翌日、やっぱりまだ不機嫌なハーマイオニーと朝食を食べていると、ハリーとロンが現れた。

「おはようベル、ハーマイオニー」
「おはよう二人共」
「…おはよう」

ハーマイオニーの隣に座るアスカは、向かいに座ったロンとハリーににこやかに挨拶をしたが、ハーマイオニーは、なんだかつっけんどんな言い方だった。
ハーマイオニーは、ミルクの入った水差しに、“バンパイアとバッチリ船旅”を立てかけて読んでいる。
アスカとハリー、ロンは顔を見合わせた。

「(まだ許せないみたい)」

アスカが苦笑いでそう声に出さずに言えば、ハリーは苦笑いし、ロンは呆れたように息を吐いた。
そんな中で、明るい声が耳に届いた。

「もう梟便の届く時間だ。ばあちゃんが、僕の忘れた物をいくつか送ってくれてるはずだよ」

ネビルだ。
ネビルは丸顔で、いつもドジばかり踏んでいて、そのくせかなりの忘れん坊だ。
アスカの知る限り、一番かも知れない。
噂をすれば、でハリーがオートミールを食べ始めた途端、頭上に慌ただしい音がして、百羽を超える梟が押し寄せてきた。
大広間を旋回して、お喋りで騒がしい生徒達の上から、手紙や小包を落としていく。
大きなでこぼこした小包がネビルの頭に落ちて跳ね返る。
そしてそちらに気をとられていた次の瞬間、大きな灰色の塊が、ハーマイオニーの傍の水差しの中に落ちて、周りの皆にミルクと羽の飛沫を撒き散らした。

「…………………」

アスカは、自分達の惨状に無言で固まっていた。
ハーマイオニーの隣にいたアスカは、頭からミルクを被ってしまったのだ。
ポタリ、と前髪から滴り落ちるミルクを見て息を吐いた。
ハンカチを取り出して眼鏡を拭く。

「エロール!」

ロンが足を引っ張ってぐっしょりになった梟を引っ張り出した。
エロールは気絶していて、テーブルの上にボトッと落ちた。
足を上向きに突きだし、嘴には濡れた赤い封筒をくわえている。

「大変だ」

ロンが息を飲んだ。

「大丈夫よ。まだ生きてるわ」

ハーマイオニーがエロールを指先でチョンチョンと軽く突つきながら言う。
確かにエロールは大丈夫そうだとアスカも灰色の梟を見て頷く。
だがロンは頭を振った。

「そうじゃなくて―――あっち」

ロンは赤い封筒を指差した。
赤い封筒を見て、アスカは成程、と頷いた。

(確かにこれは大変だわ)

「ロン、気を確かに持って」
「う、うん…」
「どうしたの?」

ハリーが聞いた。
ハーマイオニーも、何故ロンが青冷めているのかわからない、と首を傾げている。

「ママったら、“吼えメール”を僕によこした」
「“吼えメール”?」
「ロン、開けた方がいいよ。開けないともっと酷い事になるよ。僕のばあちゃんも一度僕によこした事があるんだけど、放っておいたら……酷かったんだ」

ゴクリと生唾を飲むネビルの声は、切実さを宿していて、ロンは石のように身を固めた。

「“吼えメール”って、何?」

ハリーが聞いた。
だが、ロンもネビルも答えない。
二人の視線は、赤い封筒に集中していた。
ハリーは答えを仰いでアスカを見る。

「…見ていれば、分かるよ」

アスカは引き攣った笑みを浮かべて、答えた。
そうこうしている間に、封筒の四隅が煙を上げ始める。

「ロン、開けて」
「ほんの数分で終わるよ」

アスカとネビルに急かされて、ロンは震える手を伸ばしてエロールの嘴から封筒をソーッと外す。
アスカとネビルは耳に手で塞ぐ。
ロンが封筒を開封した…次の瞬間、ハリーとハーマイオニーは、何故三人が身を強張らせていたのか分かった。

「車を盗み出すなんて、退校処分になっても当たり前です。首を洗って待ってらっしゃい。承知しませんからね」

封筒が爆発したのかと勘違いする程の大きな声が、大広間いっぱいに響き渡った。
余りの爆音に、大広間全体がビリビリと震え、天井から埃がバラバラと落ちてくる。

「車が無くなっているのを見て、私とお父さんがどんな思いだったか、お前はちょっとでも考えたんですか」

モリーの怒鳴り声が、本物の百倍に拡声されて、耳を手で塞いでいるアスカの頭にもグワングワン響いた。
大広間に居る全員が、誰が“吼えメール”を貰ったのだろうかと辺りを見回し、探している。
ロンは椅子に縮こまって小さくなり、真っ赤な額だけがテーブルの上に出ていた。

「昨夜ダンブルドアから手紙が来て、お父さんは恥ずかしさのあまり死んでしまうのでは、と心配しました。こんな事をする子に育てた覚えはありません。お前もハリーも、間違えば死ぬところだった」

ハリーは、自分の名前が出た時ビクリと肩を震わせた。

「まったく愛想が尽きました。お父さんは役所で尋問を受けたのですよ。みんなお前のせいです。今度ちょっとでも規則を破ってごらん。私達が、お前を直ぐに家に引っ張って帰りますからね!」

耳がジーーンとなって、漸く静かになった。
ロンの手から落ちていた赤い封筒は、役目を果たしたかのように燃え上がり、忽ち灰となった。
ハリーとロンは呆然と椅子にへばりついていたし、アスカはクラクラする頭を押さえながら息を吐く。
周りでは何人かが笑い声をあげ、段々とお喋りの声が戻ってきた。

「ま、貴方が何を予想していたかは知りませんけど、ロン、貴方は…」
「当然の報いを受けたって言いたいんだろ」

落ち着きを取り戻したハーマイオニーの言葉に、ロンが苦々しげに吐き捨てた。
ハリーは、食べかけのオートミールを向こうに押しやった。
ウィーズリー夫妻には、夏中あんなにお世話になったというのに、自分達のせいで……と思うと、申し訳なさで胃が焼けるように重くなり、これ以上食べる気になどなれなかった。

「あ、マクゴナガル先生だ」

アスカの声に顔を上げると、マクゴナガルがグリフィンドールのテーブルを回って時間割を配り始めていた。
アスカ達も貰って見てみると、どうやら新学期最初の授業はハッフルパフと薬草学の合同授業のようだ。
そのあとは変身術で、午後は闇の魔術に対する防衛術で初日の授業は終わる。
だが、最後が曲者だった。
隣で自分の時間割の、闇の魔術に対する防衛術の箇所にハートを書き込んでいるハーマイオニーに気付かないふりをして、アスカは三人に「温室は遠いから、さっさと行こう」と促した。
ハリー、ロン、ハーマイオニーにアスカは、一緒に城を出て、野菜畑を横切り、魔法の植物が植えてある温室へと向かう。
“吼えメール”で二人は十分に罰を受けたと思ったらしいハーマイオニーが、以前のように二人に接しているのを見て、アスカは笑った。
吼えメールの成果だ。

温室の近くまで来ると、他のクラスメートが外に立って、薬草学の先生であるスプラウトを待っているのが見えた。
四人が皆と合流した直後、スプラウトが芝生を横切って大股で歩いて来るのが見えた。
何故かギルデロイ・ロックハートも一緒だ。
その姿を捉えたアスカの顔が怪訝に歪み、その隣でハーマイオニーが目を輝かせる。

「ロックハート先生だわっ」

スプラウトは腕一杯に包帯を抱えていた。
遠くの方に“暴れ柳”が見え、枝のあちらこちらに吊り包帯がしてあるのに気付いて、アスカは先程までスプラウトが暴れ柳を看ていたのだと考えた。
同じように考えたハリーが、気まずそうに眉を下げている。

(思ったより、吼えメールはハリーに効いたみたいだねぇ)

アスカはハリーの背をポンポンと撫でた。

スプラウトは、ずんぐりとした小さな魔女で、髪はふわふわと風に靡き、その上につぎはぎだらけの帽子を被っていた。
いつも服は泥だらけで、爪も土いじりをしているので汚ならしい。
だが、植物に対する愛情や優しさに溢れ、知識も技術も特化している。
一方、ロックハートは、今日はトルコ石色のローブを靡かせ、金色に輝くブロンドな髪に金色の縁取りがしてあるローブと揃いのトルコ石色の帽子を完璧な位置に被り、二枚目具合に磨きがかかっていた。

「やぁ、皆さん!」

ロックハートは集まっている生徒を見回して、溢れるように笑いかけた。
女子生徒達から黄色い声があがる。
アスカはロックハートに気付かれないように、ロンの影に隠れた。

「スプラウト先生に、“暴れ柳”の正しい治療法をお見せしていましてね。あぁ、でも私の方がスプラウト先生より薬草学の知識があるなんて誤解されては困りますよ。たまたま旅の途中で“暴れ柳”というエキゾチックな植物に出遭ったことがあるだけですから」
「皆、今日は3号温室へ!」

普段の快活とした様子はどこへやら…スプラウトは不機嫌さを隠しきれずにロックハートの声をかき消すように言った。
これまで1号温室でしか授業がなかったので、周りから興味津々の囁きが溢れる。
きっと、3号温室にはもっと不思議で危険な植物が植えられているのだろうと、皆、目を輝かせた。
スプラウトが大きな鍵をベルトから外し、ドアを開ける。
天井からぶら下がった、傘程の大きさがある巨大な花の強烈な香りに混じって、湿った土と肥料の臭いが、鼻をつく。
アスカはロンの影に隠れたまま、温室の中へ入ろうとした。

「ハリー!」

だが、アスカ達を追いかけてくるようにかけられた声に足が止まる。
ガッチリとハリーの肩を握り、自慢の白い歯を煌めかせてロックハートがにこにこと笑っていた。