■車輪の唄



小森と沢村と別れた吾郎と薫は、夕暮れの帰り道をゆっくりと歩いていた。


「清水。」


突然呼ばれた少女は振り返る。


「…お前、野球好きか?」


薫は少年の見たこともないくらい真剣な眼差しに、一瞬心臓が止まった気がした。
そして、同じ様に真っ直ぐに見つめ返し、心からの答えを告げた。


「…うん、大好き!」


思わず、みとれる程の笑顔で吾郎はドキッとする。夕方で良かった。きっと赤いであろう自分の顔を夕陽がごまかしてくれるだろうから。
そして、ふっと笑みを溢す。


「安心した。」

「何だよ?気持ちわりーなぁ…。」

「…じゃあな、清水!」

「おう、本田!」










そのあっさりとした言葉が、長い長いお別れの挨拶だとは気付かずに薫は身をひるがえす。夕暮れに伸びていく影とその後ろ姿をしばらく見送ると、吾郎も自分の道へと歩き出した。



******************************



福岡へ出発の空港に向かう電車の中で、ジッと窓の景色を見ながら表情を変えずに黙ったままの子供に母親はためらいがちに声をかける。


「吾郎…皆にお別れ言わないで本当に良かったの?」


「…いいよ。別れの挨拶なんて、ガラじゃねぇし…」


窓を向いたままの吾郎からの返事はそっけないものだったが、桃子にはその声が震えているのがわかった。
家族の都合で決まった急な転校である。だがそれを告げても吾郎は「そっか」とそう呟いたきり、一度もぐずらなかったし誰を責めることもなかった。それからずっと今までも普段通り振る舞っている様にも見えるほどに。
だが裏を返せばそんな不自然なことはない。
大事な友達と離れ離れになることが、それも初めてできた野球の特別なチームメイト達との突然の別れを、まだたった10歳の小学生の男の子にとって悲しくないわけがないのだ。



(ごめんね、吾郎…。)



口には出さずに母親はそっとその場を離れた。今ここに自分がいては小さい体で必死に耐えている息子が辛いだろうと思ったのだ。




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吾郎は電車の中で飛ぶように変わっていく景色を必死に食い入るように見つめていた。
そうやってしっかりと目を開けていないと、すぐに大嫌いな涙が出てきそうだったから。
しかし家族から離れてひとりになると急に弱気な考えがふと頭をもたげる。



(もしかしたら…みんなともう二度と、会えないのかもしれない。)



一度そう思ってしまうと、もうダメだった。
どんなに頑張って目を見開いてもすべてがぼやけてくる視界に吾郎は心底悔しくなる。
福岡への転校を知ったときから、この気持ちは誰にも決して言わないと決めていたことだ。
それなのに泣いてしまうなんて、そんな自分勝手なことはしちゃいけないんだと自分自身を叱咤してゴシゴシと瞼が痛くなるほどに乱暴に涙をぬぐった。
ちょうどその時に電車の窓から大きな野球場が目に飛び込んでくる。
吾郎は眩しいものを見るようにそれに向かって、誰にともなく誓いをたてるのだった。




俺の初めてのチーム、三船ドルフィンズ。


お前ら皆と会えて、本当に良かった。


沢村。小森。そして、清水。


約束守れなくて…ごめん。でも俺、戻ってくる。絶対に戻ってくるから。


だから、その証拠に「さよなら」は絶対に言わないんだ。


必ず、必ず帰ってくる。


だから…また、一緒にグラウンドで会おうな。








電車は顔を上げた真っ直ぐな瞳の少年を乗せたまま、彼の住み慣れた街を風のような速さで遠ざかっていった。








さすがに吾郎もこのときは「泣いてただろう!?」と思って書いた話。
薫視点の「How?」とまとめてUPしたかったんですが別々になってしまいました。

この後に福岡のリトルリーグで肩を壊しちゃう事になる吾郎ですが、そんだけ頑張ったのは『三船のみんなと試合で会いたかった』ってのも理由のひとつじゃないのかな?とか思います。この4年間はみんな切なすぎるぞ…。

タイトルはBUMP OF CHICKENの曲から。この歌詞が好きで無理矢理吾郎も電車に乗せてしまったのです…。



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