■青春狂走曲(後編)


なんとかやっと寝付いたはずが、同じシーツの中に何かが収まっているような気配を感じた。
いつもはひとり眠るベッドの中が何だか妙に暖かくて心地良い、そして近くで誰かの寝息が聞こえるような気もする。
そう感じた瞬間その何者かに突然シーツを奪われ、急に体が寒くなり俺はそのままぼんやりと目を開けた。

(何だ…この柔らかい物体は…)

寝ぼけた頭にはそれが何だかがわからずにいて、ゆっくりと腕を伸ばしてそれに触れて確かめてみる。
さら、とした柔らかで短めの髪がくすぐったく手に触れて、そのまま掌で頬をなでるように暖かな温もりを確かめた。
ぼやけた目線の前には大きな瞳を縁取る長いまつげが見えて、やっとその見覚えのある寝顔に合点がいく。

(…ああ…清水じゃねえか…)

よく見知った顔に安心してまた俺はまどろみの中へと誘われそうになったが、そこで激しく目が覚めハッキリとした意識になる。

(…って、ちょっと待て!なんで、俺のベッドに…!)

ガバッと飛び起き改めてまじまじと清水を見ると、俺の横で少し丸まって猫みたいに気持ちよさそうな表情をして眠っていた。
いったいこれはどういう状況なのかを必死に思い出そうとした。

(えーと…確か、なんとか寝ようとしたらあいつがシャワーなんか浴びてる音が聞こえるから余計眠れなくなって…)

そして目をつぶって耳をふさぎ、無心になろうとしたのだった。
気づけば眠っていたのは努力の賜物だと誰かに褒めてもらいたいくらいだ。
それなのに、頑固にもソファーで寝ると主張していたはずの張本人がこちらのベッドにいる理由がよくわからないが、先ほどトイレか何かから戻ってきたときに間違えてそのまま寝惚けてこちらに入ってきたのかもしれない。

(勘弁しろよ…こいつ警戒心なさすぎ…)

しかも、こいつの寝間着は薄着すぎるんじゃないだろうか。
キャミソールと薄い生地のショートパンツでは、どうしても危うい胸元やすらりと伸びた足に目線がいってしまう。
こいつも年中ソフトやってるくせに何でこんなに肌が白いんだろうと、思わず触れたくなるほどにしなやかな体つき。
こんな格好で男のベッドに潜り込んだことを考えると、さあどうぞ襲ってくれと言わんばかりでしかないと思う。

(…俺の気持ちも、考えろっての…)

本当に好きな子を大事にしたいと、さっき伝えたはずの想いはいったいなんだったんだろうかと泣きたくなる。
あまりにも無防備で無邪気な寝顔は、自分が男として意識されていないようでなんだか頭が痛くなってきた俺は少し大きな声を出しながら清水を呼んだ。

「オイコラッ、起きろっ」

軽めに体を揺するが、しかしそれでもまったく起きようとしない熟睡っぷりに呆れる。
車の故障で昨日は長時間歩いて疲れたのであろうことを考えれば、それも仕方ないかとも思ったが、それでも憎らしさは治まらずに思わず柔らかな頬に触れ指で軽くひっぱってみた。

「…ん…」

清水の声に俺は身構える。この相手の寝起きに油断は禁物だった。
まだガキの頃にギブソンからの招待で行ったアメリカ旅行中、まさに今とまったく同じ状況で一緒にベッドで寝ていることがわかった瞬間に蹴り落とされて骨折した事を忘れてはいない。
すると、もぞもぞと動いた清水は鼻にかかったようなくぐもった声を発した。

「ほ、んだぁ…」

自分の名前を呼ばれ、やっと目が覚めたのかと思って反応を待ったが相変わらず清水は目を瞑ったままだった。
寝返りをうっただけで、そのまま胸を上下させスースーと寝息をたてているところを見るとどうやら今の言葉は寝言らしいとわかった。
心底幸せそうにしまりのない表情を浮かべながら、このねぼすけは更に呟く。

「…だいすき…」

俺はそのままがくりと肩を落としてうなだれた。
ベッド横に置いてある鏡に目をやると耳まで真っ赤になった情けない顔の男が見える。

(…この野郎…この状況で、その台詞は反則だろうが…)

目の前には本当に襲ってやろうかと思うほど、これでもかと用意された据え膳で、食わぬは男の恥であろう。
嫌でも自分の胸が高鳴るのがわかった。
しかし明日は大事な試合だということが頭をもたげ、夜が明けるまでにさほど時間がないことも知っている。
それに何より、昨夜に部屋を飛び出した清水を呼び戻したときに格好つけてしまった手前では、こんなに早くも手を出すわけにもいかない。
数時間前に吐いた自分の台詞を、できるのなら撤回したいほどに後悔しながら頭をガシガシとかきむしった。

「今日は何の拷問だよ…あー…くそっ。あんなこと言うもんじゃねーな…」

天使と悪魔が頭の中で戦うというのはこういうことを言うのだろう。
それを身をもって知るのは今回が最初で最後にしてもらいたいと願いながら、俺は熱の上がった頭と体を冷やそうと部屋を出た。


まだ薄暗い部屋には、幸せな夢の中にいる彼女の寝息と、浜辺からの静かな波の音が重なっていつまでも響いていた。






“吾郎もたまには薫のことで悩めば良い”という考えのもとに書かれた後編。

56巻・吾薫お泊りの一夜をあえて本編で見せて下さらないあたりに原作者様のドSっぷりが伺えるというものです(笑)

好き勝手書く吾郎視点は楽しいですね。



前編はコチラから。


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -