ハーマイオニーの家は、両親が歯科医ということもあって、立派な造りだった。
最寄駅まで迎えに来てくれたハーマイオニーに連れられて来たアスカは、そのロンの家とのあまりの差に、口を噤んだ。
家について早々、ハーマイオニーはハリーの様子を知りたがり、ご両親への挨拶も程々で打ちきられ、ハーマイオニーの部屋へ押し入れられた。
ロンがどうやってハリーを家まで連れてきたのかを話終えると、ハーマイオニーは目を見張って呆気にとられたようだった。
だがそれも束の間の事で、すぐにぷりぷりと怒りだす。
予想通りの反応に、アスカは、モリーにしこたま怒られていたからと宥めた。
ハーマイオニーの部屋には、本が沢山あり、アスカは目を輝かせた。
ハーマイオニーも笑顔になり、今一番のお気に入りはギルデロイ・ロックハート著の本なのだと教えてくれた。
アスカは何処かで聞いたことのある名前だと思いつつ、後で読ませてねと約束した。

アスカを家で出迎えてくれたグレンジャー夫妻はとても人当たりの良い人達で、アスカは大した気構えをすることもなく半日も掛からずに打ち解けることが出来た。
グレンジャー夫妻については、アスカの第一印象から相当良かったらしく、ハーマイオニーから聞かされていた話も相俟り、かなりの厚待遇だった。

アスカがグレンジャー家に来てから3日程経った、ある上天気の朝、ホグワーツからハーマイオニーに手紙が届いた。
黄色味がかった封筒で、エメラルドグリーンのインクで宛名が書いてある。
アスカはその手紙に見覚えがあった。

「ホグワーツからだわ。でも、ベルには届いてないみたい」
「ああ、あたしはもう持ってるよ」

ハーマイオニーが手紙の中を見てからアスカを心配そうに見る。
アスカは、ああ、と頷いて、ポケットから同じ封筒を取り出して見せて、大丈夫だと笑う。
それに安心したハーマイオニーが、教科書リストを見直して突然歓声をあげた。

「ど、どうしたの?」
「見て! 見て! ベル、これを見てちょうだい!」
「何?」

ハーマイオニーの差し出す教科書リストを戸惑いながら見る。
すると、基本呪文集以外の全てが、ギルデロイ・ロックハートの著書だった。
と、いうか既刊全てだった。

「……………すごいね」
「でしょう!?」
「うん」

ハーマイオニーの考えてる意味とは違う意味でだけどね、とは口には出せず、アスカは頷く。
ハーマイオニーの一押しだというギルデロイ・ロックハートの著書を読んだアスカは、確かに感嘆した。
文才はどうあれ、内容は凄かった。
物語としては、面白い。
だが、その本の内容をあのハンサムがやり遂げたとは到底思えない。
フィクションであるならば納得できたのだが、ノンフィクションであるならば如何とも信じ難い…それがアスカの感想だった。
だが、疑ってもいないハーマイオニーは、純粋に信じ、憧れている。
アスカは、「きっと今度の防衛術の先生は、ロックハートのファンなんだわ!」と、嬉々とした様子のハーマイオニーを見ながら苦笑いを溢した。

「ねえ、ハーマイオニー。あたしハリー達に、一緒にダイアゴン横丁で買い物しようって言ってあるんだ」
「ええ! 私もそのつもりだったの。――そうね、水曜日はどうかしら?」

壁に掛けられたカレンダーを見ながら、ハーマイオニーが言えば、アスカは断る理由もないので頷く。

「うん。じゃあ梟便を…」

言いかけたアスカは、窓の外に何やら近付いてくる影を見つけて訝しげに眉を寄せたまま固まった。

「ベル?」

そんなアスカを不審がり、ハーマイオニーはアスカの視線の先を追って窓の外を見る。
そして、目を見開いた。

「あれって――…」
「多分梟便。窓を開けなくちゃ」

アスカが窓を開けたにも関わらず、梟は窓ではなくあろうことか壁に激突してズルズルと落ちて行った。

「「……………………」」

アスカとハーマイオニーは無言で顔を見合わせた。

「―――エロール…」
「本気で引退を考えた方が良いんじゃないかしら」

ハーマイオニーの言葉に、アスカは沁々と頷いた。
ウィーズリー家の老梟エロールが運んで来た手紙には、ロンが今夜ハリーを助けに行く旨の事が書いてあった。

(え、今頃!?)

「エロール、貴方どこをどう飛んで来たらこんな時に手紙が届くの? 方向音痴なの?」
「…………………」

真面目な顔でエロールに問うハーマイオニーに隠れて、アスカは思考を巡らす。

(塔の妨害に合ったのかしら? だとしたら、エロールに悪い事したな)

フィーレンの塔は、入ってくるのも出ていくのも、主が認めた者だけが許される。
今回、ハリーの梟のヘドウィグとロンの梟のエロールは許可をしていた。
だが、年老い、飛び方の不規則なエロールは、おそらく塔に不審がられたのだろう。
森に惑わされたに違いない。
ハーマイオニーが机で手紙を書いている間、可哀想なエロールを労うように、アスカは翼を優しく撫で、水を飲ませてやった。

「―――…書けたわ」
「…だけど、暫く休ませてあげた方がいいみたい」

エロールは、疲れた様に元気がない。
ハーマイオニーも、クッタリしているエロールの様子に眉を下げる。

「そうね。元気になったらお願いすることにするわ。だから、ゆっくり休んでちょうだいね」

ハーマイオニーがそう語りかけると、エロールは短く鳴いて応えた。
結局、エロールがロン宛の手紙を持ち、飛び立って行ったのは、それから2日程経った日だった。
アスカは、水曜日までにちゃんとロン達の元に届くか不安になりながらも、飛んで行ったエロールを見つめた。

そして、とうとう水曜日がやって来た。
アスカとハーマイオニー、そしてグレンジャー夫妻は、四人でロンドンまで電車で向かい、漏れ鍋からダイアゴン横丁へと足を踏み入れた。
ハリー達はまだ来ていない。
アスカは途端にソワソワと落ち着かなくなり、ハーマイオニーは首を傾げる。

「どうかしたの?」
「ハーマイオニー、ごめん! あたし、ちょっと行きたい所があるから先にグリンゴッツに行ってて! お金換金するんでしょう?」
「それなら私も一緒に行…って、…待って! ああ――…もう、ベルったら!」

ハーマイオニーの返事を待たずに駆け出したアスカに、ハーマイオニーは追い付けずに鼻から息を吹き出して肩を落とした。

ハーマイオニーの制止の声を聞きつつも、アスカの頭の中はハリーの事でいっぱいだった。
アスカは、迷わずにノクターン横丁へ続く路地を駆けていく。
足の速さには定評のあるアスカは、怪しげな老婆や気味の悪いみすぼらしい成りをした魔法使いが居ても恐れも躊躇いもせずにその横をすり抜けて行く。

そうしていくばくか走った所で、アスカの目当ての店『ボージン・アンド・バークス』に辿り着いた。
この店は、ノクターン横丁で一番の大きい店だ。
アスカがその看板を見て、荒くなった息を整えていると、店から一人の少年が出てきた。
煤だらけの姿で、壊れた眼鏡を手で押さえている。

「ハリー!」

アスカは思わず名前を呼び、傍へ駆け寄った。

「え、ベル!?」

ビクリと肩を揺らした痩せっぽっちの少年…ハリー・ポッターは、声の主に目を丸くさせた。

(良かった、見つかった!)

ハリーの傍へ駆け寄ったアスカは、ほーっと胸を撫で下ろす。

「こんな所に長居はしちゃ駄目よ。早くいきましょう」

アスカがパタパタとハリーに付いた煤を落としながら言うと、ハリーは困ったように頷く。

「う、うん。でも、僕、ここがどこなのかも全くわからないんだ」
「ここはノクターン横丁よ」
「ノクターン横丁?」

初めて聞く名前にハリーは首を傾げる。
だが、鼻から眼鏡がずり落ちそうになって、直ぐに手で押さえた。
その様子に、アスカが笑って杖を取り出す。

「レパロ」
「!」

瞬く間に壊れた眼鏡は新品同様に成り、ハリーは眼鏡を外して繁々と見た。

「沢山の魔法使いがいるから、誰が使ったかなんてバレないわ」

悪戯気に笑い、アスカはウィンクしてみせた。
ハリーは虚をつかれたように数度瞬きをして、アスカが休暇が出る前に出た注意書の事を言っているんだと気付くとクスクスと笑った。

「その呪文、覚えなきゃ」
「ふふふ、そうね」

不安で強張っていたハリーの顔が笑顔に変わり、アスカはニッコリと笑んだ。
それから、ハリーを先導するように歩き出す。
暫く歩くと、毒蝋燭の店の軒先に掛かった古ぼけた木の看板に、『ノクターン横丁』と書かれていた。

「ねえ、ベル。ノクターン横丁って、何処にあるの?」

ダイアゴン横丁ではないんでしょ?、と問うハリーに、アスカは首を傾げる。

「何処って……ハリー、貴方、ダイアゴン横丁から迷い込んだんじゃないの?」
「僕、ロンの家でフルーパウダーを使って…」
「煙突飛行に失敗したわけか」
「……うん。灰に噎せちゃって」

アスカの考えていた通りだった。
そのことにまた安心してアスカは笑う。

「初めてだったんでしょう? 仕方ないよ」
「…うん」