■青春狂走曲(前編)


幼馴染みの気安い頃ならばいざ知らず。
今となっては曲がりなりにも恋人同士なあたしたちが一緒の夜を過ごすということは、…そういうことになっても、なんらおかしくない状況なわけで。

(本当に何にも考えてなかったんだな、あたし…)

“男女が同じ部屋に一夜泊まる”って事を、まるで小学生の頃と変わらないように感じていたことがあまりに子供だったんだと気づかされて今更とても恥ずかしくなる。
幼馴染みとしての感覚が抜けてないあたしもまだまだ“彼女”としての意識や経験値が足りないことに気づいて、これは本田だけを責められないとひとり反省した。

(本田は一応…そういうこと、考えてたってことなんだよね…)

呼び戻されておとなしくまた部屋に帰ってきたはいいけど、改めてふたりきりなんだと意識してしまうと、何だかとても気まずい気持ちで自分の身の置き場がなんとなくなくなってしまったように感じる。
もちろん、さっき本田があたしのことを大事にしてくれるって言ってくれた言葉を信じて戻ってきたんだけど。

(いつか、あたしも、本田と…?)

視界には嫌でもベッドが飛び込んでくる。
ついついその先を考えそうになっただけで自分の顔が火を噴きそうになるほど赤くなるのがわかって恥ずかしい。
そもそもキスですらも未経験なあたしには、とうてい考えが及ばないような領域なのだ。

「おい、清水。ベッドのことだけどな。」
「はっ、はいぃっ!?」

いきなり声をかけられ思わずビクッとして変な声が出てしまった。
たぶん「ベッド」という単語にあまりにも過剰反応してしまったように思う。
あたしが自分のいろいろな考えに煮詰まっていたことに感づいたのか、どこか本田は少し呆れたように笑った。

「バーカ、何ビビってんだよ。」
「べ、別に…ビビってなんか…」
「さっきちゃんと言ったろ?騙してとって食ったりしねーから、安心しろよ。」
「く、食う、って…」

不覚にもまたもや赤くなってしまうあたしに対して本田はどこか余裕があるように見えてなんだか少し悔しくなる。
お互い日本にいたときとは違って、メジャー昇格をかけて戦うプロとしての本田と、まだ気楽な学生のあたしとの立場の差からくるものなのだろうか。

「今夜は俺がソファーで寝るから、お前はベッド使え。道迷って疲れてんだろ?」
「えっいいよ、そんな!本田に悪いし…」
「いーから無理すんなって。お前はガキの頃から寝起き悪いし、寝相悪いし、イビキまでかくしで、ソファーじゃ散々だろうしな。」

そんな風にいつもの軽口をたたく本田でも、あたしに対する優しい気遣いを感じてなんだかすごくホッとした。
だから、それに甘えてあたしもいつもと同じ調子でそれに答えるんだ。

「だから、あたしはイビキなんかかかないっての!いいから、本田こそベッドで寝てよ。明日は先発任されたんなら、きちんと睡眠とらなきゃダメだろ?」

そして強引に本田をベッドに押し込こんで、そのままシーツや布団を顔がすっぽり隠れるまでかぶせた。
突然視界が見えなくなった本田はモゴモゴと布団に埋もれた声で慌てたように叫ぶ。

「ぶっ!コラ、何しやがんだ清水!俺が、せっかく…!」
「あたしは時差ボケで、まだ全然眠くないから大丈夫だよ。それに…」

そして言葉を付け加えた。

「…あたしも、本田と同じ気持ちだから…。本当に好きな人は、大事にしたいんだ。」

そう言いながら、自分の顔が熱くなるのがわかる。
やっぱり苦手だ、こんなのって。
幼馴染みが長かったせいで、いまだにこういう雰囲気が照れ臭いしむずがゆいとも思う。
もう少しだけあたしが大人になるまでは待っていて欲しいんだ。

「さっき本田が言ってくれたこと、嬉しかったよ。泊めてくれて…ありがと。」

まだ自分の気持ちを本田の眼を見て言う勇気はないから布団ごしの告白だけど、今のあたしにはこれが精一杯だと思った。

「…じゃ、じゃあ!あたしはお風呂入ってくるから!おやすみ!」

そう逃げる様に言いすててあたしはシャワー室へと向かったから、本田が何を言ったのかは聞こえなかった。












「……寝れるかよ、バカ野郎……」


深い深いため息とともに吐かれるその呟きは誰にも届かない、どこまでも我慢強くも哀しい男の独り言であった。



56巻例の空白の一夜です。

はるばるアメリカまで来た薫を初めからソファーで寝かせてたんじゃなくて、こういうやりとりがあったのではないかという願望混じりに書きました。

恋愛に関して吾郎が鈍感ならば、薫はおこちゃまなのでしょうね。
リトル時代で止まってるような感じ。

そんな面倒くさい奥手なふたりが大好きなのです!



後編はコチラから。



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