それからというもの、ロックハートが廊下を歩いて来るのが見えるたび、ハリーはサッと隠れ、アスカは杖を取りだそうとしてはロンとハリーに止められるという繰り返しだった。
ロックハートはやり過ごしていれば済んだのだが、コリンが厄介だった。
アスカ達の時間割を暗記しているらしく、「ハリー、ベル、元気かい?」と、1日に6回も7回も呼びかけられる。
最初は名前も分からなかったアスカだったが、嫌でも覚えないわけにはいかなかった。
「やぁ、コリン」、「こんにちは、クリービー君」とアスカ達に返事をしてもらうだけで、例えアスカやハリーがどんなに迷惑そうな声をだそうが、コリンは満足して頬を赤らめて目を輝かせた。
ロンの杖は、相変わらず使い物にならなかったし、その度にロンはイライラした。
ハーマイオニーは、ロックハートの姿を見るだけで頬を赤らめ、彼の授業は他の授業以上に真剣に取り組み、常にロックハートの本のどれかを持ち歩いていた。
それをアスカは、諦め半分、呆れ半分で少しうんざり目に見てみぬを振りを決め込んだ。
やっと週末になり、土曜日、午前中に皆でハグリッドを訪ねる予定を立てていたので、アスカは、朝大広間でロンとハリーが部屋から起きて来るのをハーマイオニーと待っていた。
一緒に朝食を摂って、そのままハグリッドの所へ行こうかとハーマイオニーと話したからだ。
だが、男子部屋に続くドアを開けて出て来たのはロン1人だけだった。

「おはようベル、ハーマイオニー」
「おはよう、ロン」
「おはよう。ハリーは? まだ寝てるの?」

歩み寄って来たロンと挨拶を交わし、不思議そうに問えば、ロンは苦笑いで「それが…」と口を開いた。

「クィディッチの練習があるみたいで、朝方早くまだ陽も昇らない内にオリバー・ウッドが迎えに来て連れて行かれたよ」
「そうなんだ」
「――それじゃあ、大広間に寄って、トーストでも持って競技場でハリーの練習を見ながら食べない?」

アスカが提案すれば、ハーマイオニーもロンも快諾した。
アスカ達が大広間に寄って、トーストに各々好きなジャムを塗って、競技場に着いた頃には陽はしっかりと昇っていた。
スタンドに座るが、肝心のハリーの姿が見えない。
それどころか、他の選手も、箒一本グラウンドにない。

「………ロン、ハリーは本当にクィディッチの練習をしてるの?」
「そのはずなんだけど―――…おかしいな。練習したあと、更衣室で作戦会議でもしてるのかも。新学期始まって初めての練習だし」

ロンが言いながらガブ、とマーマレードトーストにかぶり付く。

「大演説をウッド先輩がしてるのかもね。あの人クィディッチ馬鹿だから」
「あー、確かに。去年はハリーが出られなくて大敗したしね」

アスカが口の中のストロベリージャムトーストを飲み込んで言えば、ロンがモグモグ口を動かしながら頷く。

「ロン、お行儀が悪いわ」

ハーマイオニーが見咎めて指摘するが、ロンはあっと声をあげた。

「ほら見ろよ。ハリーだ」

グラウンドを指差したロンに言われて見れば、グリフィンドールカラーのユニフォームを着たハリーがこちらへ歩いて来るのが見える。
他の選手も次々と出てくるところを見ると、やはり作戦会議や演説やらがあったに違いないとアスカは思った。

「まだ終わってないのかい?」
「まだ始まってもいないんだよ。ウッドが新しい動きを教えてくれてたんだ」

ハリーもこちらに気づいたらしく、傍まで来たのでロンが問えば、ハリーはロンが持つマーマレードトーストを羨ましそうな目で見ながら言う。
その様子に、アスカは微笑んでマーマレードトーストを一枚ハリーに差し出す。

「ハリーの分。すぐに食べれば問題ないでしょう? マーマレードで良かった?」
「うん! ありがとう! ペコペコだったんだ!」

ハリーは目を輝かせて受け取ると、あっという間に食べてしまった。

「あ、ズルい。ベル、俺達の分は?」
「あるわけないでしょ。あたしの手は四本もないのよ」

ハリーの後に寄ってきたジョージとフレッドが揃って手を出したが、アスカは呆れたように言って、さっさと練習に行きなさいと手を振った。
口を揃えてブーイングをしながらも、双子は大人しく箒に跨がって地を蹴って空中に舞い上がった。
それに続いてハリーも箒に跨がって中に飛び上がる。
気持ち良さそうにフレッドやジョージと競争するように競技場の周りを全速力で飛び回るハリーの姿にアスカは柔らかく目を細めた。

(楽しそうだなー)

伸び伸びとしたその動きは、去年のハリーとは真逆だった。
アスカは嬉しい気持ちでストロベリージャムトーストを一口かじった。

「ねぇ、ベル。あそこにいるの、あの子じゃない? いつも話しかけてくるカメラの…」
「え?」

ハーマイオニーに袖を引かれて、向かいのスタンドの後ろの方を見ると、カメラを高く掲げ、ハリーの姿を追うグリフィンドール寮生一年生、コリンの姿があった。
カシャカシャとシャッターを切る音がここまで聞こえる。

「こっちを向いて、ハリー! こっちだよ!」

コリンの黄色い声が競技場に響く。
アスカは思わず肩を落とした。

「彼って……あの、…その――…あー……凄いわね」
「色んな意味でね」

苦笑いのハーマイオニーに、アスカも苦笑いで頷いた。

「ベル! ハーマイオニー! 大変だッ」

突然、ロンが叫んだ。
驚きつつもグラウンドを見ると、緑のユニフォームのスリザリン寮生が皆箒を手に持ち、ズラズラとグラウンドに入ってきた。

「なんでスリザリンが?」
「分かんないけど、とにかく行こう! 喧嘩になるよ!」

ロンがすっくと立ち上がって促すので、アスカは慌てて残っている食べかけのトーストを口に押し込み、立ち上がった。
走りながら頑張って飲み込み、アスカ達はグラウンドの芝生を駆けた。
こちらに気づいたのか、イライラしているグリフィンドールチームのメンバーと、ニヤニヤ笑っているスリザリンチームのメンバーがアスカ達を見る。

「マルフォイ君がいる」

スリザリンチームの中に、見知ったプラチナブロンドを見つけたアスカが目を丸くした。
忽ちロンの眉間に皺が寄る。

「どうしたんだい? どうして練習しないんだよ。それに、アイツ、こんなとこで何してるんだい?」

ハリーを始めとするグリフィンドールチームの皆に駆け寄り、ロンがドラコを見ながら聞く。

「ウィーズリー、僕はスリザリンの新しいシーカーだ」

聞いていたドラコが満足気に言う。

「僕の父上が、チーム全員に買ってあげた箒を、皆で賞賛していたところだよ」

ロンは、目の前に並んだ7本の箒を見て口をあんぐり開けた。
だが、アスカもハーマイオニーも、箒にはとんと疎いので何故ロンが驚いたのか分からなくて首を傾げる。

「ニンバス2001。先月出たばかりの最新型の箒さ。いいだろう?」
「へぇえ〜………貴方のお父様は、よっぽど無駄遣いがお好きみたいね」
「…なんだと!?」

ご機嫌なドラコだったが、アスカが微妙に顔を歪めて、可哀想なものを見るように言ったので途端に顔を強張らせた。

「いくら素晴らしい箒でも、乗り手がそれを使いこなせなければ宝の持ち腐れだわ。況してやお金で選手になった人なんか恐るるに足らず。グリフィンドールの敵じゃないわ。とんだ無駄遣い」
「そうね、ベルの言う通りだわ。少なくとも、グリフィンドールの選手は誰一人としてお金で選ばれたりしていないわ。純粋に才能で選手になったのよ」

アスカの言葉にグリフィンドールチームは愉快そうにゲラゲラと笑い、ハーマイオニーが同意して言うと、ドラコの目が吊り上がった。

「誰もお前には意見なんか求めてない。生まれそこないの“穢れた血”め!」
「「!!」」

ドラコの吐き捨てるように言い返した言葉に、ハッ、とグリフィンドールのメンバーが息を飲んだ。
アスカの目が驚きに見開かれる。
ハーマイオニーの顔が歪んだ。

「〜〜〜ッ、貴方って人はッ」
「マルフォイ、最低だぞ!」
「よくもそんな事を!」
「取り消しなさい!」

グリフィンドールチームメンバーはもう誰も笑っていなかった。
口々に非難の言葉を述べ、ドラコを責めたが、ドラコは悪びれた様子はない。
そんなドラコに飛びかかろうとするジョージとフレッドに、それを食い止める為、スリザリンチームのキャプテン、マーカス・フリントがドラコの前に立ちはだかった。
フリントはウッドよりも大きい体をしているので、双子はぐう、と悔しそうにドラコとフリントを睨み付けた。
アスカはハーマイオニーの微かに震える手を握り、キッとドラコを睨み付ける。

「よっぽど、その口を縫い合わせて欲しいみたいね!」
「マルフォイ、思い知れ!」

アスカが杖を振り上げるより早く、ロンが例のスペロテープで補修された杖をフリントの脇の下からドラコに突き付けた。

「!?ッ 駄目!!」

アスカの静止も間に合わず、大きな爆発音が競技場中に木霊し、緑の閃光がロンの杖先ではなく反対側から飛び出し、ロンの胃辺りに辺り、ロンは軽く吹き飛んだ。
芝生の上に尻餅をつく。

(呪文が逆噴射したんだ!)

「ロン! ロン! 大丈夫?」
「ロン!」

ハーマイオニーとアスカが悲鳴を上げ、ロンに駆け寄る。
ロンは口を開いたが、言葉が出てこない。