(何の呪いをかけるつもりだったんだろう…ヤバいのじゃなければいいんだけど…)

ロンは何かを堪えるように何度かえづき、やがて言葉の代わりにとてつもないゲップを一つと、蛞蝓が数匹ボタボタと膝に溢れ落ちた。

「ヒッ」

アスカはその一部始終を間近で見てしまい、思わず口から悲鳴が洩れた。
スリザリンチームは笑い転げる。
特にフリントは、新品の箒に縋って腹を捩って笑い、ドラコは四つん這いになり、拳で地面を叩きながら笑っていた。
グリフィンドールチームの仲間は、ヌメヌメ光る蛞蝓を次々と吐き出しているロンの周りに心配そうに集まりはしたが、誰もロンに触れたくはないようだった。

「ハグリッドの所へ連れて行こう。一番近いし」

ハリーがハーマイオニーとアスカに呼び掛けると、ハーマイオニーは勇敢にも頷き、ハリーと二人でロンの両側から腕を掴んで助け起こした。

「……マルフォイ君、あたし根に持つ質なの。後で後悔しても遅いわよ」

三人に続こうと足を進めようとしたアスカだったが、ふと足を止めて笑い転げるドラコを細めた目で見下ろして言い放ち、返事を聞かずに三人の後を追った。
ドラコの愉快そうな笑い声が背中に届き、アスカはブラックリストにドラコの名を太く記した。

「ハリー、ベル、どうしたの? ねぇ、どうしたの? 病気なの? でも、君達なら治せるよね?」

コリンがスタンドから駆け下りて来て、グラウンドから出ていこうとする四人にまとわりついて周りを跳び跳ねた。
ロンがゲボッと吐いて、また蛞蝓がボタボタと落ちる。

「おわぁー」

コリンは感心してカメラを構えた。

「ハリー、動かないように押さえててくれる?」
「コリン、そこを退いて!」
「退きなさい!」

ハリーとアスカはコリンを叱りつけ、コリンを退かすと、四人でグラウンドを抜け、森の方へ向かった。
森番の小屋が見えてくる。

「もうすぐよ、ロン。すぐ楽になるから……もうすぐそこだから…」

ハーマイオニーがロンを励ます。

あと5、6メートルという時に、小屋の戸が開いた。
少し先行して歩いていたアスカが、ハッと身を固めた。

「隠れてっ」

アスカに言われて、小屋の中から現れた薄い藤色のローブを纏ったロックハートの姿を見たハリーが脇の茂みにロンを引っ張り込んだ。
ハーマイオニーはなんだか渋っていたが、アスカに引っ張られて大人しく従った。

「やり方さえわかっていれば簡単な事ですよね」

ロックハートは声高にハグリッドに何やら言っている。

(また何かはた迷惑をかましていらっしゃるみたいですねぇ…)

ロックハートは、それから自分の著書をサイン入りで送るととっても迷惑な事を一方的に述べ、城の方へ颯爽と歩き去って行った。
ハリーとアスカはロックハートの姿が完璧に見えなくなるまで待って、それからロンを茂みの中から引っ張り出し、ハグリッドの小屋の戸口まで連れて行った。
先行するアスカがドンドンと戸を叩く。

「ハグリッド、ハグリッド! お願い、開けて!」

ハグリッドはアスカの声に、にこやかな笑顔で戸を開けてくれた。
先程、ロックハートに向けていた不機嫌な顔とは打って変わったようにハグリッドは笑顔で部屋の中へアスカ達を迎え入れた。
ハリーとハーマイオニーはロンを抱えて敷居を跨がせ、アスカが寄せた椅子に座るよう促す。
蛞蝓を吐き出すロンを見たハグリッドに何があったのか問われ、ハリーが手短に先程の事情を説明した。
ハグリッドは頷き、ロンの前に大きな銅の洗面器をポンと置いた。

「出てこんよりは出た方がいい。ロン、みんな吐いっちまえ」
「止まるのを待つほか手がないと思うわ」

洗面器の上にかがみ込んでいるロンを心配そうに見ながらハーマイオニーが言う。
それにアスカが困ったように眉を下げて頷く。

「元々あの呪いは結構難しいものだけど、それを杖が折れている状態でかけようとして、呪いが逆噴射してしまった。普通にかけられたわけではないから解呪も難しい。下手したら悪化させてしまうかもしれない…」

アスカが、申し訳なさそうにロンの背をさすりながら言った。

「ねぇ、ハグリッド。ロックハートは何の用だったの?」

お茶の用意に飛び回るハグリッドに、ボアハウンドのファングに涎でべとべとにされながらハリーが問う。

「井戸の中から水魔を追っ払う方法を教えてあげましょうだとか言ってな」

唸るように答えながら、ハグリッドはしっかり洗い込まれたテーブルから、羽を半分毟りかけの雄鶏を取りのけて、ティーポットをそこに置いた。
ファングの耳を指で撫でていたハリーの顔が微妙に引き攣る。

「まるで俺が知らんとでも言うようにな。その上、自分が泣き妖怪とかなんとかを追っ払った話を、散々ぶちあげとった。やっこさんの言っとる事が一つでもホントだったら、俺は臍で茶を沸かしてみせる」

ホグワーツの先生を批判するなんて、ハグリッドらしくなかった。
ハリーは驚いてハグリッドを見つめ、ハーマイオニーは眉を寄せる。
ハグリッドの気持ちがよくわかるアスカは、うんうん頷いた。

「それって少し偏見じゃないかしら。ダンブルドア先生は、あの先生が一番適任だとお考えになったわけだし―――」
「他にはだぁれも居なかったんだ。やっこさんの他にだぁれも居なかった。闇の魔術に対する防衛術の教授をするもんを探すのが難しくなっちょる。誰も進んでそんな事をやろうとせん」

ハグリッドは、糖蜜ヌガーを皿に入れて4人に勧めながら言う。
ロンは糖蜜ヌガーなど食べられる状態ではない、とゲボゲボ咳き込みながら洗面器に蛞蝓を吐いているロンを見ながらアスカは思う。
だが、そんなことよりアスカは頭にきていた。
ハグリッドの話は、アスカが聞いていた話と随分と違うではないか。

「皆、縁起が悪いと思い始めたんだな。ここんとこ、誰も長続きしたもんは居らんし」
「――あんの狸爺…」
「それで? ロンは誰に呪いをかけようとしたんだ?」

ポツリと呟かれたアスカの声は、側にいたロンにしか聞こえなかったが、ロンは自分の事で一杯一杯で反応することが出来なかった。

「マルフォイさ。マルフォイが、ハーマイオニーのことをなんとかって呼んだんだ。ものすごく酷い悪口なんだと思う。だって皆カンカンだったもの」
「本当に酷い悪口さ」

洗面器を抱えながらロンは冷や汗だらけの青い顔で、しゃがれた声を出した。
喋るのも辛そうなロンの背を擦ってやりながら、アスカは険しい顔でロンの言葉に次ぐ。

「彼は、ハーマイオニーのことを“穢れた血”だと言ったのよ」

聞いたハグリッドは大憤慨だ。

「そんな事、本当に言ったのか!」
「言ったわよ。でも、どういう意味だか私は知らない。皆の様子で、とっても…ものすごく失礼な言葉だということはわかったのだけど……」
「あいつの思い付く限りの最悪の………ゲボッ…侮辱の、言葉だ」
「ロン、あたしが話すよ」

言葉の途中で蛞蝓を吐き出しつつも話すロンに苦笑いして告げると、ハリーとハーマイオニーを見る。

「二人は知らないかもしれないけど、魔法使いの中には自分達純血…つまりは両親共に魔法使いの…自分達こそが素晴らしい、偉いんだって勘違いしている人がいるの。それで、両親共に魔法使いではないマグル出身者達の事を蔑んで“穢れた血”と呼ぶのよ」

ロンがアスカの言葉に憎々しげに頷きながら、また洗面器に顔を伏せる。

「尤も、マルフォイ君みたいな連中以外は生まれなんて関係ないって知ってるよ。マルフォイ君達は寧ろ、時代遅れの低俗な思考と言えるわね」
「そうさ、ネビルを見てみろよ。あいつは純血だけど、鍋を逆さまに火にかけたりしかねないぜ?」
「それに、俺達のハーマイオニーが使えない呪文は今までにひとっつも無かったぞ」

アスカに続きロン、そしてハグリッドが言った。
ハーマイオニーはハグリッドの誇らしげに言った言葉に頬を赤らめた。

「“穢れた血”だなんて、卑しい血だなんて…本当に狂ってるよ。ベルも言ったけど、今時魔法使いは殆どが混血なんだ。本当に時代遅れさ。それを――そんな風に罵るなんて、ムカつくよ」
「うーむ、そりゃロンが呪いをかけたくなるのも無理はねぇ」

大量の蛞蝓が洗面器に落ちる音をかき消すような大声でハグリッドが言った。

(ロンがもう少し遅かったらあたしがやってたもんね)

アスカはドラコの顔を思い出して顔を顰める。

「だけんど、お前さんの杖が逆噴射したのはかえって良かったかもしれん。お前さんがやつに呪いをかけちまったら、父親のルシウス・マルフォイが学校に乗り込んできおったかもしれんぞ。少なくとも、お前さんは面倒に巻き込まれずにすんだっちゅうわけだ」

(蛞蝓が口から出てくるだけでも充分面倒だと思うけれど、確かにルシウス・マルフォイが出てきたら面倒な事になってたわね)

アスカはロンの背を擦りながらソッと息を吐いた。

「そういえば、ハリー、ベル。お前さん達、サイン入りの写真を配っとるそうじゃないか。なんで俺に一枚くれんのだ?」
「「そんなの配ってない!」」

二人が声を荒げて否定すると、ハグリッドは笑った。

「からかっただけだ」

ハグリッドがハリーの背中を優しくポンポン叩いたものだから、ハリーはテーブルの上に鼻から先につんのめった。