「ハリー、君と話したかったんだよ―――スプラウト先生、ハリー君が二、三分遅れてもお気になさいませんね?」

スプラウトの顰めっ面を見れば『お気になさる』ようだったが、ロックハートは構わず、『お許し頂きありがとうございます』と笑顔で言い放ち、彼女の鼻先でピシャッとドアを閉めた。

「…………………………………………」
「ベル!? ベル落ち着いて!?」
「ハリーなら大丈夫だから! すぐ来るから!」

スプラウトの隣で、ドアを絶対零度の瞳で睨み付けるアスカに、顔を青冷めたハーマイオニーとロンが慌てて宥め、その背を押して奥へ促した。

ハリーは5分程遅れて温室へ入って来た。
ハーマイオニーとロンは、涙が滲む目で喜んだ。
不機嫌なアスカが、よっぽど怖かったらしいが、ハリーはそんな事は知らないので、二人の歓迎ぶりにきょとんと目を瞬かせた。

「何かあったの?」
「「怖かった…」」
「?」

ハリーがハーマイオニーとロンの間に立つと、スプラウトは授業を始めた。

「今日はマンドレイクの植え替えをします。マンドレイクの特徴が分かる人はいますか?」

スプラウトの問いに、ス、とハーマイオニーの手が挙がった。

「マンドレイク、別名マンドラゴラは、強力な回復薬になります。姿形を変えられたり、呪いをかけられたりした人を元に戻すのに使われます」

いつも通り、ハーマイオニーの答えは教科書を丸々写したかのようだった。

「大変宜しい。グリフィンドールに10点」

スプラウトは満足そうに頷いて、グリフィンドールに点を入れた。
グリフィンドール寮の生徒達はワッと喜ぶ。

「マンドレイクは、大抵の解毒剤の主成分になります。しかし、危険な面もあります。誰かその理由を言える人は?」

勢いよく挙がった手は、やはりハーマイオニーのものだった。

「マンドレイクの泣き声は、それを聞いた者にとって命取りになります」
「その通り。もう10点あげましょう」

スプラウトがまた満足そうに頷いて、さらに加点した。
ハーマイオニーが嬉しさを隠しきれずに顔を赤らめ、はにかんだ笑顔をみせる。

「さて、ここにあるマンドレイクはまだ非常に若い」

スプラウトが一列に並んだ苗の箱を指差し、皆はよく見ようとして一斉に前方に詰め寄る。

「うわぷっ」

アスカは後ろから押されて前にいたロンにぶつかり、鼻をぶつけた。

「だ、大丈夫?」
「ん、ありがとう」

鼻をさすりながら頷くと、スプラウトの「皆、耳当てを1つずつ取って」との声が聞こえ、やはり皆一斉に耳当てを取ろうと揉み合った。

「………………」
「―――待ってて」

アスカが揉み合う中に入るのを躊躇っていると、ロンが苦笑いで4つの耳当てを取って来てくれた。

「ロン! 偉い!」

ありがとう、と受けとると、何故かロンは驚いた顔をしていた。
不思議に思い、問いかけようとしたが、それより先にハリーに話し掛けられて口を閉じた。

「ねぇ、ベル。泣き声が命取りってどういうこと?」
「…ああ、マンドレイクのこと? そうね、マンドレイクの根は普通の根じゃないの。見ていれば分かるよ」

ほら、と言ってアスカが促せば、スプラウトが説明を始めるところだった。

「私が合図したら耳当てをつけて、両耳を完全に塞いでください。耳当てを取っても安全になったら、私が親指を上に向けて合図します。それでは―――耳当てをつけて!」

アスカもハリーもハーマイオニーもロンも、耳当て耳当てで両耳をパチンと覆った。
外の音は完全に聞こえなくなる。
スプラウトは、最後に残ったピンクのふわふわな耳当てをつけるとローブの袖を捲し上げ、紫がかった緑色の小さなふさふさした植物を一本しっかり掴み、グイっと引き抜いた。
土の中から出てきたのは植物のではなく、小さな泥だらけの酷く醜い赤ん坊だった。
葉はその頭から生えていて、肌は薄い緑色で斑になっている。
赤ん坊は声の限りに泣きわめいているようだった。
というのも、耳当てのおかげで全く聞こえないからだ。
スプラウトは、テーブルの下から大きな鉢を取り出し、マンドレイクをその中に突っ込み、ふさふさした葉が見えるように黒い湿った堆肥で赤ん坊を埋め込んだ。
スプラウトは手から泥を払い、親指を上にあげ、自分の耳当てを外した。
生徒達も、続いて耳当てを外す。

「このマンドレイクはまだ苗ですから、泣き声も命取りではありません」

スプラウトは落ち着いたもので、ベゴニアに水をやるのと同じように、当たり前の事をしたような口振りだ。

「しかし苗でも、皆さんを間違いなく数時間気絶させるでしょう。新学期最初の日を気を失ったまま過ごしたくはないでしょうから、耳当ては作業中しっかりと離さないように。後片付けをする時間になったら、私からそのように合図します」

スプラウトは話しながら、マンドレイクの鉢がズラリと並ぶ場所を見る。

「一つの苗床に四人。植え替えの鉢は充分にありますし、堆肥はここです。あと“毒触手草”に気を付けること。歯が生えてきている最中ですからね」

言いながら、刺だらけの暗赤色の植物をピシャリと叩くと、スプラウトの肩の上に伸ばしていた長い触手を引っ込めた。
四人で一組と聞いて、アスカ達はいつものメンバーで作業を始めようとしたが、その前にアスカはスプラウトに呼ばれたので三人に断って離れた。
スプラウトの元に行くと、こちらの組に入って、と言われてしまった。
メンバーを見るとネビルとシェーマス、それからハッフルパフのハンナ・アボットだった。

(………わお、面倒を見て欲しいとかそういう意味?)

ネビルは薬草学が得意ではあるが、トラブルメイカーである。
些か不安があったのだろう。
ハリー達を見ると、ハッフルパフの髪がカールした男の子が加わっていたので、アスカは仕方ないと小さく息を吐き、スプラウトに頷いてみせた。

それから、アスカはマンドレイクとネビルの世話で授業が終わる頃には汗まみれの泥だらけだった。
アスカのマンドレイクは割りと大人しく植え替えさせられたが、ネビルのマンドレイクは丸々と太っていて、力の限り暴れたので、鉢に押し込むのすら大変だった。
授業が終わって周りを見渡すと、皆同じように汚れていて、ハリー達と合流したアスカは苦笑いを溢した。
ダラダラと城まで歩いて戻り、さっさと汚れを洗い落とすと、アスカ達は変身術のクラスに急いだ。
マクゴナガルのクラスでは、ハリーとロンはいつも大変そうだったが、今日は殊更大変そうだった。
今日の課題は、黄金虫をボタンに変えるというもので、アスカもハーマイオニーも難なくこなしたが、ハリーは、杖を掻い潜って逃げ回る黄金虫に机の上でたっぷりと運動をさせてやっただけで終わった。
もっと酷かったのがロンで、例の…暴れ柳に空飛ぶ車で突っ込んだ際に、殆ど真っ二つに折れてしまった杖をスペロテープを貼り付けてくっつけた杖は、酷い状態だった。
とんでもないときにパチパチ鳴ったり、火花を散らしたりで、ロンが黄金虫を変身させようとするたびに、杖は濃い灰色の煙でもくもくとロンを包み、さらには煙は硫黄のような臭いで、ロンは煙で手元が見えなくてうっかり黄金虫を肘で押し潰してしまった。
新しい黄金虫を一匹貰ったのだが、マクゴナガルはご機嫌斜めだった。
昼休みのベルが鳴り、ハリーもロンもほっとした。
グリフィンドール生は皆ぞろぞろと教室を出て行ったが、ハリーとロンとアスカだけが取り残され、ロンは癇癪を起こして杖をバンバン机に叩きつけた。

「こいつめ……役立たず……コンチクショー」
「ロン…」
「家に手紙を書いて別なのを送ってもらえば?」

杖が連発花火のようにパンパン鳴るのを聞きながら、ハリーが言う。

「ああ、そうすりゃまた“吼えメール”が来るさ。『杖が折れたのはお前が悪いからでしょう』ってね」

今度はシューシューいい始めた杖を鞄に押し込みながらロンが答えた。

「昼食、食べに行こう。ハーマイオニーが待ってるよ」

アスカが肩を落としているロンの背をぽんと叩き、二人を大広間に促した。
だが大広間で、先に行って席を取ってくれていたハーマイオニーが、変身術で作った完璧なボタンをいくつも二人に見せ付けるので、ロンの機嫌は益々悪くなった。

「ハーマイオニー、失くなってしまったら大変だし、もうしまったら?」
「え? あぁ、そうね」
「えぇっと、次の授業は何だっけ?」

アスカがハーマイオニーのボタンをしまうよう誘導し、ハリーがロンの気をそらそうと話題を変える。

「闇の魔術に対する防衛術よ」

ハーマイオニーがその問いにすぐに答えた。
ロンの気をそらすのには成功したハリーだったが、反対にアスカの動きがピシリと止まってしまった。

「…君、ロックハートの授業を全部小さいハートで囲んであるけど、どうして?」

アスカが固まっているのに気付いていないロンがハーマイオニーの時間割を取り上げて聞いた。
ハーマイオニーは真っ赤になってそれを取り返す。
そのやり取りに、動きを取り戻したアスカが小さく息を吐く。

(あたしは触れずにいたのに…)