはマシだったのに、とそう思ったときにはもう遅い。
エンダに食わしたらあんまりだと思って思わずそのまま送ってしまった。

仕方が無いからもう1通連続で送っちまおうと決意する。
新規メール作成の画面を開いて、指が止まる。
なんて打てばいいんだ、謝るの?僕が、アベリオンに?

少し躊躇いながらも、文字を打っていく。
文章を見て、うええ、と気持ち悪くなってきて耐えられそうにない。
これ送るの?まじで送るの?
アベリオンもそう思うんじゃないだろうか。
だって、あいつと僕は変なところで似ていて、ああ、じゃあなんて送ればいいんだよ。
全部消して再度打ち直そうとしたところで、上のアイコンが通信中に変わる。


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Date:2012 02/14 19:34
From:アベリオン
sub:Re4:いやお前がだし

俺の分も食われそうだから
やめた
パリスんち行ってくる
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メールを見て画面を閉じようとすれば、送信ボタンを押せなかったメールの画面になった。


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To:アベリオン
sub:

悪い、
茶淹れて待ってっから
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ケータイを閉じもせずに床に叩き付ける。
ばからしい、最初からそうしてりゃよかっただろ。
息ができないほどに枕に顔を埋める。
苦しくて苦しくて、全部ぜんぶ、嫌になる。
だからバレンタインなんて嫌いなんだよ、ろくなことがあった試しがねえ。
そのまま暫く動く気になれずにいれば、床に落ちたケータイがうるさくバイブレーションを鳴らす。
あんまりに耳障りなので拾いあげて、戸惑った。


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Date:2012 02/14 19:40
From:アベリオン
sub:拗ねんな

寒いからさっさと鍵開けろ
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目元を擦ってから玄関へと駆ける。
二重ロックを外して扉を開けた先には、頬を赤らめて白い息を吐く見慣れた姿があった。


「……パリスんとこ、行ったんじゃねーのかよ」


ああ、なんで来てんだよ、わけわかんねえ。
つーかなんであんな早いの、いつ家出てたんだよこいつ。


「だから拗ねんなって」
「誰が拗ねるか!」
「だったら、「なんでお前に即レスしなきゃなんないんだよ面倒くせえ」


なんで返信しなかったの、と言われることくらい予想がついて、
言葉を被せるようにそう放ってから過ちに気が付く。
これじゃ、気を悪くしたことは認めたみたいじゃねえかよ。


「お前んちとパリスんち逆方向じゃん、わざわざ戻るなら一人で食うって」
「…なら黙って一人で食ってろ」
「……あー、もうなんでもいいから中入れてほしーんだけど、寒くて死ねる」
「あっそ、勝手に…っひゃあ!?離せ首さわんな冷たいとかいうレベルじゃねーだろ!」


氷のような手が首に触れてぞわりと寒気がした。
勝手にすれば、と言い放つつもりが遮られて消える。
やっぱりむかつく、こいつむかつく!

けれど、それこそ拗ねたような口ぶりで吹雪じゃ電話できねえし、と返されて納得する。
そういや手袋してたらメールも打てねえし、そりゃ手もこれだけ冷たくなる。


「……普通了承とってから家出んだろ」
「お前が人を20分以上待つわけない」
「人じゃねえよ、アベリオンをだ」
「本当ボコってやろーかこいつ」
「喧嘩売ってんならいつでも買うぞコラ」
「お前、1回送信メール見てみれば?」


言い返そうとして、言葉に詰まった。
打ちかけて消えているであろう先のメールが頭をよぎる。


「………………茶、淹れてくる」


それに、思い返せばアベリオンの言葉のどれもがまるで僕を気遣ってるような口ぶりに感じた。
チョコケーキの件もそう、それだけのためにわざわざ吹雪の中歩いてきて。
僕が大人しく長く待つわけもないから先に家を出て、悪態つかれようがここまで結局来て。
なんでそこまで、と思うけど、聞く気にはなれなくて、でもさすがに居た堪れなくなった。



情緒不安定にもなりたくなる
(はじめて過ごした少しだけマシなバレンタイン)






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