「……知らない筈なんだけど、あの日から……ママが死ぬシーンを夢に見るの」

そう尤もらしい嘘でごまかせば、ハリー達はそれ以上突っ込んで聞くことはしなかった。

「ハリー、リラックスしろよ。ハーマイオニーの言う通りだ。ダンブルドアがいる限り、『石』は無事だよ。スネイプがフラッフィーを突破する方法を見付けたっていう証拠はないし。いっぺん脚を噛み切られそうになったんだから、スネイプがすぐにまた同じ事をやるわけないよ。それに、ハグリッドが口を割ってダンブルドアを裏切るなんて有り得ない。そんなことが起こる位なら、ネビルはとっくにクィディッチ世界選手権のイングランド代表選手になってるよ」

ハリーは頷いた。
アスカも納得していたが、何かネビルに悪い気がして、大っぴらに頷けなかった。

「でも、何か忘れてる気がしてならないんだよ……何か……何かとても大変なことを」
「―――それって、試験のせいよ。私も昨日夜中に目を覚まして、変身術のノートのおさらいを始めたのよ。半分位やった時、この試験はもう終わってたって事を思い出したの」

ハーマイオニーがそう言ったが、落ち着かない気分は試験と全く関係がないと、ハリーにはハッキリ分かっていた。
そしてアスカも、それはないだろうなと思っていた。
空を見上げるハリーに釣られてアスカも空を見上げる。
眩しい程の青空に、梟が手紙をくわえて学校の方に飛んでいくのが見えた。

(気持ち良さそうに飛んでるなー…あたしも、久々に飛びたいなぁ)

ぼんやりと考えていたアスカだったが、ハリーが突然立ち上がったのに驚き、首を傾げた。

「ハリー?」
「今、気付いた事があるんだ」

ハリーはそう言って駆け出した。

「ちょ…っ、え、待ってハリー!」
「どこに行くんだい?」

慌てて後を追い、駆け出したアスカとハーマイオニーに続き、ロンも起き上がり、眠たそうだが走りながら問う。

「すぐ、ハグリッドに会いに行かなくちゃ」
「ハグリッドに?」
「どうして?」

ハリーに並走しながら目を瞬かせるアスカ。
ハリーとアスカに追い付こうと息を切らしながら、ハーマイオニーがアスカの後を次いで聞いた。

「おかしいと思わない?」

草の茂った斜面をよじ登りながらハリーが言った。

「ハグリッドはドラゴンが欲しくて堪らなかった。でも、いきなり見ず知らずの人が、たまたまドラゴンの卵をポケットに入れて現れるかい? 魔法界の法律で禁止されているのに、ドラゴンの卵を持ってうろついている人がザラにいるかい? ハグリッドにたまたま出会ったなんて、話がうますぎると思わない? どうして今まで気付かなかったんだろう」
「何が言いたいんだい?」

ロンはよく理解できずに首を傾げて聞くが、ハリーは答えずに、校庭を横切って森へと全力疾走した。
ハリーの話で、アッと気付いたアスカもスピードを上げる。
ハグリッドは家の外にいた。
肘掛け椅子に腰掛けて、ズボンも袖も捲り上げ、大きなボウルを前に置いて豆のさやを剥いていた。

「よう。試験は終わったかい。お茶でも飲むか?」

アスカ達の姿を認めて、ハグリッドはニッコリした。

「うん、ありが「ううん、あたし達急いでるから」…」

ロンの言葉を遮り、アスカが言った。

「ハグリッド、聞きたい事があるんだ。ノーバートを賭けで手に入れた夜の事を覚えてる? カードをした相手って、どんな人だった?」
「わからんよ。マントを着たままだったしな」

ハリーの問いに、ハグリッドはこともなげに答えた。
4人が絶句しているのを見て、ハグリッドは眉をちょっと動かしながら言った。

「そんなに珍しいこっちゃない。『ホッグズ・ヘッド』なんてとこにゃ…「ホッグズ・ヘッド!? あんな所に行ったの?」あ〜……まぁ、たまぁにな」

アスカが怪訝な顔をして言うと、ハグリッドは小さな目を泳がせながらぎこちなく頷く。

「ホッグズ・ヘッドって?」
「近くに、ホグズミード…魔法族だけの村があって、そこにあるパブなんだけど、少しおかしい人や危険な人がウヨウヨいるの。むしろそういう人達の集まりだよ。普通の魔法使いや魔女はまず行かない」
「「「ハグリッド…」」」

アスカの説明に、ハリー達3人の責めるような疑うような視線を受け、ハグリッドは狼狽える。

「ベルが言うような危ない奴らばかりでもないさ……ゴホン、あー…奴は、もしかしたら、ドラゴンの売人だったのかもしれん。そうじゃろ? 顔も見んかったよ。あそこでは顔を隠しているのはそう珍しくもないし、フードをすっぽり被ったままだったしな」

『フード』と聞いて、アスカとハリーの脳裏に、禁断の森奥で出会ったフードを被った影が浮かぶ。

「ハグリッド、その人とどんな話をしたの? ホグワーツの事、何か話した?」
「話したかもしれん」

ハグリッドは思い出そうとして顔を顰めた。

「うん……俺が何をしているのかって聞いてきたんで、森番をしているって言ったな……そしたらどんな動物を飼ってるかって聞いてきたんで、それに答えて……それで、本当はずーっとドラゴンが欲しかったって言ったな……それから……あんまり覚えとらん。なにせ、次々酒を奢ってくれるんで……そうさなあ……うん、それからドラゴンの卵を持ってるけど、カードで卵を賭けてもいいってな……でもちゃんと飼えなきゃダメだって、どこにでもくれてやる訳にはいかないって……だから言ってやったよ。フラッフィーに比べりゃ、ドラゴンなんか楽なもんだって…」
「フラッフィーの事を話したのね?」
「それで、そ、その人はフラッフィーに興味あるみたいだった?」

ハリーはなるべく落ち着いた声で聞いた。

「そりゃそうだ。三頭犬なんて、例えホグワーツだって、そんなに何匹もいねえだろう? だから俺は言ってやったよ。フラッフィーなんか宥め方さえ知ってれば、お茶の子さいさいだって。ちょいと音楽を聴かせればすぐねんねしちまうって……」

そこまで言って、ハグリッドは突然、しまった大変だという顔をした。

「お前達に話しちゃいけなかったんだ!」

ハグリッドは慌てて言った。
アスカ達は険しい顔のまま踵を返した。

「忘れてくれ! おーい、皆どこに行くんだ?」

ハグリッドの声が背中にかけられるが、誰も振り返らなかったし、一言も喋らなかった。
玄関ホールは、校庭の明るさに比べると冷たく、陰気に感じられた。

「ダンブルドアの所に行かなくちゃ」

ハリーが口火をきった。

「ハグリッドが怪しい奴に、フラッフィーの手懐けるか教えてしまった。マントの人物はスネイプかヴォルデモートだったんだ……ハグリッドを酔っ払わせてしまえば、あとは簡単だったに違いない。ダンブルドアが僕達の言う事を信じてくれればいいけど…。ベインさえ止めなければ、フィレンツェが証言してくれるかもしれない。校長室はどこだろう?」

辺りを見回し始めた3人に、アスカは笑う。

「皆忘れてない? あたし、これでもダンブルドアの養女なんだけど…」
「「「あ、」」」
「校長室の場所なら知ってる」

クスクスと笑うアスカが、道を示そうとした時、ホールの向こうから声が響いた。

「そこの4人、こんな所で何をしているんです?」

山の様に本を抱えたマクゴナガルだった。

「校長先生にお会いしようと思って」

口を噤んだ3人に変わり、アスカが口を開いた。
ダンブルドアの養女であるアスカなら不自然ではない。

「皆さん全員でですか?」

マクゴナガルもそう思ったのだろう。
だが、その視線が他の3人を見ているのを見て、アスカは隠さずに頷く。

「はい。ちょっと聞いていただきたい話があって…」
「そうですか。ですが、ダンブルドア先生は10分程前にお出掛けになりましたので、その話はまた後日になさい」
「出掛けた?」

それまで黙って事の成り行きを見守っていたハリーが声を上げた。

「魔法省から緊急の梟便が来て、すぐにロンドンに飛び発たれました」
「先生がいらっしゃらない? この肝心な時に?」

ハリーは慌てた。

「ポッター、ダンブルドア先生は偉大な魔法使いですから、大変多忙でいらっしゃいます」
「でも、重大な事なんです」
「ポッター。魔法省の件より貴方方の用件の方が重要だと言うんですか?」
「実は…」
「ハリー」

アスカが窘めるように呼んで止めようとするが、ハリーは慎重さをかなぐり捨てて続けた。

「『賢者の石』の件なんです」

マクゴナガルの手からバラバラと本が落ちたが、マクゴナガルは拾おうともしない。
アスカは頭を抱え込みたくなった。

「どうしてそれを……?」

マクゴナガルはしどろもどろだ。

「先生、僕の考えでは…いいえ、僕は知ってるんです。スネ――…いや、誰かが『石』を盗もうとしています。どうしてもダンブルドア先生にお話しなくてはならないのです」

マクゴナガルは驚きと疑いの入り混じった目をハリーに向けていたが、暫くしてやっと口を開いた。

「ダンブルドア先生は明日お帰りになります。貴方達がどうしてあの『石』のことを知ったのかはわかりませんが、安心なさい。盤石の守りですから、誰も盗むことは出来ません」
「でも先生…「ポッター。2度同じことは言いません」……」

なおも食い下がろうとするハリーに、マクゴナガルがピシャリと言った。

「4人共外に行きなさい。折角の良い天気ですよ」