日本のとある田舎の人里離れた山の奥の小さな森。
真夏の昼間でもうす暗く、さらに肌寒さまで感じるその森の奥に、洋造りの時計搭がある。
時計搭の主は、一年振りの自分の住処と、偽る事をしなくて良い解放間とで夏の休暇を思う存分趣味に没頭して過ごしていた……のだが、そんな日々が4週間程経ったある日の朝早く、届いた友人からの手紙に眉を顰めた。

「ハリーからの返事がない?」

筆まめで勤勉、真面目な優等生の友人からの手紙によると、ハリーからの手紙の返信がないらしい。
しかもそれは彼女だけではなく、もう一人の友人ロンも、ハリーからの返信がないとぼやいているのだとか。
家に招待するよと言われ、それを楽しみにしてると顔を綻ばせていたハリーを思い浮かべて首を傾げる。
それから、そういえば自分にも彼からの手紙の返事がない事に気付く。
先日の誕生日プレゼントの返事さえ、だ。

(これは、おかしい)

ハリーからの返事がない事を、時計搭の主はさほど気にしていなかった。
ハリーがいるのはマグルの家で、そのマグル家族は魔法をよしとしていない。
その家族の目があり、ハリーにはヘドウィグという白い梟のペットがいるが、おいそれとは飛ばせないだろうと予測していたからだ。
だが、一番仲が良いロンにさえ返信していないということは………そこまで考えた主のピンクの瞳がスウ、と細められる。

(あの豚……まさかハリーを軟禁…もしくは監禁、してるんじゃ…)

主は流れるような動作で杖を掴み、瞳に危険な色を宿らせたまま杖を振ろうとした主の背にのほほんとした声がかけられた。

「…豚、殺す」
「おやおや、昼間から物騒じゃのう」

弾かれたように主は振り返る。

「ダ、ダンブルドア先生!」

そこにはお茶目な老人がブルーの目をキラキラさせて立っていた。

「んん、わしの聞き間違いかの?」
「…先生、いつからそこに居たんですか? っていうか、いつ来たんですか?」

驚きの顔から怪訝な顔に変わった主の表情などどこ吹く風といった様子で、首をしきりに傾げている。

「んん? わしも耄碌したかのう」
「…………先生…」

主は、目の前の老人が言わんとしていることに気付いて、呆れたように溜め息を吐いた。

「………“アルバスおじいちゃん”」
「おぉ! なんじゃ、アスカや」

満面の笑みで突然耳が聞こえ出したダンブルドアに、搭の主…アスカ・フィーレンは再度溜め息を吐いた。

「いったい何の御用ですか? あたし、これから行く所があるんですが」
「ハリーの所かの」
「そうです。何かハリーの身に起こっている気がします。助けに行かないと」

焦ったようなアスカの様子に、ダンブルドアは長い髭を撫でながら頷く。

「ふむ、どうやらそのようじゃな。ハリーがマグルの前で魔法を使ったらしい。魔法省から勧告が出たようじゃ」
「ハリーが魔法を?」

アスカの眉が上がる。

「あのハリーが面白半分で魔法を使うわけないです。だったら、使わざるをえない状況に合ったということでは?」
「もしくは、ハリー以外の者が使ったのかも知れんの」
「―――それはどういう……先せ………アルバスおじいちゃん、何かご存知なんですか?」

先生、と言おうとしたアスカにダンブルドアの目が光るのに気付き、言い直し、反応を伺い見る。

「わしはただ可能性の話をしたまでじゃ。誠に何があったのか何も知らん……だが、ハリーはあの家にいる限り安全じゃよ」

ダンブルドアの言葉に、アスカは内心舌打ちする。

(絶対何か知ってるな、この狸爺)

だがそう思っていても、ダンブルドアが簡単に口を割るとも思えない。
アスカは顔を歪める。

「そんな顔をするでない。ハリーが心配ならば、影から様子を見に行くのが良かろう。お主なら容易かろう」
「―――貴方がそうしろと仰るならば、今回は乗り込むのはやめます」
「フォッフォッ、お主はハリーの事となると過激だの。…では、ホグワーツで待っておる」

そう言い終わるや否や、ダンブルドアは姿眩ましをした。
残されたアスカは、疲れたようにベッドに倒れこむ。

「フォッフォッじゃないわよ、狸爺」

ボス、と枕にパンチしてアスカは息を吐く。

「あたしがダーズリー家に乗り込まないように釘をさしに来たわけね………さて、どの手でいくかな」

口元に片手を置き、唇を指で挟んで考える。
窓の向こうは雲一つない良い天気だ。
鳶だろうか、梟だろうか、少し大きめな鳥が飛んでいる。

「…………んん、その手があったか」

ムクリと起き上がり、アスカは笑った。
先程見えた鳥は梟だったらしく、ベシャリと閉まっている窓にぶつかって、落ちた。

「…エロール」

アスカはすかさず杖を振って、地面に激突しそうだった梟を助けた。
のびて目を回している梟のエロールから手紙を受け取り、片眉を上げる。

「ロンったら、どうやってハリーを迎えに行くのか書いてないし…」

やれやれとぼやきながらもアスカは、うんと大きく伸びて体をほぐす。

「久々だから、筋肉痛にならなきゃいいんだけど…」

ゆっくりと深呼吸してからアスカは意識を集中させる。
何せ11年振りだ。
アスカはどこか緊張していたが、案じているより身体がきちんと覚えていたようだ。
アスカは、満足気に自分の体を見る。
目を回していたエロールが、驚いたように目を丸くさせてこちらを見ていた。
アスカはそれに黙って笑うと、窓から飛び出した。
朝食を食べそびれたとアスカが気付くのは、もう少し後の事。





夜が明けてきた空を走るフォード・アングリアは、ゆっくりと高度を下げていく。
窓から見るこの辺り周辺は畑や木立の茂みに囲まれていて、まるで黒っぽいパッチワークのようだとハリーは思った。

「着地成功!」

フレッドの言葉と共に、車は軽く地面を打ち、着地した。
着地地点は、小さな庭のボロボロの車庫の脇だった。
初めて、ハリーはロンの家を眺めた。
かつては大きな石造りの豚小屋だったのかもしれない。
あちこちに部屋をくっ付けて、数階建ての家になったようにハリーには見えた。
クネクネと曲がっているし、まるで魔法で支えているかのようだった。
実際、そうなのだろう。
赤い屋根に煙突が4、5本ちょこんと載っかっていて、入口近くに立てられた看板は少し傾いていた。
看板には、『隠れ穴』と書いてあった。
玄関の戸の周りにはゴム製の長靴がごた混ぜになって転がり、思いっきり錆び付いた大鍋が置いてある。
丸々と太った茶色の鶏が数羽、庭で餌を啄んでいた。

「大したことないだろ」

ロンがどこか複雑な顔つきで言ったが、ハリーは目を輝かせ、幸せを顔中に張り付けて頭を振った。

「すっごいよ」

四人は車を降りた。

「さぁみんな、そーっと静かに二階に行くんだ」
「お袋が、朝食ですよって呼ぶまで待つ。ロン、お前が下に跳び跳ねながら下りて行って言うんだ。『ママ、夜の間に誰が来たと思う!?』そうすりゃハリーを見て、お袋は大喜びで、俺達が車を飛ばしたなんてだぁーれも知らなくて住む」


フレッドに続き、ジョージが言った言葉に、ロンが頷こうとしたが、それは一つの声に遮られてしまった。

「残念だけど、それは無理ね」
「「「「え!?」」」」

いつの間にか、4人だった人数が5人に増えていた。
4人は5人目を見て声を上げる。

「な、なんだベルじゃないか!」
「び、びっくりした…っ」
「いつの間に…君は魔女じゃなくてニンジャだったのか?」
「もう驚かせるなよっ、ママかと思ったじゃないか」

各々が声を上げる中で、アスカは腕に止まったハリーの梟、ヘドウィグの羽を優しく撫でながら困ったように笑う。

「安心するのは、まだ早いかも」

アスカが指差した方を見て、ロンは顔を青ざめ、双子は顔を手で覆った。

「あちゃー」
「こりゃダメだ」

3人から一拍程遅れてアスカが指し示した方を見たハリーは、ウィーズリー婦人が庭の向こうから鶏を蹴散らして猛然とこちらへ突き進んでくるのが見えた。
小柄な丸っこい優しそうな女性なのに、鋭い牙を剥いた虎に瓜二つなのはなかなかの見物だった。

「ロンが手紙で、ハリーを迎えに行くから君もうちに泊まりにおいでよって誘ってくれたから来たんだけど……モリーさん、口から火を吹きそうな勢いで怒ってたから、気を付けるといいよ」
(((気を付けるって、いったいどうやって!?)))

他人事のような言い方で苦笑いするアスカに、ウィーズリー兄弟の心が一つとなった。
そうこうしてる間にウィーズリー夫人は、ロン達の前まで来てピタリと止まった。
両手を腰にあて、ばつの悪そうな顔をしている息子達の顔を1人1人睨み付ける。
花柄のエプロンのポケットから、魔法の杖が覗いていた。
アスカはさりげなくハリーの手を掴み、ロンの傍から自分の方へと引く。
ハリーがアスカの顔を見るが、アスカはハリーを見ておらず、ジッとウィーズリー親子の様子を窺っていた。
ブラウンの髪に黒い目、黒縁眼鏡に耳元で揺れる石のピアス。
ハリー達とは違うどこかアジア系の肌に、小柄な体躯。