***
 
『秘密基地』は、ずいぶん簡素な場所だった。
なにもない、開けた草原(くさはら)。
青々とした木々が生い茂っていて、ところどころにその木から落ちた実が散らばっている。
 
直接日の当らない木陰に入り、色とりどりの実を踏まないように、手で避けながら腰を下ろす。
俺の右側に座ったレハトは、あったかいね、と笑った。
  
「これねえ、木の実を混ぜ込んで焼いてるんだって」
「へえ、なんていう実ですかね」
「……グレオニー」
「はい?」
「話し方!」
「…ああ、悪い」
 
じろりと睨みつける弟分に、思わず苦笑いがこぼれる。
いつも通りの話し方に戻すと、レハトはそれでいい、と言わんばかりの満足げな表情を浮かべた。
 
「木の実の名前はね、聞いたんだけど、忘れちゃった」
「何だそりゃ」
「えへへ、おいしいから良いの」
 
焼き菓子を頬いっぱいに詰め込むレハトは幸せそうだ。
頬についたカスを指で払ってやると、にっこり笑って俺の右腕に寄りかかってくる。
 
「俺の弟はずいぶん甘えただな」
「ふふ、おにいちゃーん」
 
からかうと、更にじゃれついてくるレハトに愛しさが増す。
もぐもぐと咀嚼に合わせて動く頬は、兎鹿の赤子を彷彿とさせてなんとも幼けなく愛らしい。
胸いっぱいに広がるこそばゆさもそのままにレハトを見つめていると、レハトはひとつ焼き菓子をつまみ、それを俺の口元へと差し出した。
 
「ん?どうしたレハト」
「グレオニーも」
「ああ、くれるのか。ありがとう」
「うん。あーん」
「あー」
 
少し口を開けると、焼き菓子がそこに放り込まれる。
ぱくりと唇を閉じると逃げそびれたレハトの指まで挟んでしまった。
 
「グレオニー、僕の指まで食べちゃやだよ」
「おー、すまんすまん」
「もう、くすぐったかったんだから!」
「悪かったって」
 
しばらく、菓子を食べるレハトとくだらない話をしたり、ときどきレハトが持ち上げてくる菓子に口を開けたり。
そんな感じでのんびり過ごしていると、突然頭上から何かが落ちてきてこつりと頭に当たった。
 
「いてっ」
「グレオニー、どうしたの?」
「いや、頭に何か……」
 
振り落とすように首を振ると、膝の上に小さな木の実が落ちてきた。
恐らく頭に当たったのはこれだったのだろう。
指で摘み上げ手のひらに乗せると、それは紫色をしたやわらかな実だった。
 
「わあ、何の実だろう」
「……名前は知らないが、小さい頃よく食べたなあ、そういえば」
「へえ、食べれるの」
「多分。俺が知っているやつと同じ実ならな」
 
指でふにふにと押し、ころりと口へ入れる。
奥歯ですりつぶすと口いっぱいに甘酸っぱさが広がった。
 
「どう?」
「ああ、やっぱり同じ実だ。懐かしいなあ。よく兄弟たちと取り合ったんだ」
「いいなあ、僕も食べたい」
 
うらやましそうなレハトの頭をぐりぐりと撫で、頭上を見上げる。
どうやらこの実は、俺たちが涼んでいる木陰の主から落ちてきたらしい。
腰を上げると、レハトもつられたように立ち上がった。
 
『待ってなグレオニー、兄ちゃんが今採ってやるから』
 
幼い日、そう言って笑った兄の顔が脳裏に浮かぶ。
まだ長兄の腹のあたりまでしか背がなかったころ。
穏やかな性格の長兄はよく末子の俺のために背伸びをしてこの実を採ってくれたものだった。
 
懐かしさに微笑むと、俺を見上げるレハトが不思議そうに小首をかしげる。
動きに合わせて揺れる髪をそっと撫でて、近くの枝へと手を伸ばした。
 
「ほら、レハト、あーん」
「あー」
 
一粒採り、服の裾でそっと拭いた。
先ほどのレハトとのやりとりをふと思い出し、レハトの唇へ指を向けると、レハトはためらわずに口を開いた。
まったく警戒のない様子に苦笑をこぼし、そっと真白い歯と歯の間に実を放り込む。
すると、ぱくり。
 
「あ、」
「ん?」
 
少し水気を帯びた、柔い感触。
それはそっと俺の武骨な指を挟みこんでいる。
 
時が、止まったように感じた。
 
 
「……っ!!」
「わ」
 

数秒固まり、そして我に返って勢いよく手を引く。
レハトは急に引き抜かれた指に思わずといったように声をもらした。

 
指が。胸が。頬が、熱い。

 
なんだ、何故こんなに呼吸がしづらい。
どうしてこんなに俺の心臓は煩く音を立てる。
 
さっき、レハトの指をはさんでしまったときは何ともなかった。
かわいらしいいたずらのように思っていたのに。
 

静まらない俺の中の暴動に、混乱する頭でレハトを見る。
まだ真っ赤であろう俺の顔を見上げて、レハトはふにゃりと笑った。
 

「さっきのお返し!」
 
 
ああ、アネキウス様。俺は一体どうしちまったんでしょうか。
 
 
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