一睡も出来ないままに夜が明けた。
爽やかな朝とは程遠い、どんよりとした朝だった。
やがて、寮内で寮生達が騒ぎ始める。
アスカは、急に減ってしまった得点の事を騒いでいるに違いないと思い、枕に顔を埋める。

「大変よ、皆起きて! 私達、一晩で最下位になってしまったみたいなのっ」

だがご丁寧に部屋の前の廊下を誰かがそう大声で言いながら駆けて行ったので、まだ寝ていたラベンダー達まで起きて騒ぎ出してしまった。
アスカが天蓋のカーテンから恐る恐る顔を出すと、ちょうどハーマイオニーも同じように顔を出した。

「…………おはよう」
「……おはよう。目、少し赤くなってる…」
「あ……やだ…どうしよう」
「冷やせば大丈夫だよ」

気まずい空気が流れたが、アスカはすぐに動き出した。
何かに集中して動いていなければ、何事かと話しているラベンダー達にいつ話し掛けられるのか不安で、自分達の所業がばれてしまわないか心配で居た堪れなかった。
だが、すぐに噂が広がり始めた。
ハリー・ポッターとあのベル・ダンブルドアが、あの有名な2人が寮の点をこんなに減らしてしまったらしい。
何人かの馬鹿な一年生と一緒に。
その噂は忽ちホグワーツ中に知れ渡り、学校で最も人気があり、賞賛の的だったハリーは一夜にして1番の嫌われ者になり、学校で最も期待され、注目されていたアスカは所詮ダンブルドアとは血が繋がっていないただの養女だと罵られ、笑い者になった。
スリザリンから寮杯が奪われるのを期待していたレイブンクローやハッフルパフも敵に回り、アスカ達がどこへ行ってもアスカ達を指さし、声を抑える事もせずに悪口を言った。
スリザリン寮生は、アスカ達が通る度に拍手をし、口笛を吹き、「ポッター、ダンブルドア、ありがとうよ。借りが出来たぜ!」と囃し立てた。
さすがのアスカも、言い返す事はできなく、強気の態度にも出られなかった。
アスカ達にとって、ただロンだけが味方だった。

「数週間もすれば皆忘れるよ。フレッドやジョージなんか、ここに入学してからずーっと点を引かれっぱなしさ。それでも皆に好かれているよ」

そう言って笑ってロンは慰めてくれたが、ハリーは頭を振った。

「だけど、1回で200点も引かれたりはしなかったろう?」
「うん……それは、そうだけど…」

ロンは認めざるを得ない。
アスカもハリーも、惨めだった。
ハリーは今更だが、今なら、何故アスカがあんなに自分達を止めようとしたのか気付いた。
自分達を心から案じてくれていたのだ。
危機感がないと言う言葉にも頷ける。
透明マントを被り忘れるなんて、本当に馬鹿だった。
痛い目をみなければわからないとは良く言ったもので、ハリーはもう二度と関係のないことに首を突っ込むのはやめようと心に誓った。
コソコソと余計な事を嗅ぎ回るなんて、もう沢山だ。
アスカにとって、喜ばしいことはハリーがそう誓ってくれたことだけだった。

「辞めたいって…ハリー、ウッド先輩にそんなこと言ったの?」

ハリーは、自分の今までの行動に責任を感じ、ウッドにクィディッチ・チームを辞めさせて欲しいと申し出た。
それを聞いたアスカは眉を寄せる。

「うん。でもウッドに、クィディッチで勝たなければ、どうやって寮の点を取り戻せるんだって言われて………だけど、もう僕はクィディッチが楽しくないんだ…」

ハリーは辛そうに顔を歪める。
クィディッチの練習中、他の選手はハリーに話し掛けようともしなかったし、どうしてもハリーと話さなければならない時でも、「シーカー」としか呼ばなかった。
刺々しいチームメイトに囲まれては伸び伸びとプレイすることはおろか、楽しくプレイすることすら叶わない。
だが、自分が無くした寮の点を取り戻す為に、辞めることも叶わず、ハリーにはクィディッチが苦痛でしかなかった。
あんなに楽しかったのに…その思いが、余計辛くさせた。

「ハリー…」

ハリーの様子に眉を下げるアスカだったが、実を言えば、自分もかなり参っていた。
今まで馴れ馴れしい位に話し掛けてきた上級生や同級生達からは聞こえるような声で蔑まれ、罵られる。
かといってアスカが喋れば、聞こえないかのように無視される。
まるで自分という存在を消されてしまったようで、アスカはどこに居ても周りに指さされ、陰口を吐かれ、刺ある視線を受けて落ち着くことが出来なかった。
アスカと一緒にいるとハーマイオニーもアスカと同じように仕打ちを受けるので、アスカはハーマイオニーに話して距離を置こうとしたが、ハーマイオニーは頭を振った。

「私、そんなの平気よ。ベルと一緒に居られない方が嫌だわ」
「ハーマイオニー…」
「それに私達、お互い様でしょう? どちらか一方が悪いだなんて思ってないわ」

アスカは、ハーマイオニーの友情に感謝したが、やはり自分と一緒にいるせいでハーマイオニーが悪く言われるのはとても苦しかった。
心ない言葉に傷つくハーマイオニーを見るのはそれこそ自分が罵られるよりずっと辛かった。
だが、アスカは黙って堪えるしかなかった。
ハーマイオニーは教室で皆の注目を引くのをやめ、俯いたまま黙々と勉強していた。
アスカもそれに付き合い、あれほど嫌っていた勉強を文句も言わずに続けた。
アスカもハーマイオニーもハリーも、試験勉強に没頭することで余計な事を、惨めな自分を忘れる事ができた。
近付く試験に向けて、アスカ達4人は他の寮生と離れて、夜遅くまで勉強した。
試験を一週間後に控えたある日、アスカが小鬼の反乱の年号を思い出しつつ覚えていると、ハリーとロンが二人で複雑な薬の調合を覚えるのに苦戦しているのにアスカは気付き、微笑む。

「その薬の調合が分かりやすく書いてある本があるから持って来てあげる」

アスカはそう言って立ち上がり、本棚へ向かう。

(えーっと、確かここら辺だったはず…あ、あった)

アスカが探していた本を手に取ると、優しい声が背中にかけられた。

「ベル」
「え、……あ」

ビクリと肩を揺らして振り返れば、爽やかに微笑む精悍な顔付きのハッフルパフ寮生で、さらにはハッフルパフ・チームのシーカー、セドリック・ディゴリーが立っていた。

「セドリック…」
「元気? …って、ごめん。そんな訳ないか……大丈夫かい?」
「え? はい…まぁ、何とか…」

自分で言い出した事の筈が、気まずそうにセドリックは言って、所在なく目を泳がせる。

「あ……、じゃ、じゃああたし…」

気まずそうなセドリックの様子にアスカが踵を返す。

「待って!」
「!?」

セドリックにグ、と手を掴まれて、アスカは驚き戸惑う。

「……うちの寮の奴らは君達の事悪く言っているけど、僕は、そうじゃないから」
「え?」

真摯な瞳で見つめられ、アスカの胸がドキリと音をたてた。

「誰にだって失敗することはある…そうだろう?」

セドリックに掴まれたままの手が熱を帯びた様に熱くなる。

「それに、君は勇気と教養ある素晴らしい魔女だよ」

アスカの手を握るセドリックの手にグッと力が入った。

「え…?」
「僕、グリフィンドールの双子とは結構仲が良いんだ。彼らから君の話を良く聞くんだよ」
「えぇ? そ、それ多分殆ど嘘ですから、信じちゃ駄目です!」

アスカは双子と聞いて慌てた。
十中八九、また例の「英雄」だとかいう話だろう。
まだ言っていたのかとアスカは顔を赤くして歯噛みする。

「そうなの? でも、同級生を助けたり、スネイプ先生から点を貰ったりって本当の事だろう? うちの寮の1年生からも同じ話を聞いたから、間違いじゃないと僕は思うんだけど?」
「あ…いや、それはそうなんですけど……でも、あたしは…」

返す言葉がなくてアスカは言い澱む。
そんなアスカにセドリックは笑う。

「ははは、君は本当に……」
「?」

首を傾げるアスカの頭を、セドリックがポンポンと撫でる。

「何でもない」
「セドリック?」
「薬の調合の勉強かい? あぁ、その本は確かに分かりやすく書いてあるから良いね」
「そう。友達に見せようと思って…」
「友達って、あのいつも一緒にいる子かい?」

何かをごまかされた事にどこか気持ち悪さを感じたが、セドリックにアスカの持つ本に話題を変えられて意識が変わり、すぐに気にならなくなった。

「ハーマイオニーじゃなくて、ハリーとロンです」
「ああ。君達4人、仲が良いよね」
「…そういえば、セドリックも何か本を探しに来たんじゃ「ベル?」…?」

言葉の途中で名を呼ばれ、アスカは振り向く。

「ハリー」

ハリーが、怪訝な顔でアスカとセドリックを見ていた。
やがて、その視線がアスカの手に移り、眉が寄せられる。

「? ハリー?」

表情が少し強張ったハリーにアスカが首を傾げる。

「戻ってくるの遅かったから……でも、僕、お邪魔だった?」
「え? …あっ」
「あ、ごめん!」

アスカはさっきからずっと握られっぱなしだった手に気付き、途端に顔が赤くなる。
セドリックも今気付いたようで、サッと手を離す。