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■ ◆イタリア料理を食べに行こう

トリップしてから早15年。

自責の念だとか、自分の手が汚れているだとか、そんな事を考え続けた15年だったけれど、幸せではなかったのかと聞かれれば首を横に振って苦笑出来るようなそんな人生だった。失ったり喪ったりした事を捨てきれずに抱え込みながら生きていたけれど、小さな幸せを噛みしめる事が出来る程度には俺は図太く、また汚かったのだと思う。
そして、そんなドロドロな自分を大切な子供の前にさらけ出せる程、俺はまた厚顔ではなかった。ハルノと会わない、という事が男との制約の上で成り立つハルノの平和の為であったとしても、彼に会わないという選択は、結局自分の為だという事が分かっていた。もう色々と考えるのはたくさんだったのだ。自分を身を粉にして何かを成し遂げる精神力も、全てあの子をDIOの館から逃がす時に使い切ってしまった。そんな半分抜け殻のような自分を見て、ハルノに拒絶されるのが怖かったのだ。俺はその程度には弱い人間だったし、特別な人間ではない普通の人間だった。

普段の生活は、ふとハルノの事を思い出しては夢にうなされて、飛び起きての繰り返しだった。たまに見れる幸せな夢が慰めになっていて、そんな自分に我ながら呆れたものだ。
そんな心境だったからか、俺はもうすっかりかつての様に楽しく料理なんて出来なかったし、ただただ意味もなく社会の歯車のように働く毎日だった。裏の仕事に手をつけなかったのは、一種の意地だったのだと思う。もっとも、お金を貯めても、それを使う予定なんてまったくなかったのだけれど。

だから、いつものようにくたびれたスーツを着て誰も待っていない家路についていた俺が、その店に足を踏み入れたのは全くの偶然だった。
たまにはお金を使おうと思ったのかもしれない。もしかしたら、何か感じるものがあったのかもしれない。
理由は分からなかったけれど、とにかくその時の俺は久しぶりに自分の為に時間を使おうかと思っていたのは確かだった。



「いらっしゃいマセ。さ、お席へドーゾ」



店に入っての第一声は、カタコトのおもてなしの言葉だった。トニオ・トラサルディーと名乗った彼は一人でこの店を切り盛りしているという。
その顔は料理が楽しくて仕方がないといったような生き生きとしたもので、俺は思わず眩しいものを見るような目をしてしまった。もう、俺にはそんな顔は出来ないと思ったからからかもしれない。

料理のメニューを聞こうとしたら、聞く前に手で制されてしまった。曰く「ワタシがお客サマを見て料理を決める」だとか。つまり、俗にいうおまかせコースという奴なのだろう。はたしてそれがいくらになるのか分からないのが怖い所だが、まあいくらになろうと今日は散財するつもりで来たのでいいか、と思った俺は大人しく椅子に座った。そして眉間をもんでいたら、ぱっとその手をとられる。・・・これは、どういう事だろう。



「アナタ・・・ここ最近・・・いやズット・・・コレは腕がなりますネ」



いや、本当にどういう事?と、半ば呆然としながらそそくさと厨房に入って行ってしまったトニオさん(そう呼んで下さいと言われた)に疑問を持ちながら待つ事30分。
いい加減お冷が飲みたいなあと思ったけれど、一人で切り盛りしてるならまだ待つのも有りかなんて考え直してくつろいでいたら、トニオさんが奥から料理を持ってきた。

いや・・・料理といえば料理なのだが・・・来て最初の料理が・・・。



「・・・いや、あの・・・前菜とかすっとばしてデザートのプリンはちょっと・・・」
「おヤ?まさかアナタもこのプリンの事を”男が女子供が食うものを食べるなんてチャンチャラおかしい”ナドとは言ったりしませんよネ?」
「いや・・・そうじゃなくて、俺は夕ご飯を食べに来たんですが・・・いきなりデザートはちょっと・・・。それにプリンは・・・食べられない」
「ですが、アナタに今何よりも必要なのは、ワタシはこのプリンだと思いマス」



どうぞ、お食べ下さい。そう言って頭を下げたトニオさんに困惑しつつ、そっとスプーンを手に取った俺は、それを一口食べた。
これが好きだった子の事を嫌でも思い出すから、この十数年、これだけは意地でも食べなかったのに。これがあまりにも美味しそうなのがいけない。
無言で二口、三口と食べて、ゆっくりと飲み込む。ぽたっと机に水滴が落ちて、そこで俺は初めて自分が泣いていることに気がついた。



「・・・おいしいですカ?」
「・・・ああ、とてもおいしい・・・おいしいよ」



久しぶりに、料理をおいしいと感じた。食べる度に、涙が出てきて、嗚咽が止まらなくなる。
泣いたのも、随分と久しぶりだった。最後に泣いたのがいつか思い出せないくらいには泣いていなかった。



「アナタに必要な癒しは、体ではなく、心なのですヨ。心が健康でなければ、体を健康にしても意味がアリませんからネ。まずは料理をおいしいと感じるコトからスタートしまショウ」



お代は結構です。と言い切った彼は、ではお腹いっぱいになって頂きましょうか。と前菜やら主菜やらを持ってきた。プリンを食べる前よりはこれも美味しいと感じる筈ですよ、とにっこりほほ笑んだトニオさんは、料理人としても人としても素晴らしい人だと思う。

後に俺はこれをきっかけに料理を作り始め、更に貯めたお金を喫茶店を始める為の資金として使おうと思い始める頃には、俺はちゃんと食べ物を美味しいと感じられるようになったという事だけは明記しておこう。




イタリア料理を食べに行こう




(トニオさん・・・それ・・・スタンド・・いや、黙っておこう)(・・・?おや、いらっしゃいマセ仗助クン、億康クン、承太郎サン)(?!)
(〜この後全力で逃げた〜)

匿名様リクエストありがとうございました!

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