その頬が少し赤らんでいることに、ハリーは何故かム、とした。
ハリーはどうやら本を取りに行ったアスカの戻りが遅く、心配して来てくれたようだ。
また待たせるのは悪い。
そう思い、アスカは、セドリックに向き直る。
「あの…ありがとうございました」
「いや、僕はお礼を言われるような事はしてないよ。…じゃあまたね」
(あたしを、励まそうとしてくれたんでしょう?)
「…はい」
アスカは、セドリックの優しさにジンワリと胸が暖かくなった。
「ハリーも、頑張れよ」
「え?」
ハリーはまさか励まされるとは思っていなかったようで、キョトンと目を瞬かせた。
セドリックは、それに薄く爽やかに笑って、別の棚の方へと行ってしまった。
セドリックの背中を見送っていたアスカは、視線を感じてハリーを見る。
「ごめんね、じゃあ戻ろっか」
「……今の誰? 上級生だよね? ハッフルパフのカラーだったけど…」
「………………」
アスカは目をぱちくりさせる。
ハリーは何かを探るような、疑うような、怒ってるような…怪訝な顔付きで、真っ直ぐアスカを見ている。
「…ハリー?」
「アイツと何話してたの? 手なんか繋いで」
「ハ、ハリー? どうしたの?」
何か責められている気分になり、アスカは困惑する。
こんな様子のハリーは始めてだった。
「セ、セドリックは励ましてくれただけで、別に怪しい人なんかじゃないよ?」
「セドリック?」
アスカがよっぽど仲の良い相手じゃないと名前で呼ばないことを知っているハリーは、ショックをうけたように一瞬固まり、そのまま無言で踵を返し、歩き出す。
「え、ちょっと…ハリー?」
アスカは、迎えに来てくれたんじゃないの?、と首を傾げながらもどこかイライラした様子のおかしいハリーの背に続いた。
(変なハリー)
席に戻ったアスカだったが、やはりどこか不機嫌なハリーに困惑しつつも2人に持ってきた本を渡す。
ハリーの様子に、ハーマイオニーに何かあったのかとコッソリ聞かれたが、よく分からないアスカは肩を竦めて首を振った。
ハーマイオニーも深くは追求せずに、また勉強を再開したので、アスカもまた年号に取り掛かった。
アスカ達は、それから暫く無言で黙々と勉強をしていたが、突然ハリーが羽根ペンや教科書類を片付け始める。
「僕、もう寮に戻る」
「あ、じゃああたしも「いいよ。ベルはまだ勉強していればいい」………うん」
一緒に戻る、と言おうとしたアスカの言葉はハリーに遮られた。
ハリーの有無を言わせない態度に、アスカは静かに頷く。
ハリーは片付け終えるとさっさと図書館を出て行った。
その背を見送っていたアスカの肩を、ハーマイオニーが叩く。
「ハリーは大丈夫よ。それより、今からロンに天文学のテストをするの。ベルも手伝ってちょうだい」
「…うん」
アスカは頷いたが、やはりハリーが心配で、チロリと再度ハリーが出て行った方を見た。
(どうしたんだろう、ハリー…様子が変だったけど……)
ロンにハーマイオニーと問題を出しながら、アスカはハリーの事を考えていた。
「じゃあ、次はこれね―――」
何問目になるだろうか。
ハーマイオニーが教科書を見ながら出した問いに、ロンが唸り出した時、ハリーが早足で帰って来た。
その顔は強張っていて険しく、何か焦っているようだった。
「あれ、ハリー。先に寮に戻ったんじゃなかった? どうかしたのかい?」
ロンがハリーに気付き、目を瞬かせて聞いた。
アスカはハリーの様子に何かあったのだと察して顔を引き締める。
「さっき帰る途中で聞いたんだ。教室で、クィレルが誰かと話してた」
「教室で? 誰と?」
ハーマイオニーが怪訝そうに顔を顰めて聞くがハリーは頭を振る。
「相手の姿は見えなかった。けど、きっとスネイプだ」
「―――どうしてわかるの?」
セブルスの名が出て、ロンとハーマイオニーがハッと息を呑む横で、アスカが問う。
「クィレルは誰かに脅されているようだった。許しを請いていたんだ。それで……その後、クィレルは啜り泣くようにして頷いてた」
「確かにそれはスネイプだよ!」
ハリーの言葉に、ロンが納得して頷く。
「それじゃ、スネイプはついにやったんだ! クィレルの魔法を破る方法を聞き出したとすれば……」
「でも、まだフラッフィーがいるわ」
ハーマイオニーが言うが、ハリーが厳しい顔をして口を開く。
「もしかしたら、スネイプはハグリッドに聞かなくてもフラッフィーを突破する方法を見付けたかもしれない」
周りに何千冊という本を見上げながら、ロンが頷く。
「これだけの本がありゃ、どっかに三頭犬を突破する方法だって書いてあるよ。どうする? ハリー」
ロンの目には冒険心が再び燃え上がっていた。
ハリーよりも、アスカよりも素早く、ハーマイオニーが答えた。
「ダンブルドアのところへ行くのよ。ズーッと前からそうしなくちゃいけなかったのよ。自分達だけで何とかしようとしたら、今度こそ退学になるわよ」
「で、でもそれじゃあベルがダンブルドアに叱られるんじゃ…」
「それに証拠は何にもないんだ」
ハリーがギュッと拳を作る。
「クィレルは怖気づいて僕達を助けてはくれない。スネイプはハロウィーンの時トロールがどうやって入ってきたのか知らないって言い張るだろうし、あの時4階になんて行かなかったってスネイプが言えばそれでおしまいさ。皆、どっちの言う事を信じると思う? 僕達がスネイプを嫌ってるって事は誰だって知っているし、ダンブルドアだって僕達がスネイプをクビにするために作り話をしてると思うだろう。フィルチはどんな事があっても、僕達を助けたりしないよ。スネイプとベッタリの仲だし、生徒が追い出されて少なくなればなるほどいいって思うだろうよ。もう一つおまけに、僕達は石の事もフラッフィーの事も知らない筈なんだ。これは説明しようがないよ」
アスカは、ハリーが今までのことを深く反省していることを知って嬉しくなった。
ハリーの言葉にハーマイオニーは納得した様子だったが、ロンは粘った。
「ちょっとだけ探りを入れてみたらどうかな?」
「ダメだ。僕達、もう十分に探りを入れ過ぎてる」
ハリーはキッパリとそう言い切ると、木星の星図を引き寄せ、木星の月の名前を覚え始めた。
アスカは、そっと本を見るフリをして隠れてほっと息を吐く。
(もうハリーは大丈夫みたいね)
いつぞや自分が言った言葉は間違いではなかった。
痛い目をみて、ハリーは学習したようだ。
だが、反省が足りないとばかりに、翌朝、アスカとハリー、ハーマイオニー、ネビル宛に手紙が届いた。
4通とも、同じ内容だった。
処罰は今夜12時に行います。
玄関ホールで、Mr,フィルチが待っています。
マクゴナガル教授
文面を読み、アスカは減点の事で大騒ぎだったので、罰則の存在をすっかり忘れていた。
それはハリーも同じだったらしい。
だが、誰も文句は言わなかった。
アスカもハリーもハーマイオニーも、自分達は処罰を受けても当然の事をしたと思っていた。
(どんな罰則なんだろう)
考えても答えは出ないとわかっていても、考えざるを得ない。
ハリーにとって、危険なものでなければいいと思いながらも、あっという間に時間が来た。
夜11時、アスカ達は談話室でロンに別れを告げ、ネビルと一緒に玄関ホールへ向かった。
フィルチはもう来ていた。
そしてもう1人、ドラコもいた。
ドラコも一緒に処罰を受けることをアスカはまたすっかり忘れていた。
「ついて来い」
フィルチは全員が集まるのを確認すると、ランプを灯し、先に外に出た。
「規則を破る前に、よーく考えるようになったろうねぇ。どうかね?」
そう言って、フィルチは意地の悪い目つきで皆を見た。
誰も答えなかったが、フィルチは上機嫌で続けた。
「ああ、そうだとも。私に言わせりゃ、扱いて痛い目を見せるのが1番の薬だよ。昔の様な体罰がなくなって、全く残念だ……手首を括って天井から数日吊したもんだ。今でも私の事務所に鎖はとってあるがね、万一必要になった時に備えてピカピカに磨いてあるよ―――よし、出掛けるとするか。逃げようなんて考えるんじゃないぞ。そんなことしたら、もっと酷いことになるからねぇ」
脅すようにそう言ったフィルチを、真っ暗な校庭を歩きながら、内心ではもっと酷いことになって欲しいと思っているんだろうなとアスカは思った。
ネビルは恐怖からか、ずっとメソメソとしている。
アスカはフィルチの向かう方向と、どうしてフィルチがあんなに上機嫌で嬉々としているのか考えて嫌な考えが浮かんで顔を歪めた。
(まさか…ね)
月は煌々と明るかったが、時折サッと雲がかかり、辺りを闇にした。
行く手に、ハリーはハグリッドの小屋の窓の明かりを見た。
遠くから大声が聞こえてくる。
「フィルチか? 急いでくれ。俺はもう出発したい」
ハグリッドの声にハリーの心は躍ったが、逆にアスカは息を呑んだ。
悪い予感が当たってしまったようだった。
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