***

「すぐ済むと言っているだろう」
「いくら公爵様とはいえ、そのご命令は承ることはできません」
 
 
目の前で睨みあう2人を見上げる。
苛立った表情でローニカを睨むハティナ侯爵。それに応対するローニカにも、いつもの笑みは浮かんでいない。
 
貴賓室に到着して。
扉を開くローニカに、ハティナ公爵は
 
「君は遠慮していただきたいんだがね」
 
笑顔を消した顔でそう言った。
私の護衛も任されているローニカがそんな命令に「はいそうですか」と従うわけもなく。
しかし相手は公爵だ。高い地位を持った彼は表向きは単なる侍従であるローニカの言うことを聞くような人間ではない。
 
 
「ローニカ、私は大丈夫だから」
「っレハト様、ですが」
「すぐ済むのでしょう」
「ええ、もちろん! こんな時間に女性を長々と引き留めるような真似は致しませんよ」
「ね、ローニカ、心配なら扉の前に居てくれて良いから」
「……何かありましたら、すぐに私をお呼び下さい」
「うん。わかってる」
 
 
苦虫を噛み潰したような顔のローニカを置いて部屋に入る。
扉が閉まると、公爵は見慣れた笑みで用意された椅子を引いた。
 
 
「それで、お話しとは?」
「はは、ずいぶんとせっかちですねレハト様」
 
 
引かれた椅子に腰かけ、話を切り出す。
私の問いかけに軽薄な笑みで返した公爵は、またすぐに表情を変えた。
 
 
「まあ、こんな時間ですからね。手っ取り早くお話ししましょう。用件は一つです。
 レハト様、どうか私と婚約を結んでいただきたい」
 
「……え、」
 
 
テーブルを挟んで言われた言葉に、声が詰まった。
突然なんの冗談を。
そう思っても向かいに座る公爵の瞳は真剣そのもので。 
からかっているわけではないのだとすぐにわかった。
 
 
「……申し訳ありませんが、それはお受けできません」
「……何故」
 
 
ならばとこちらも真面目に答えを返すと、公爵の顔色は一変した。
 
 
「何故と申されましても。私は今までそのようなことを考えたこともございませんので、」
「何をおっしゃる!」
 
 
突然、椅子を倒すほどの勢いで公爵が立ち上がる。
そのまま勢いを殺さず詰め寄られ、思わず自分も腰を上げる。
 
 
「公爵殿、」
「あれほど私に笑顔を向けてくださったではありませんか!」
「おやめください公爵殿っ」
 
 
窓際に追い詰められ、ガラス窓と公爵の間に挟まれる形で見つめあう。
一瞬前まで凪いだ海のようだった彼の眼は、燃え盛る炎のようにぎらぎらと揺れていた。
 
 
「私はそんなつもりで貴方とお話ししていたわけでは」
「嘘をつくのはおやめください、貴女も私と同じ気持ちなのでしょう」
「何を、」
「わかっております、だからこうしてこのドレスも着て下さったのでしょうっ」
「いやっ」
 
 
公爵の手が、首元まで止められたドレスのボタンに掛かる。
勢いよく左右に引かれたそれは音を立てて千切れ、露わになった胸元を思わず両腕で隠す。
しかし公爵は動きを止めず、そのまま首筋に顔を埋めた。
 

「やめ、やめて!」
「ずっとこうして触れたかった……。滑らかな肌、なんと白い……」
「公爵殿っ」
 
 
力強い手が胸を隠す両腕を掴み、両手を窓の桟へと縫いとめられる。
床まで覆う長いスカートのせいで身動きが取れない。
手首を抑える手、首を伝う舌、鼻につく濃い香の匂い。
全てが不快で。
 
ローニカは私の手首に跡が付くまで力を込めたりしない。
ローニカは私が不快に思うようなことはしない。
ローニカはこんな匂いの香はつけない。
ローニカなら。
 
 
「嫌だ、ローニカ!!」
 
 
弾けるような音がした。
 
あまりの勢いに軋む音を立てた扉から入ってきた影は、目にも止まらぬ早さで私に覆いかぶさった公爵を引き剥がした。
 
 
「貴様、貴様!」
「う、うう」
 
 
床に叩きつけられた公爵は痛みに顔を歪める。
立ち上がろうにも、青年らしい体つきの彼では首を押さえつけるローニカの左手から逃れることはできない。
ローニカは地の底から這い上がってくるような声で公爵を罵り、その右腕を振り上げた。 
彼が何をしようとしているのか理解し、慌ててその右腕に飛びつく。
 
 
「ローニカ!」
「っ、お放し下さいレハト様!こやつは許されてはならないことをした!」
「だめ、落ち着いてローニカ!」
「レハト様!」
「だめ!」
 
 
一介の侍従であるローニカが、非があるとはいえ公爵の地位にあるような人物を殴ったとしたら。
どんなことになるかは容易に想像がつく。
騒ぎを聞き駆けつけた衛士たち数人が羽交い絞めにし、ようやくローニカを公爵から引き離すことができた。
 
 
「……レハト様、このような、」
「ごめんねローニカ、ごめんなさい」
 
 
衛士たちに牽かれて行く公爵を見送り、やっと落ち着いたローニカは自分が羽織っていた上着を脱ぎ、そっと私の肩に掛けた。
 
 
「わたくしめの上着なぞでは不快でしょうが、どうかこのまま、部屋に着くまでは」
「……ありがとう」
 
 
そのまま大きな手に背をやさしく押され。
何事かと集まった家臣たちから私を隠すように進むローニカの背を見つめながら、上着から香る新緑に似た香りに心が落ち着いていくのを感じた。
 

 
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