一月振りに再会した友人に変わりはなく…ハリーはじんわりと懐かしさと嬉しさを感じて自然と口角が上がった。

「それで?」

ウィーズリー夫人が口を開く。
ハリーの意識は、アスカからウィーズリー夫人へと移る。

「おはよう、ママ」

ジョージは、自分では朗らかに愛想良く挨拶したつもりだった。

「母さんがどんなに心配しなか、貴方達、わかってるの?」

だが母、モリーには効かず、発された低い声は、凄みが効いていた。
三人の息子達は皆、モリーより背が高かったが、母の怒りが爆発すると三人共小さく縮こまった。

「ママ、ごめんなさい。でも、僕達どうしても――」
「ベッドは空っぽ! メモも置いてない! 車は消えてる! 事故でも起こしたかも知れない……心配で、心配で気が狂いそうだった…。わかってるの? こんなことは初めてだわ……お父さんがお帰りになったら覚悟なさい。ビルやチャーリーやパーシーは、こんな苦労はかけなかったのに…」
「完璧・パーフェクト・パーシー」

モリーが嘆くように言えば、フレッドがうんざりしたように呟く。

「パーシーの爪の垢でも煎じて飲みなさい!」

それはモリーの耳にバッチリ届いたらしく、モリーはフレッドの胸に指を突き付けて怒鳴った。

「貴方達、死んだかもしれないのよ。姿を見られたかもしれないのよ。お父さんが仕事を失うことになったかもしれないのよ」

そんな調子でモリーのお説教は、声がかすれるまで続き、ハリーとアスカはモリーの怒鳴り声に呆然とし、気圧されていた。
肩で息をしていたモリーは、ハリーとアスカの方に向き直る。
ハリーはたじたじと後退った。

「まあハリー、よく来て下さったわねえ。家へ入って、朝食をどうぞ。勿論ベルもいらっしゃい」

先程までが嘘のようにニッコリと微笑んだモリーは、ハリーとアスカにそう言うと、クルリと向きを変えて家の方に歩き出した。
ハリーはどうしようかとアスカとロンを交互に見ると、ロンは大丈夫だと言うように頷き、アスカはニコリと笑む。

「行きましょ、ハリー」

促され、ハリーはアスカと並んでモリーの後について行った。
家の中は台所が小さく、かなり狭苦しかった。
しっかり洗い込まれた木のテーブルと椅子が、真ん中に置かれている。
ハリーは椅子の端に腰掛けて、物珍しそうに周りを見渡す。
ハリーは魔法使いの家に入るのは初めてで、何もかもが新鮮で、興味深かった。
ハリーの反対側の壁に掛かっている時計には針が一本しかなく、数字が一つも書かれていない。
そのかわり、『お茶を淹れる時間』『鶏に餌をやる時間』『遅刻』等と書き込まれてある。
暖炉の上には、主に料理関係の本が三段重ねに積まれてあり、流しの脇に置かれた古ぼけたラジオから、放送が聞こえてくる。
モリーは、あちこちガチャガチャ言わせながら、行き当たりばったり気味に朝食を作っていた。
料理をしながら息子達に怒りの眼差しを投げつける。
ブツブツとまだ小言を言っているモリーに、アスカが苦笑いしながら、「お手伝いします」と話すと、モリーはそれに嬉しそうにニコニコしたが、「貴女はお客様なんだから、座っていてちょうだい」とハリーの隣に座らせられた。
それから、ハリーとアスカの前の皿に、フライパンを傾けて8本も9本もソーセージを滑り込ませながら、「貴方の事は責めていませんよ」とハリーに念を押した。

「アーサーと2人で貴方の事を心配していたの。昨夜も、金曜日までに貴方からロン…ハーマイオニーやベルに返事が来なかったら、私達が貴方を迎えに行こうって話をしていたくらいよ。でもねえ」

今度は目玉焼きが、それぞれ三個もハリーとアスカの皿に入れられる。

(ちょ、こんなに食べられない!)

アスカはモリーがハリーの方を向いているのを見て、ロンの皿に目玉焼きを移す。

「わー、ベルありがとう。でも、ちゃんと食べないと大きくなれないよ」
「………………」
「ご…ごめん」

ロンの発言に目を細めれば、ロンはすぐに頭を下げた。

「そういえば、ベルはいつからロンの家にいるの?」
「あたし? あたしはハリーが着くちょっと前に来たの」
「あ、そうだよ、帰ってきたら突然いるから僕びっくりしたんだ!」

ロンがソーセージを口に入れながら言うと、モリーから「お行儀が悪い」と一喝入る。

「ロンからの手紙に、ハリーを今夜迎えに行くって書いてあったから来たの。まさか空飛ぶ車でだなんて思いもしなかったけど…ハリーが無事で良かった。でも、ちょっと痩せたね……ちゃんと食べて」

言ってハリーの皿に自分の皿のソーセージを移す。

「ありがとう、でもこんなに食べられないよ」
「しっかしベルはさ、僕がこれまでにも何度か誘った時は来なかったくせに、ハリーが来るとなった途端に来るんだもんなー」

ロンが呆れたような、感心したような風に言えば、アスカは笑う。

「連絡つかなかったハリーが心配だったから会いたかっただけ。それに、この後ハーマイオニーのとこに行かなきゃいけないの」

(実際は、ちょっと違うんだけどね…)

アスカはチラリと双子を見る。
双子は、モリーに「食事中は喋らない!」と一喝されている所で、アスカの視線に気付いてはいないようだ。

「え、泊まっていかないの?」
「ハーマイオニーのご両親が、是非!って仰って下さってるみたいで…ハリーの話を聞いたらすぐに行かなきゃ」

驚く顔を見せる2人に、アスカは眉を下げる。

「ごめんね。ダイアゴン横丁には、待ち合わせて一緒に行こうよ」
「えー…」
「僕、君に宿題写させてもらおうかと思ってたのに」
「ロン、宿題は自分でやりなさい!」

ハリーのトーストにバターを塗っていたモリーが目を吊り上げて言えば、ロンがびくりと肩を揺らす。

「わ、わかってるよママ。ただ、ちょっとわからない所を聞こうと思っただけだよ」
「そうそう!」
「ロニー坊やは宿題全部わからないんだもんな」
「ちょっと全部わからない!」
「な!」

双子がニヤニヤと笑って言えば、ロンの顔が真っ赤に染まる。

「貴方達…」

お黙りなさい!、とモリーが怒鳴ろうとした言葉は、パタパタと足音をたてて台所に現れたネグリジェ姿の赤毛の女の子によって遮られた。

「キャッ」

小さな悲鳴をあげて、女の子はまた走り去って行った。
それをアスカとハリーがポカンとした顔で見ていると、ロンが小声で2人に囁いた。

「妹だ。夏休み中ずっと君の事ばっかり話してたよ。ああ、それにベルの事も」
「あぁ、ハリーのサインを欲しがるぜ」
「ベルのも欲しがるかもな」

フレッドとジョージが同じ顔でニヤッと笑ったが、モリーと目が合うと途端に俯いて、黙々と朝食を食べた。
アスカもハリーから聞き出すのは後回しにして、ソーセージを口に運んだ。
5つの皿はあっという間に空になり、フレッドがナイフとフォークを置いて大きな欠伸をする。

「なんだか疲れたぜ」
「僕、ベッドに行って…「行きませんよ」」

遮るようにモリーの一言が飛んできた。

「夜中起きていた自分が悪いんです。庭に出て庭小人を駆除しなさい。また手に負えない位増えています」
「ママ、そんな――…」
「お前達2人もです」

顔を歪めたロンから視線を双子に移し、モリーの目はギロリと光る。

「ハリー。貴方は上に行ってお休みなさいな。あのしょうもない車を飛ばせてくれって、貴方が頼んだ訳じゃないんですもの。ベルも、お約束があるんでしょう? 早く行って差しあげなさいな」

やんわりと微笑みアスカとハリーに向き直って言うモリーに、ハリーは頭を振る。

「僕、ロンの手伝いをします。庭小人の駆除って見たことがありませんし…」

ハリーが手伝うと言うならば、勿論アスカもしない筈がない。

「じゃ、私も。ハーマイオニーには、ハリーに何があったのか聞いてきてって言われてるので、駆除しながら聞きます」
「まぁ、優しい子達ね。でも、つまらない仕事なのよ」

言って、モリーは暖炉の上の本の山から、分厚い本を引っ張り出す。

「さて、ロックハートがどんなことを書いているか見てみましょう」
「ママ、僕達、庭小人の駆除のやり方位知ってるよ」

ジョージが唸って言ったので、モリーは片眉を吊り上げる。
アスカは豪華な金文字ででかでかと背表紙に書かれた文字を目で読む。

(『ギルデロイ・ロックハートのガイドブック―一般家庭の害虫』……ギルデロイ・ロックハート?)

聞いた事のない名前に首を傾げ、そのままアスカは表紙を見る。
表紙には波打つブロンドに輝くブルーの瞳のとてもハンサムな青年の写真が大きく貼られていた。

(へー、結構格好いい顔してるんだ。なんか弱そうだけど)

恐らく著書――ギルデロイ・ロックハートであろう人の写真を見てそんな事を考えてたアスカだったが、すぐに顔を引き攣らせた。

「うげ」

バチン!、と表紙のロックハートの写真は悪戯気なウィンクを飛ばしたのだ。
それも、何度も。

「ああ、彼って素晴らしいわ。家庭の害虫について本当によくご存知。この本、とても良い本だわ…」

アスカが顔を顰めた彼の永遠ウィンクする写真を見て、モリーはニッコリと微笑み、頬を赤くさせていた。

「ママったら、彼にお熱なんだよ」