外はすっかり日も暮れ、そろそろ新学期の歓迎会が始まる頃だ。
アスカは慌ててセブルスを急かす。

「―――いや、ちょっと待て。アスカ、一つだけ質問に答えろ」
「なに?」
「我輩達の関係は何だ?」

セブルスの真摯な目に気圧されながらも、アスカは微笑み答える。

「親友!」

次の瞬間、アスカとは反対に、セブルスは盛大な溜め息を一つ、長々と吐いた。

「―――アスカ、我輩はお前をある意味で賞賛する」
「? ありがとう?」
「さっさと行くぞ」

セブルスは、ぎゅっと持っていた夕刊預言者新聞を握り締めた。

「ま、待ってよ!」

アスカがホグワーツの扉まで来ると、ヒソヒソと話す声が聞こえてきた。
前を歩くセブルスを呼び止め、静かに声のしている先を指差す。
扉の前の階段下から横の方に向かって進むと、明るく輝く窓を覗き込んでいる二人を見つけた。
見た所、大きな怪我はしていないようだ。
アスカは、ホッと胸を撫で下ろし、二人に声を掛けようとした…が、ハリーの声に出鼻を挫かれた。

「ちょっと待って……教職員テーブルの席が空いてる……スネイプは?」
「ベルもいない」

二人の声に、アスカはセブルスの様子を窺おうとチロリと見ると、彼は黙ったままでハリー達を冷たい目で見ていた。

「もしかして、病気じゃないのか」
「ベルはそうかも知れないけど、スネイプはもしかしたらやめたかもしれない。だって、またしても『闇の魔術に対する防衛術』の教授の座を逃したから!」
「もしかしたら首になったかも!」

ヒクリ、とセブルスの口元が引き攣ったのをアスカは見逃さなかった。

(まずい…二人を黙らせなくちゃ)

「つまりだ、皆あの人を嫌がってるし――…」
「ハ「もしかしたら」………」

アスカの声を遮り、更には前に一歩踏み出したセブルスのひどく冷たい声が響いた。
二人の耳にも届いたのだろう、その体がビクリと震えた。

「その人は、君達二人が学校の汽車に乗っていなかった理由をお伺いしようかとお待ち申し上げているかもしれないですな」

ハリーとロンがこちらを振り向く。
そこに居たセブルスを見て、顔を思いっきり嫌そうに歪めた。
アスカの事は、セブルスの影になっていて見えていないのだろう。

「ハリー、ロン」
「!?、ベル!」
「ど、どうして君がいるの!」

声をかければ、気付いたハリーとロンが目を丸くさせた。

「それは「お喋りはあとだ。ついて来なさい」……」

また言葉を遮られたアスカは、やや不機嫌そうにセブルスを見る。
だが、セブルスはもう踵を返し歩き出していたため、その背に向かってべー、と舌を出してやった。
それを見ていたハリーとロンは、声を出さずにおかしそうに笑う。

「Ms,ダンブルドア、このまま大広間に行きなさい」

玄関ホールでふと立ち止まったセブルスは、後ろをついて歩いていたアスカを一瞥するとそう言った。

「え、嫌です」
「何だと?」

すぐに頭を振ったアスカに、ハリーとロンは耳を疑った。

「あたしも一緒に行きます」
「───何故だ」
「歓迎会はもう始まっています。今行ったらすっっごく目立つじゃないですか」

あたし目立ちたくありません、ときっぱりと言ったアスカに、セブルスは青筋を立てる。
ハリーとロンは、固唾を飲みセブルスとアスカを交互に見ていた。

「我儘言ってないでさっさと行け!」
「………………………………………」

アスカはセブルスの顔に気圧されつつも押し黙ったままだったが、やがて「わかりました」と頷く。
だが、その胸中は憎々しげに舌打ちして、セブルスへの文句で溢れていた。

「ベル…」
「──大丈夫よ。グリフィンドール寮の生徒を、寮監以外の先生が退学になんて出来ないから」

不安気な瞳でアスカを見つめる二人に微笑み、アスカは大広間へ向かった。
ハリーとロンは、美味しそうな匂いが漂ってくる大広間に入って行くアスカの背を見ていた。
その背が大広間の扉の奥に消えると、セブルスは口元に笑みを浮かべて二人にまたついてくるように促した。
そのほくそ笑みを見たハリーとロンは、これからどんなひどい目に遭うのかがよくわかった。

(ああ、ベルが居てくれたらっ)

セブルスに堂々と意見を述べ、対する事のできるアスカの存在は、とても心強いのだ。
それと同時にハラハラもさせられるのだが、それよりも、今は不安でいっぱいだった。
暖かな明るい場所から遠ざかり、地下牢へと続く石階段を降りながら、ハリーとロンは先程のアスカの言葉を反芻していた。

アスカが大広間へと入ると、ちょうど新入生の最後の子の組分けの真っ最中だった。
アスカは、これ幸いと組分け帽子を被った新入生に注目している生徒達の後ろを静かに通り、グリフィンドールの席の端に気付かれないように座った。
内心でガッツポーズをしていると、組分け帽子が高らかに寮の名を叫ぶ。
途端に歓声と拍手が大広間に響き渡った。
アスカも拍手をしていると、あろうことかハーマイオニーと目が合った。

(見つかった!!)

アスカはヤバいと思いつつも、ハーマイオニーから目が逸らせない。
ハーマイオニーはピリピリした様子で、今にも思ってることを吐き出してしまいたい心境なのだろうことが伺えた。

(ハリー、ロン、早く来てー!!)

ダンブルドアの話を聞きながらアスカは二人に助けを求めたが、それは叶わず、空だった皿に山盛りの料理が現れたのであった。
そして、アスカの前に現れたのは料理だけではなかった。
言わずもがな、ハーマイオニーだ。

「ベル! 貴女いったい今までどこにいたの!? 汽車にも乗っていないし、ホグワーツに着いてもいないし、私がどれだけ心配したか!」

ハーマイオニーは、アスカの隣に座ると、矢継ぎ早に捲し立てる。

「ご、ごめん」
「おまけにハリーとロンも居ないし。双子やジニー達はいるのによ? おかしいと思っていたら、馬鹿げた噂を聞いたの」
「噂?」
「ハリーとロンが汽車じゃなくて空飛ぶ車で来て退校処分になったって噂さ」
「フレッド、ジョージ」

いつの間にかアスカの向かいに座り、チキンにかぶり付いている双子を見て、アスカは苦笑いを浮かべた。

(それ本当の事だよ、だなんて言ったらハーマイオニーが…)

アスカは、ラザニアと一緒に言葉を飲み込んだ。

「俺達も呼び戻してくれりゃあ良かったのに」
「ハリーもロンもつれないよなー」

双子は拗ねたように言いながらもチキンを食べるのも忘れない。

「馬鹿なこと言わないでちょうだい!」

ハーマイオニーは双子に鋭い視線を向け黙らせる。
アスカはそんな不機嫌なハーマイオニーに、落ち着いてと宥めつつ、双子を元々居た席に帰れと視線で訴えた。
だが、双子は素知らぬ顔でチキンにまたかぶり付いていた。

(もうっ、早く帰って来てー!)

アスカは、切実な思いを胸中で叫んだ。

教員席にダンブルドアとセブルスが戻ってきた。
ダンブルドアはにこにことカスタード・タルトにかぶりつき、セブルスは苦々しい顔をしていたので、どうやらセブルスの望むようには事は運ばなかったらしい。
アスカは、美味しそうに食べるダンブルドアに誘われて、カスタード・タルトを皿にとった。
暫くしてデザートの皿が空っぽになると、ダンブルドアから二言三言、話があり、歓迎会は終わった。
ハリーとロンは、最後まで現れなかったし、ハーマイオニーはそのせいか不機嫌で、双子は今年はどんな悪戯をしようかと話し合っていた。
話し合いなら部屋でやりなさいよ、と思いつつ、パーシーの「グリフィンドール生はこっち!」という張り切った声に続いた。

「あ、あの…ベルッ」

グリフィンドール寮へと続く階段を上がっていると、後ろから声をかけられた。

「ジニー」

燃えるような赤毛の可愛らしい少女が照れたようにうっすら頬を朱色に染めて、アスカにどこかぎこちなく微笑んだ。
どうやら緊張しているらしい。

「グリフィンドール、おめでとう。これから宜しくね」
「あ、ありがとう。こ、こちらこそ、その、よろしく…ね」

ニッコリ微笑めば、ジニーは朱色だった頬を真っ赤に染めて、俯いた。

(恥ずかしいのかな? 照れてるだけかな?)

アスカがなんだか微笑ましいな、と表情を緩めるが、それも一瞬で強張った。

「!、危ないジニー!」
「…え?」

ホグワーツの階段は、普通の階段ではない。
動いたり、あるようで無かったり、無いようであったりと様々だ。
アスカはホグワーツはもう自分の庭同然で、目を瞑っていても歩ける位だが、新入生のジニーは違う。
ジニーの踏み出した足は空をきり、バランスを崩し、前方へ倒れ込む。
ジニーは驚いて目を見張り、スローモーションのように近づいてくる階段に、ぎゅ、と目を閉じた。