バン、と荒々しく扉が開かれ、止まり木で羽根を休めていた不死鳥のフォークスが驚いたように羽根をばたつかせた。
それには目もくれず、アスカは優雅にティータイムと洒落込んでいた養父につかつかと歩み寄る。

「おお、アスカ。そんな怖い顔をして、どうしたんじゃ?」
「どうしたじゃありません。何ですか、あのナルシストは? あんなのが闇の魔術に対する防衛術の教授だなんて、まともな授業が出来るとは到底思えません」

ニコニコと暢気に笑うダンブルドアに、アスカは青筋立てながら捲し立てる。

「ナルシスト? おぉ、ギルデロイ・ロックハート氏のことじゃな」
「そうです。お聞きしました所によれば、貴方があの男を推薦したとか」

相変わらずニコニコで紅茶を飲むダンブルドアにイライラしながら、アスカは言う。
それに気付きながらも、ダンブルドアはニコニコ顔をやめない。

「そうじゃ。わしは彼の本のファンなんじゃ」
「…………………………………………はぁ?」

アスカは思わず声がひっくり返った。
何を言い出すんだこの老人は、と内心毒吐きながらも、アスカは引き攣った顔のまま口を開く。

「あ、あんなの嘘に決まってるじゃないですか」
「そうかの? わしは真実が書かれてあると思ってるがの」
「……………………」

アスカは怪訝な表情を隠しもせずに、ダンブルドアの真意を推し量るように見る。

「彼は未だかつてない授業をしてくれるじゃろう。心配はいらんじゃろうて」
「―――何を考えてるんです?」
「はて、わしにはアスカの言うとる意味がさっぱりじゃ」

(こんの狸爺っ)

アスカは、頭がクラクラしてきた。
頭に手をあて、気を落ち着けようと息を吐く。

「――先生の考えはよくわかりました。ですが、彼がハリーや他の生徒達の害となり得ると感じたら、黙ってはいませんが宜しいですね?」
「構わんよ。それより立っていないで、一緒にお茶はいかがかな?」

美味しい茶葉をもらったんじゃよ、と言いながら新しいカップを出すダンブルドアに、気を殺がれたアスカはダンブルドアの真向かいのソファーに腰掛けた。
ス、と差し出された湯気立つ紅茶の優しい香りを嗅ぎながら、アスカはセブルスの紅茶が飲みたいな、と無意識のうちに考える。
が、次いで先日言われた台詞も思い出し、溜め息を紅茶で飲み込んだ。

「美味しいじゃろう?」
「…そうですね」

けど、と続きそうになった言葉をまた紅茶で飲み下す。

「じゃがセブルスの淹れる紅茶には敵わない」
「ぶっ」

いつぞやの誰かみたいに吹き出しそうになって、アスカは慌ててカップを置いた。

「図星じゃな。青春は良いのう」

フォッフォッフォッ、と悪戯気に笑うダンブルドアに、アスカは呆れたような目をして非難する。
が、それを見たダンブルドアが余計に笑いだしたので、アスカは諦めて放っておくことにした。

(青春って…あたし達、もう子供じゃないんですけど)

溜め息は、紅茶の湯気をふわりと散らせた。

それから、また家に戻ってホグワーツ特急に乗るのも面倒に思えたアスカは、このままホグワーツでハリー達の到着を待つことにした。
そう言って聞いてみたら、ダンブルドアも2つ返事で了承してくれたので、アスカはグリフィンドール寮の自室にて残りの夏休みを過ごした。
ホグワーツの図書館の本を読み漁り、久しぶりのホグワーツをスケッチして回り禁断の森にもこっそり行った。
他の先生方には食事の際や図書館、廊下などで出会ったが、不思議なことにセブルスには一度も会わなかった。
ホグワーツでの残りの夏休みはあっという間に終わり、9月1日、昼食を済ませ、自室にて読書をしていたアスカだったのだが、今は焦った顔をして、校長室へと急いでいた。
擦れ違うゴースト達が何事かと首を傾げるが、それに応えている暇はアスカにはない。

「ダンブルドア先生、大変です!」
「……アスカ?」

駆け込んできたアスカに最初驚いたように目を見張ったダンブルドアだったが、緊迫した様子のアスカに、顔を引き締める。

「ハリーが…ハリーとロンが、」
「二人がどうしたんじゃ?」
「汽車ではなく、空飛ぶ車でホグワーツに来ます」
「何?」

ダンブルドアの顔が、意味が解らないといったように怪訝に曇る。
アスカは、弾む息を落ち着かせ、整えてからまた話し出した。

「二人に何があってそのようになったのかは解りませんが、この瞳が見せてくれました。ハリーとロンが乗った車が暴れ柳に突っ込み、車が…」

学校の施設内に植えられた柳は、普通の柳ではない。
自ら動き、暴れる、暴れ柳なのだ。
あの大きな木の枝に叩かれれば、車といえどもただでは済まないだろう。
ましてや、ハリー達はあの木を大人しくさせる方法を知らない。
知っていても、まだ二年生のハリー達にはどうしようもないだろう。

「車は、アーサー氏がこっそりと空を飛べるようにしてあるんです。ハリー達の身も危険ですが、事が露見してはアーサー氏の立場上にもまずいのでは…」
「―――うむ…」
「今からじゃもう二人は出発してしまっているので、あたしは暴れ柳に向かいます」
「残念だが、もう遅い」

カツン、という靴音と低いベルベットのような声が室内に響いた。

「…セブルス」
「どういう事じゃ?」
「こちらをご覧を」

セブルスが出して見せたのは、夕刊預言者新聞。
そこには、『空飛ぶフォード・アングリア 訝るマグル』との見出しがあった。

「あちゃー…」

アスカが先程視たのは、まさにこの新聞記事だった。
視えたのは、ハリー達が暴れ柳に車で突っ込み柳に攻撃を食らうシーンと、それから夕刊預言者新聞の記事。
それによって、何らかのアクシデントが起こり、汽車に乗れず、あの空飛ぶ車でハリー達がホグワーツに向かっているのだろうと予想をたて、校長室に乗り込んだ。
ダンブルドアに記事だけでもなんとかしてもらおうと急いだのだが、遅かったようだ。

「……ハリー達を迎えに行きます」
「では、我輩も同行しよう。校長は、大広間へ」

セブルスの言葉に、アスカは耳を疑った。

「おお、もうすぐ皆が着く頃じゃな」

二人の事はセブルスとアスカに頼もうかの、と言って、ダンブルドアは頷いた。
アスカは、黙って先に歩き出したセブルスを複雑な心境で見やり、息を一つ吐いて続いた。
2つの足音が静かな廊下に響く。
アスカは、数歩先に歩くセブルスの背を気にしつつも、黙って歩いた。

(……き、気まずい)

普段からセブルスは饒舌な質ではない。
そのことに普段のアスカは気になどしていなかったのだが、今は気まずさを感じていた。
何か話した方が良いのだろうかと思うが、どうにも話のネタがなく、さらにはあったとしても口に出すのは憚れる。

(………あれは、どういう意味だったんだろう)

聞いたら、セブルスは答えてくれるのだろうか。

(だけど、その答えが…もし……)

セブルスの口から、今までの関係を否定するような言葉が出たらと思うと……アスカは唇を噛む。
いつも慣れていた沈黙が、今は痛かった。

「―――――はぁ、」

ややあって、セブルスは足を止めた。
溜め息を吐く音に、思わずビクリと肩が震える。

「アスカ」
「! は、はい」

前を向いたままのセブルスに名前を呼ばれ、アスカは緊張のためかその場で姿勢を正した。

「お前、我輩が言った事を気にしているだろう」
「え!? そ、そんな事はな………くはない…けど…」

ゴニョゴニョと語尾を濁らせるアスカに、セブルスは再度深く息を吐いた。

「……つまりは気にしているんだろう?」
「…う……うん」

アスカが躊躇いながらも頷くと、セブルスは振り返る。

「――なんて顔をしてるんだ」
「…………………元からこの顔です…」

誰のせいだ、という言葉は飲み込み、変わりに憎まれ口を吐く。
アスカは真っ直ぐなセブルスから視線に耐えられず、視線を外す。

「馬鹿言え。いつもヘラヘラ笑ってるくせに」
「へっ、ヘラヘラなんて笑ってない!」

失礼な、と勢いで外した視線を戻すと、セブルスはふっと微笑んだ。

「我輩が悪かった。言い方を間違えたようだ」
「え?」

きょとり、とアスカは瞬きをする。
セブルスの言った意味が解らなかった。

「友人以上に思っている、という意味だったんだ」
「え―――…それって……」

アスカは少し照れた様子のセブルスに、言われた意味を理解する。
そして、安心し、嬉しそうににっこりと微笑んだ。

「なんだー! そっか! 良かったー!」
「………………良かった?」
「うん。安心したよ。セブルスもあたしと同じ気持ちだったんだね!」

嬉しいっ、とニコニコ頬を朱に染めて笑うアスカに、セブルスは目を見開く。
同じ、と聞いて自然と跳ね上がる鼓動を隠し、アスカの次の言葉を待つ。

「あたし達、両思いだったんだ! 嬉しいなっ」

クラリ、と目眩がして、セブルスは壁に寄りかかる。
土気色の肌に、少しばかり赤みが入っている。
隠すように、セブルスは口を手で覆う。

「セブルス? 具合でも悪いの?」
「いや―――…」
「そっか、じゃあ行こう。ハリー達が暴れ柳にぺしゃんこにされちゃう!」