***
 
公爵から贈られた布は確かに見事なものだった。
夜の空に似た濃い藍色に、星のような銀糸で複雑な模様が織り込まれている。
今月の舞踏会に間に合わせるために、と頼んだ仕立て係も慌ただしく作業を進めながら「こんなに立派な布、見たことがありません」と言っていた。
もちろん、出来上がったドレスもまた見事なもので。
 
豪華な食事が並べられた広間。
煌びやかな衣装を着た貴族たちがそこかしこで会話を交わしたり、踊ったり。
私も数人から踊りの誘いを受けた後、さりげなく人並みから抜け出した。
広間の隅。窓の近くの壁に寄りかかり新鮮な空気を吸っていると、窮屈なドレスにうんざりしていた気持ちが少しだけ和らぐ。
す、と隣に人の気配がして視線を向けると、相変わらず穏やかな笑みを口元に浮かべたローニカが立っていた。手には飲み物が入ったグラスを持っている。
どうぞ、と手渡されたそれを軽く煽ると、仄かな果実の甘みが喉を通った。
 
 
「お疲れですか」
「うん、ちょっとだけ。このドレス、いつものより重くって」
「いつもレハト様がお選びになる種類の布とは少し違う種類のもので仕立てましたからね。この布は上物ですが少々分厚い」
「ん。それに、こういう落ち着いた色のドレスって着たことなかったから、なんとなく落ち着かない」
 
 
顔を下へ向けてドレスを見下ろす。
布が暗い色のため、装飾具も豪華ながらも落ち着いた色味の物が選ばれた。
いつもは下ろされたままの金の巻き毛も、今日は頭の高い位置で結われている。
友人の一人・ユリリエのそれよりも少し茶色がかった髪は背中の中ほどまであり、生まれつきくるくるとうねっている。
城に来たばかりのころ、侍女たちに幼子が遊びに使う人形に似ているとよく言われたものだ。
そこへ分化してもそれほど変化を見せなかった貧相な体つきも手伝って、私は年齢より幼い外見をしている。
そのため普段選ぶ布はどちらかと言えば明るい色のものが多い。
ローニカや仕立て係も明るい色のほうが似合うと言うし、私もそう思うから。
なのでいつもと正反対の今日のドレスは私にはひどく不釣り合いに思える。
色に合わせて選ばれた形もずいぶんと上品な、大人っぽいもので。
背も低くくびれもあまりない私の体では、それこそドレスに着られている状態になっている。
 
踊りに誘ってきた貴族たちは皆「よく似合う」とおべっかを並べたけれど。
広間に来る前、部屋の姿見で見た自らの姿を思い浮かべる。
 
 
「早く帰りたいな」
「レハト様……」
 

壁に寄りかかり溜息をつく私に、ローニカは気遣うように名前を呼んだ。
 
 
「レハト様」
「ハティナ公爵殿」
「素晴らしい、よくお似合いで!」
 
 
私の見立てに間違いはなかった!
にこにこと笑いながら近づいてきたのは、この布の贈り主だった。
動くのも億劫な体をなんとか真っ直ぐ立て直し、無理やり笑みを浮かべる。
 
 
「このような素晴らしい布を贈ってくださって、本当に有難う御座います」
「いやいや、この布を一目見たときに絶対にレハト様に似合うと思ったのです。ただの自己満足ですから礼などいりません」
 
 
ははは、と快活に笑う公爵に乾いた笑みを返す。
私と彼ではそれほど歳に差はないはずだが、服の趣味にはずいぶんと大きな溝があるようだ。
疲労を隠しながら会話を続けていると、公爵が思い出したように言った。
 
 
「ところで、レハト様。この後なにかご予定でも」
「いえ、特には有りませんが」
「それは良かった。実はこの後お話ししたいことがありまして、貴賓室をお借りしているのです」
「はあ、それは……」
 
 
突然の誘いに、侍従を見上げる。
ローニカは少しだけ眉を潜め、しぶしぶといった様子で頷いた。
 
 
「もう夜も遅いですので、少しだけになりますが」
「十分ですとも! お請けしていただけてよかった。では行きましょうか」
 
 
いやに軽い足取りで人混みをすり抜ける彼の後を追う。
後ろには当然のごとくローニカがついてきていて、早く終わればいいな、と小さくため息をついた。
 
 
 
>>3
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -