そんな話をしていると、「坊や達、迷子になったんじゃなかろうね?」と、ハリーのすぐ耳元で声が響いてハリーは飛び上がった。

「ハリー!」

老婆が、盆を持ってハリーの後ろに立っていた。
アスカが、険しい顔でハリーと老婆の間に割り込んで入り、ハリーを背に庇うようにして老婆を睨む。
老婆の持つ盆には、気味の悪い、人間の生爪のような物が積まれている。
老婆は、ハリーとアスカを横目で見ながら、黄色い歯を剥き出した。

(うげえ…)

アスカは嫌そうな顔を隠しもせずに出し、ハリーは顔を青冷めて後退りしている。

「あたし達は大丈夫ですから、お構い無く」

アスカがキ、と毅然とした態度で言えば、老婆は少しだけ目を見張ったが、ニタリと笑う。

(うげぇえ…)

顔を引き攣らせ、アスカは眉を寄せる。
老婆はジリジリと歩み寄ってくる。

「退いて下さい!」
「………………」

老婆はゆっくりとアスカとハリーに手を伸ばしてくる。

「……ベル…ッ」

ハリーが後ろで身を縮めるのが気配で分かる。
ハリーが怖い思いをしている…アスカは、杖を取り出すと老婆に据わった目で突きつけた。

「いい加減にしなさい。力尽くで退かすわよ、糞婆」

地を這う様なアスカの声に、ハリーも老婆も狼狽えた。

(ベルがキレた!?)

「生爪なんか怖くない、っていうかあんたの笑顔のが数倍怖い。さっさと消えなさいな、じゃないと虫に変えて踏み潰すわよ?」
「ベル…」

ハリーは、老婆にではなくアスカに怯え、後退りした。

「ハリー! ベル! お前さん達、こんなとこで何してるんだ?」

響いた大きな声にハリーは表情を明るくし、老婆は飛び上がり、山積みの生爪が盆の上からバラバラと滝の様に落ちた。
アスカはといえば、ハグリッドの出現に目を丸くさせていた。

「「ハグリッド!」」

ハグリッドが老婆を押し退け、アスカとハリーの側に来た。
老婆が何やら悪態を吐いているが、ハグリッドもアスカもハリーですらも気にしていない。
ハリーが嬉しそうにハグリッドに抱き着くのを微笑ましく見ているのでアスカは一生懸命だ。
ハグリッドはそのままハリーとアスカの背を押して老魔女から離れた。
恨みがましく魔女の甲高い悲鳴が3人の後を追いかけてきたので、アスカは2人に見えない位置でツイ、と杖を振り、老婆の口をピッタリくっ付けた。
ハグリッドはアスカとハリーを、くねくね曲がった路地をさっさと抜けてダイアゴン横丁まで連れてきた。

「グリンゴッツだ…」

ポツリと呟いたハリーの視線の先には、純白の大理石の建物があった。

(そういえば、ハーマイオニーにグリンゴッツで待っててって言ったんだ)

「ハリー、ハーマイオニーがグリ「お前さん、ひどい格好だ!」」


ふわふわな頭の友人を思い出して、アスカは早く行かなければと口を開くが、ハグリッドの大きな声に掻き消されてしまった。
ハグリッドに煤を払われたハリーは、力の加減が出来ていないハグリッドのおかげで薬問屋の前にあるドラゴンの糞がたっぷり入った樽の中に突っ込みそうになる。

「ハリー!」

慌ててアスカがハリーを支え、2人は揃って安堵の溜め息を吐いた。

「お前さん達、ノクターン横丁なんぞ、どうしてまたウロウロしてたんだ? ベルは知っているだろう? ノクターン横丁がどんなとこか」
「勿論知ってる。あたしは迷子になったハリーを探しに行ったのよ」
「ハリー、ノクターン横丁は危ないとこだぞ」

アスカの言葉に、ハグリッドの黄金虫のような目がハリーを見る。

「僕もそうだろうって思ったよ。ベルにも言ったけど、僕、迷子になって―――…ハグリッドは一体何をしてたの?」
「『肉食ナメクジの駆除剤』を探してたんだ」
「肉食ナメクジ? また学校のキャベツに被害を?」

アスカが問えば、ハグリッドが困ったような顔で頷く。

「そういえば、ハリー。俺の手紙に返事をくれないのはどうしてなんだ?」

ハリーは、ハグリッドに屋敷しもべ妖精のドビーのことや、ダーズリーが何をしたかを話して聞かせた。

「腐れマグルめ。俺がそのことを知ってたならなぁ」

歯噛みするハグリッドに、アスカも頷く。

「目に物見せてやったのにね」
「ベル! ハリー! ここよ!」

アスカが無表情でポツリと言うと、ハリーは顔を引き攣らせた。
だが次いで聞こえてきた声に、アスカの顔が、しまった!、と強張ったものだから、その差に思わず笑ってしまった。
ハリーとアスカが目を上げると、グリンゴッツの白い階段の一番上に、ハーマイオニーが立っていた。
ふさふさの栗色の髪を靡かせ、ハーマイオニーはハリーとアスカ、ハグリッドの側に駆け下りてきた。

「ハーマイオニー!」
「ベル! 貴女っていう人は! 待ってって言ったのに! あぁ、ハリー、会えて嬉しいわ! ベルから話を聞いて、心配していたのよ。大変だったみたいね。ハグリッド、こんにちは。さ、ベル、貴女もお金をおろすんでしょう? 行きましょう。ハリーもグリンゴッツに行くの?」
「………………」
「えっと……うん、ウィーズリーさん達を見つけてからだけど」

口を挟む間もないハーマイオニーについていけずにアスカは固まり、ハリーはなんとか返事を返した。

「そう長く待たんでもいいぞ」

ハグリッドが人混みでごった返している通りを見ながらニッコリして言った。
アスカとハーマイオニー、ハリーがハグリッドの見ている方を見れば、人混みを縫うようにして此方へ駆け寄ってくる、ロン、フレッド、ジョージ、パーシー、アーサーの姿が見えた。

「ハリー」

傍へ駆け寄って来たアーサーが、肩で息をして喘ぎながら話しかけてきた。

「せいぜい1つ向こうの火格子まで行き過ぎた位であれば、と願っていたんだよ……」

アーサーは、禿げた額に光る汗を拭い、ホッとしたように顔を緩めた。

「モリーは半狂乱だったよ。今、こっちに来るがね」

アスカは、安易に想像できてしまう図に、隠れてクスリと笑う。

「どっから出たんだい?」
「ノクターン横丁だ」

ロンの問いにハグリッドが暗い顔で答える。

「「すっげぇ!」」
「僕達、そこへ行くのを許してもらったことないよ」

双子が声を揃えて叫び、ロンが羨ましそうにハリーを見る。

「そりゃあ、その方がずーっといい」
「子供が行くような場所じゃないよ」

アスカがハグリッドに続き、笑って言った言葉に、皆の視線が集まる。

「何を言ってるんだい。ベル、君だって子供じゃないか」

ロンが呆れた様に肩を竦めた。

「え゛!? あ――〜…そうだね、あははは」
「君って、本当に変わってるよね」
「…あはははは…は…はは……」

アスカは、自分の失言に漸く気付き、笑って誤魔化した。
双子は、そんなアスカを見てニヤニヤと笑っていた。

(ロンに変わってるとか言われた…普通にショックだ……)

アスカが、地味に傷付いていると、ハーマイオニーがアスカの手を握ってニッコリした。

「ベルは同い年だけれど、私達の中じゃ一番大人だわ」
「そうだね。僕を一番最初に探しだしてくれたのもベルだったし」

ハリーも頷いて、ニッコリする。
アスカは、自分の気持ちが浮上してくるのが分かり、単純だなあと思いつつも「ありがとう」と微笑んだ。

「あれ? そういえば、ベルはなんでノクターン横丁に居たの?」
「あ、ママだ」
「「ジニーもいるぞ」」

ハリーが思い出した様に問いた声は、ロンが発した声に寄って流されてしまった。
今度はモリーが、跳び跳ねるように走ってくるのが見えた。
片手にぶら下げたハンドバッグが左右に大きく揺れ、もう一方の手にはジニーがやっとの思いでぶら下がっている。

「あぁ、ハリー――…とんでもない所に行ったんじゃないかと思うと……」

息を切らしながら、モリーはハンドバッグから大きなはたきを取り出し、アスカとハグリッドが叩き出しきれなかった煤を払い始めた。

「さあ、もう行かなきゃならん」

ハグリッドが言った。
その手を、モリーが「ノクターン横丁! ハグリッドが見つけて下さらなかったら!」、としっかり握りしめた。

「皆、ホグワーツで、またな!」

ハグリッドは大股で去って行った。
人波の中で、一際高く頭と肩が聳えていた。

「『ボージン・アンド・バークス』の店で、誰に会ったと思う?」

グリンゴッツの白い階段を上りながら、ハリーがロンとハーマイオニー、アスカに問い掛けた。

「あそこで誰か知り合いに会ったの?」
「いや、会ったというより、見たっていう方が正しいんだけど―――マルフォイと父親なんだ」
「マルフォイ君が?」
「ルシウス・マルフォイは、何か買ったのかね?」

後ろから、アーサーが厳しい声をあげた。
アスカも、眉間に皺を寄せてハリーの返事を待っている。

「いいえ、売ってました」
「それじゃ、心配になったわけだ」

アーサーは真顔で満足気に言った。