目を開いたら、城の中だった。
その隣には見慣れた口うるさい従者。
やいやいと口論しながら中庭に面した廊下を進んでいる。
 
(ああ、夢だ)
 
ヴァイルは靄がかかったようにぼうとする頭で理解した。
視界は現在の自分よりだいぶ下にあって、それはまだ自分が未分化であることを表している


ずいぶん成長したもんだ。
そう心の中で他人事のようにつぶやいた。
 
 
「あーあ、めんどくさいなあ」
「ヴァイル様、口には気をつけてくださいと何度も」
「わーかってるって。ったく、衣裳なんていつものやつでいいのに」
「馬鹿なことをおっしゃらないで下さい! 未分化時代の最後となる舞踏会でございますよ

、それ相応の衣裳でなければ」
「はいはい、うるさいなあ」
 
 
従者の小言を不機嫌さを隠さず聞き流し、渋々と衣裳部屋の取っ手へと手を掛ける。
 
(懐かしい)
 
レハトが城へやってきて、最初の年の赤の月だ。
来月に控えた1年最後の舞踏会のために衣裳を新調することになったのだ。
心情的には舞踏会の際にいつも着ているシンプルなドレスで良いと思ったのだが、従者たち

は許してくれなかった。
 
 
「あら、ヴァイル様がここにいらっしゃるなんて珍しい」
「来たくて来たわけじゃないよ」
「ヴァイル様!」
「はいはいわかってるって」
 
 
馴染みの侍女と軽口を交わし、口うるさい従者をしっしと追いやる。
従者はため息をつきながら別の侍女と隣の部屋へ向かった。ヴァイルの衣裳についての話し

合いをするのだろう。
”ずるずる”が嫌いなヴァイルは、その衣裳の布やら柄やらの細かいことは従者に任せるこ

とが多かった。
従者が扉の向こうへ消えるのを見送って、自分は布が重ねられた机のそばにあるソファに身

を沈める。
勢いよく座ったやわらかなソファからはぷんと強い香水の香りが舞い上がる。
ヴァイルがあからさまに眉をしかめたとき、従者が入って行った扉が再び開いた。
 
 
「あれ、ヴァイル」
「レハト!」
 
 
もう戻ってきたのかと驚いて扉へ目を向けると、そこから出てきたのは従者ではなく。
額にヴァイルと揃いの印を抱いた、もう一人の寵愛者・レハトだった。
 
 
「珍しいね、ヴァイルとここで会うなんて」
「う、うん」
「舞踏会の衣裳を作りに来たのかい?」
「まあね、あんたも?」
「ああ」
 
 
現在より少し男性的な話し方のレハトに懐かしさがこみあげ、同時にあからさまに口数が減

った自分に顔が熱くなる。
 
このころ既に、ヴァイルはレハトへ友人に向けるのとは違った想いを抱いていた。
それまでは同じ運命の下に生まれた仲間のようにしか思っていなかったのに。
城の中で偶然レハトに会うだけで嬉しくてたまらなくなったり、わざとレハトが来る時間を

狙って広間に行ってみたり。
自分らしくないと思いながらも、急速にレハトへと傾いていく心を止めることはできなかっ

た。
 
 
(まあ、未だにあんまり変わってないけど)
 
 
ヴァイルは今でも仕事の合間に二人で茶を飲むだけでそわそわしてしまう自分を思い返し苦

笑する。
そんな合間にも夢の中の二人は会話を重ねていた。
 
 
「めんどくさいよなあ、一年の最後だからって」
「僕はこういうの嫌いじゃないから、結構楽しいよ」
「げー、俺あんたのそういうところだけは理解できない」
「ヴァイルにそんなこと言われると寂しいな」
「……あんた、よくそんな恥ずかしいこと言えるよね」
 
 
ヴァイルの言葉に、レハトは卓上の布を手に取りながら小さく笑う。
薄く光沢のあるそれはレハトの手のひらの上できらきらときらめく。
ヴァイルは、そんなレハトの顔を切なげな瞳で見つめていた。
 
レハトの横顔を遮る真っ直ぐな黒髪は、今でこそ腰のあたりまで伸ばされているが、このと

きはまだ顎の線にそって切りそろえられている。
ふと体をソファの方へ向けてきたレハトと目が合って、慌てたように目を逸らした。
レハトはそんなヴァイルを見て切れ長の瞳をゆるりと細める。
若葉色の瞳。
自分の髪によく似た色の目で見つめられると、ヴァイルはとたんにどうしようもなく胸が苦

しくなる。
 
 
「ねえ、ヴァイルは男性と女性、どちらを選ぶの」
「なに、突然」
「教えて欲しいんだ、だめかい?」
「だめじゃ、ないけど」
 
 
目の前まで寄ってきたレハトに上から顔を覗きこまれる。
首を傾げるのに合わせて黒髪が揺れた。
 
 
「男かな、やっぱり。ずるずるした服嫌いだし、舞踏会に出る暇があったら本当は剣の訓練

とかしてたいし」
「……そう」
「あんたは?も、もちろん男、だよね」
「んー……」
 
 
声が震えないようにしながら尋ねるヴァイルに、レハトはくるりと背を向けた。
ばくばくと動く心臓を抑えながらその背を目で追う。
 
レハトが舞踏会ではいつも男性型のドレスを着ていたことは知っている。
穏やかな性格と立ち居振る舞いから侍女や貴族の娘たちに人気があることも。
だからヴァイルは、レハトは男を選ぶのだと思っていた。
しかし、それと同時に女を選んでほしいという期待も捨てられずにいた。
言わずもがな、その胸に隠した感情から。
 
 
複雑な思いのまま見詰めるヴァイルに、レハトは再びくるりと向き合った。
その口元はやんわりと弧を描いていて、ヴァイルの心臓は一層音を強める。
じいと見つめてくる涼やかな目にヴァイルはす、と息をのんだ。
 
 
「どっちだと思う?」
「……は?」
 
 
薄い唇から楽しげな響きでこぼれた声。
ヴァイルはそれになんとも間抜けな声で返事を返した。
 

「え、ちょ、何それ。教えてよ」
「んー、内緒」
「俺だけ言わせるとかずるいっ」
「ふふ」
 
 
子犬のようにまとわりつくヴァイルを、レハトは軽やかな笑みでかわす。
尚も問い詰めようとするヴァイルに、戻ってきた従者の雷が落ちたのはそのすぐ後のことだ

った。
 
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