皆を待ちくたびれたのか、待ちきれなかったのか、真っ暗になった談話室でロンは眠り込んでいた。
禁断の森から無事五体満足で戻って来たハリーが、乱暴に起こそうとした時、ちょうどロンは寝言を叫びながら目を覚ました。
まだ眠そうに目を擦っていたロンだったが、ハリーの話をハーマイオニーと一緒に聞いているうちにすっかり目が覚めた。
ハリーは黙って座っていられなかった。
まだ体が震えている。
暖炉の前を行ったり来たりしながらハリーは親指の爪を噛む。

「僕達、スネイプはお金の為にあの石が欲しいんだと思ってたけど、違った。スネイプはヴォルデモートの為にあの石が欲しかったんだ……ヴォルデモートは森で隠れて待ってる」
「その名前を言うのはやめてくれ!」

ロンがヴォルデモートに聞かれるのを恐れるかのように、怖々と囁いた。
だがハリーは熱に浮されているようで耳に入らない。
アスカは、そんなハリーに段々と不安になってくる。

「フィレンツェは僕とベルを助けてくれた。だけど、それはいけないことだったんだ……ベインが物凄く怒っていた……惑星が起こる事を予言しているのに、それに干渉するなって言ってた……ヴォルデモートが僕を殺すなら、それをフィレンツェが止めるのはいけないって、ベインはそう思ったんだ……僕が殺されることも星が予言してたんだ」
「!? そんな…ッ」
「頼むからその名前を言わないで!」

アスカが顔を歪めて声をあげても、ロンが声を潜めるように頼んでも、ハリーには聞こえていない。

「それじゃ、僕はスネイプが石を盗むのをただ待ってればいいんだ」
「やめて、ハリーッ」

アスカが首を左右に振るが、ハリーは止まらない。

「そしたらヴォルデモートがやってきて僕の息の根を止める……そう、それでベインは満足するだろう」
「やめてよ!!」

アスカがこれまで出した事もないような大声で叫んだ。
ハリーだけではなく、ロンとハーマイオニーも驚き、目を丸くしてアスカを見る。
シン、と静まる談話室。

「ハリーは、あたしが死んでも守る」

アスカはハリーのグリーンの目を見詰めて言った。
ハリーの目が驚きに揺れる。
そしてハッと思い出す。
悲鳴を叫び上げ、逃げ出したドラコとファング。
だがアスカは逃げなかった。
足が張り付いて動かなくて逃げられなかったわけじゃない。

(だってベルは―――…)

ハリーを、守ろうとして小さな背に庇ってくれたじゃないか。

「…………………」

アスカはそれ以上何も言わず、ハリーも何も言わなかった。
ハーマイオニーが怖ず怖ずと口を開く。

「ハリー、ダンブルドアは『あの人』が唯一恐れている人だって、皆言ってるじゃない。ダンブルドアがいる限り、『あの人』は貴方に指一本触れる事は出来ないわ。それに、ケンタウルスが正しいなんて誰が言った? 私には占いみたいなものに思えるわ。マクゴナガル先生が仰ったでしょう。占いは魔法の中でも、とっても不正確な分野だって」

ハーマイオニーに言われてハリーはまたひとつ思い出した。

「ねえ、ベル。フィレンツェ達が君の事を見て言っていた『ノルン』って何?」
「………………解らない。あたし、自分のこと殆ど知らないんだもの……ダンブルドア先生から聞いた話しか分からないの。でも、ケンタウルス達はあたしを『フィーレン』の家の子だと言っていたから、あたしのママはアスカ・フィーレンなのかもしれない…」

アスカは動揺を奥にしまい込み、俯いて告げた。
フィーレンの名前にハーマイオニーとロンは驚くがハリーは驚かなかった。

「うん。僕もそう思う……前に言ったよね? 例の鏡に映ったママの隣に立つ女の人がベルにそっくりだった。本当に…」
「そう…」

アスカは静かに頷く。
真実を隠し、騙していることに良心が痛むが、今、真実を告げる訳にはいかない。

「皆、もう寝よう…」

アスカが疲れたように言った言葉に皆、自室へと戻って行った。
だが、その夜の驚きはまだ終わっていなかった。
ハリーがシーツをめくると、そこにはキチンと畳まれた透明マントが置いてあった。
ノーバートを送りだした時に、天文台の塔に忘れてきたハリーの透明マントに違いなかった。
マントには小さなメモがピンで止めてあった。
メモには、クリスマスの時と同じ字で、『必要な時のために』と書かれてあった。

あっという間に試験の日が訪れた。
フラッフィーは間違いなくまだ生きていて、鍵の掛かったドアの向こうで踏ん張っていた。
茹だる様な暑さの中、筆記試験の大教室は殊更暑かった。
試験用にカンニング防止の魔法がかけられた特別な羽根ペンが配られた。
実技試験も行われた。
妖精の魔法では、生徒は一人ずつ教室に呼び出され、パイナップルを机の端から端までタップダンスをさせるという試験だった。
アスカはパイナップルをタップダンスさせ、最後にはクルリと回転させた後にパイナップルと揃ってお辞儀をしてみせた。
フリットウィック先生は大喜びで拍手をくれた。
変身術では、鼠を『嗅ぎ煙草入れ』に変えるという試験だった。
仕上がりが美しければ美しい程高評価が貰えるとあって、アスカは細かい銀細工とマクゴナガルが好きそうな深いエメラルドの石とでアンティーク調の凝った作りの物に変えてみせた。
マクゴナガルは感激して、滅多に見せないような極上の微笑みを浮かべて、褒めた。
魔法薬学では、『忘れ薬』の調合試験だった。
皆はセブルスが生徒のすぐ後ろに回ってマジマジと監視されるので緊張していたようだったが、アスカは一人鼻歌混じりに薬剤を刻み、鍋を杓で掻き回した。
後ろを通ったセブルスにギロリと睨まれたが、アスカはにっこりと笑い返してやった。
学生時代から、魔法薬学はセブルスやリリーと首位を争う程得意だったのだ。
アスカの忘れ薬は自分でも完璧と思える程だった。
最後の試験は魔法史。
1時間の筆記試験で、アスカは『鍋が勝手に中身を掻き混ぜる大鍋』を発明した風変わりな老魔法使い達についての答案を書き終え、羽根ペンを置いた。
一応ゆっくりと一通り見直しをして、息を吐くと同時に、幽霊のビンズ先生が、「羽根ペンを置いて答案羊皮紙を巻きなさい」と言った。
途端にハリーやロン、他の生徒達がわっと歓声を上げる中、満足そうなハーマイオニーを見て笑った。
何故皆が喜んでいるかというと、試験が終わったのも喜ばしいことだが、それよりも、1週間後の試験結果発表まで、自由な時間が過ごせるのだ。

「思っていたよりずーっと易しかったわ。1637年の狼人間の行動綱領とか、熱血漢エルフリックの反乱なんか勉強する必要なかったんだわ」

さんさんと陽の射す校庭に、ワッと繰り出した生徒の群れに加わって、ハーマイオニーが言った。
アスカは苦笑いをして、「だからそこまでやらなくても大丈夫だと思うって言ったのに…」と呟いて、ハリーと顔を見合わせた。
ハーマイオニーはいつもの様に試験の答合わせをしたがったが、そんなことをすると気分が悪くなるというロンにアスカも賛同し、4人は湖までブラブラ降りて行き、木陰に寝転んだ。
風が心地好く吹き、髪を撫でる。
アスカは目を細めて、学生時代を思い出して微笑む。
ウィーズリーの双子とその友人のリー・ジョーダンが、暖かな浅瀬で日向ぼっこをしている大イカの足を擽っていた。

「もう復習しなくていいんだ」

ロンが草の上に大の字になりながら嬉しそうにホーッと息を吐いた。

「ハリー、もっと嬉しそうな顔をしろよ。試験でどんなにしくじったって、結果が出るまでまだ1週間もあるんだ。今からあれこれ考えたってしょうがないだろ」

ハリーは額を押さえながら、顔を顰めていた。
アスカは眉を下げて、ハリーの背にそっと手を添える。

「ハリー、傷が痛むの?」
「一体これはどういう事なのか分かればいいのに! あれからずーっと傷が疼くんだ……今までもこういう事はあったけど、こんなに続くのは初めてだ」

ハリーは額を擦りながら、怒りを吐き出す様に言った。

「あれからずっと?」

アスカは眉を顰める。

「ベルは夢を見ないの? 僕は毎晩見るんだ……あのフードを被った影が血を滴らせて現れる…」
「ハリー…」

アスカはハリーのような悪夢を見てはいなかったが、ハリーが襲われる悪夢ならあの日から毎晩見て魘されていた。
ハーマイオニーとロンはハリーから話を聞いただけだし、ヴォルデモートを畏れてはいたが、夢で魘されることはなかった。

「マダム・ポンフリーの所へ行った方がいいわ」

ハーマイオニーが言ったが、ハリーは頭を振った。

「僕は病気じゃない。きっと警告なんだ……何か、危険が迫っている証拠なんだ」
「……でもハリー、夜眠れないのは身体に悪いよ。マダム・ポンフリーなら、良い睡眠導入剤をくれると思う」
「それならベルも行くべきじゃない? ―――あら? でも、『あの人』の夢じゃないなら、貴女、何故いつも魘されてるの?」

そこでアスカと同室のハーマイオニーが、気付いて不思議そうにアスカを見る。
ハリーもアスカを見ているのが視線でわかるが、アスカは本当のことなど言える筈がない。