***

ひと月ほど前、俺に弟ができた。
 
もちろん本当の弟では無い。
だけど、きっと弟が居たらこんな感じなんだろうな、そう思うような存在だ。
 
昼前になって、太陽はてっぺんに来た。
とっくに俺との手合わせがすんだレハトは、今は別の衛士と訓練をしている。
俺も朝約束をした同僚との手合わせを終えて休憩中だ。
地べたに胡坐をかいて座り込み、手合わせ中のレハトと衛士を見る。
衛士は今年入ってきたばかりの新人だ。
俺より少し低いくらいの背丈の衛士に、レハトは小柄な体を生かしてうまく攻撃している。
休憩中のほかの衛士たちは微笑ましそうに若者二人の訓練を眺めている。
 
以前までは、王になる可能性は低いとはいえ「王候補」であるレハトが訓練に参加することを、良く思う者は少なかった。
万が一怪我でもさせてしまったらと考えてしまうのは当然のことだろう。
しかしついこないだ。レハトの願いで衛士たちと一緒に食事をして以来、皆レハトに対する態度が目に見えて柔らかくなった。
レハトと衛士へ目を向ける。
レハトの相手をする衛士は、本気とまでは言わずともすっかり手を抜いているという様子ではない。
一つの鍋を囲んだことで衛士たちのレハトに対する警戒がゆるみ、そこへ生来のレハトの懐っこさがするりと入り込んだのだろう。
今ではレハトと手合わせをすることを嫌がる者は少なくなった。
 
兄貴分の俺としては、正直俺以外の衛士に懐くレハトを見て面白くないと思わなくもないが、
やはり大事な弟分が仲間に受け入れられたことは嬉しい。
真剣な目で相手との間合いを計りながらも楽しそうに剣をぶつけ合うレハトに、思わず胸のあたりが温かくなるのを感じた。
 
 
「やっぱり、最近レハト様綺麗になったよなあ」
 
 
突然耳に入ってきた言葉に体が強張る。
怪しまれないように目だけ動かして声のしたほうを見ると、どうやら俺より少し年下の衛士たちの声らしかった。
少しだけ背筋を伸ばして、何気ない風を装って聞き耳を立てる。
視線はレハトたちに向けたままだ。
 
 
「俺も思った。なんかちょっと色っぽくなったよな」
 
 
色っぽい!?
素っ頓狂な声が出そうになって、慌てて飲み込む。
色っぽいってなんだ。レハトはまだ未分化だぞ。
 
 
「俺こないだ舞踏会の警備任されたんだよ。そんとき初めて知ったんだけどさ、レハト様って結構モテるんだなあ」
 
 
むかむかとする胸を抑える。
衛士たちの口は尚も俺を不愉快にさせる言葉を吐き続けた。
 
 
「レハト様が会場に現れたときから、皆我先にってレハト様を踊りに誘ってさあ。
 あんまりひっぱりだこなもんだから、最後はローニカさんが助けに入ってたよ」
「はー、ついこないだまで『田舎者』だなんて言われてたのになあ」
 

まあわからんでもないけど。
聞こえる言葉に、握った手が震える。
 
 
「気取ってなくて、マナーもまあまあ。なにより額に印を持ってる。おまけに美人ときちゃあ、貴族様の結婚相手としちゃあ言うことなしだろうよ」
 
 
「レハト!!」
 
 
掻き消すように大声でレハトを呼んだ。
何が"美人"だ。”色っぽい”だ。レハトは俺の弟だぞ。

突然大声をあげて近づいてきた俺に、手合わせを終えたばかりのレハトは不思議そうな顔でどうしたの、と声を掛ける。

まだ未分化で、こんなに小さい俺の弟分。
"モテる"だ?"結婚相手としちゃあ言うことなし"だ?
 
なんでもない、無理やり笑みを浮かべて応えながら水を渡す。
ありがとう、と笑う顔はひどくあどけない。
 
馬鹿を言うな。
こんなに無垢な子どもをそんな目で見るんじゃない。
行き場の無い怒りを腹の底に押さえつけたまま、レハトの汗ばんだ髪をそっと整えた。
 
大事に育てた花に、泥水をかけられたような。
そんな言いようのない感情は、しばらく俺の中から消えることはなかった。
 
 
>>3
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