日が沈んだ森では、日中ですらも薄暗い森を闇が静かに支配していた。
夜行性の生物達が蠢き始め、無作法な者達を見つめている。
木が深々と繁り、フードを被ったセブルスとクィレルをすっかり見失ってしまった。
アスカがどうしようかと考えていると、木々の隙間から、信じられない人を見つけて目を見開いた。
箒に跨がって木の梢の枝に触る程の高さで飛行しているその少年をアスカはよく知っていた。
(ハリー!?)
何故、今頃大広間で皆と夕食を食べているはずのハリーがここにいるのだろう?
(しかも、こそこそと何かから隠れてそれを窺って…いる、ような……)
そこまで考えた時、アスカはハリーが何をしているのか分かった。
アスカはハリーに気付かれないように、近付いて行く。
すると、声が聞こえ始めてきた。
低く耳に響くベルベットのような声と、怯えているような吃り声。
セブルスとクィレルだ。
アスカが思った通り、ハリーは、2人の会話を盗み聞きしていたのだ。
アスカは、セブルスとクィレルには勿論、ハリーにも気付かれないように木の陰に隠れ、息を潜め耳を澄ませる。
「あのハグリッドの野獣をどう出し抜くか、もうわかったかね」
セブルスの声は氷のように冷たかった。
アスカは眉を寄せる。
(ハグリッドの野獣……三頭犬、フラッフィーの事ね)
「で、でもセブルス……私は…」
「クィレル、私を敵に回したくなかったら」
セブルスはグイと一歩前に出た。
「ど、どういうことなのか、私には……」
「私が何が言いたいか、よく分かってるはずだ」
(いや、よく分かんないですけど)
胸中でそう返事を返していると、梟が大きな声で、ホーッと鳴いた。
(何の話をしているの?)
「……貴方の怪しげなまやかしについて聞かせていただきましょうか」
「で、でも私は、な、何も…「いいでしょう」…」
吃りの増したクィレルをセブルスが遮った。
地を這うような声は、グ、と凄みを増す。
きっと、凄い恐ろしい顔をしているに違いない、とアスカは思う。
「それでは、近々、またお話をすることになりますな。もう一度よく考えて、どちらに忠誠を尽くすのか決めておいていただきましょう」
(忠誠? ―――じゃ、じゃあもしかして……)
アスカはセブルスが何を言っているのか漸く理解した。
大股で立ち去って行くセブルスと、その場に石のように立ち尽くすクィレルを交互に見る。
(………とてもそうとは見えないけれど…)
考え事をしていたアスカは、背後に忍び寄る影に気づかなかった。
「!?っ」
背後から伸びた手に口を塞がれ、アスカは咄嗟に身を捻って逃げようとした…が、耳元で名を呼ばれやめた。
「静かに、ベル。僕だよ」
振り返ってみて、声の主を確認すると、アスカは小さく息を吐く。
「ハリー…」
「ベルも見てたんだね」
ハリーの神妙な顔つきにアスカは無言で頷いた。
「ハリー! それに……え、ベルも? 2人とも、仲直りをしていたの?」
ハーマイオニーが甲高い声を出した。
アスカとハリーが一緒に来たので驚いたが、嬉しそうだ。
「僕らが勝った! 君が勝った! 僕らの勝ちだ!」
ロンがハリーの背をポンポン叩きながら言った。
ロンは頗る上機嫌だった。
ハリーの隣にアスカがいても気にならないのか、はたまた見えていないのか、興奮しながら話す。
「それに、僕はマルフォイの目に青痣を作ってやったし、ネビルなんかクラッブとゴイルにたった1人で立ち向かったんだぜ。まだ気を失ってるけど、大丈夫だってマダムポンフリーが言ってた……スリザリンに目にもの見せてやったぜ。みんな談話室で君を待ってるんだ。パーティをやってるんだよ。フレッドとジョージがケーキやら何やらキッチンから失敬してきたんだ」
「キッチンから?」
アスカはロンの言葉に軽く目を見開く。
(あの双子は、ホグワーツ内に随分詳しいみたい……まさか、暴れ柳のことまでは知らないだろうけど…でも、危ないかも)
あの双子の好奇心は普通の人の倍以上だ。
気をつけよう、とアスカが考えていると、その思考をハリーが遮った。
「それどころじゃない」
ハリーが息も吐かずに言った。
「どこか誰もいない部屋を探そう。大変な話があるんだ……」
「それは別にいいけど……」
言い淀むようにロンが口ごもり、アスカを見る。
「ベルも一緒だ。僕ら一緒に見たんだ」
有無を言わせないハリーの様子に、ロンは困惑しながらも空き教室のドアを開けると、ピーブズがいないことを確認してから皆を室内に入れると最後に自分が中に入り、ピタリとドアを閉めた。
「僕らは正しかった。『賢者の石』だったんだ。それを手に入れるのを手伝えって、スネイプがクィレルを脅していた。それと、クィレルの『怪しげなまやかし』の事も何か話してた。フラッフィー以外にも、何か別なものが石を守っているんだと思う。きっと、人を惑わすような魔法がいっぱいかけてあるんだよ。クィレルが闇の魔術に対抗する呪文をかけて、スネイプがそれを破らなくちゃいけないのかもしれない……」
「ち、違うよ!」
3人の視線が声の主を捉える。
ロンは不快そうに眉を歪め、ハーマイオニーはそんなロンとハリーをチラチラと見、ハリーはと言うと強張った顔で語気も荒く口を開いた。
「君はまだあんなスネイプなんかを信じるって言うの!? ベルも見ただろう? クィレルに迫るスネイプの姿を!」
「見たけど、でも、クィレル先生もだけど、スネイプ先生だって石を守るのに力を貸して下さった先生の一人なんだよ?」
アスカの言葉に3人は顔を見合わせる。
「フラッフィーの他に『賢者の石』を守っているものが何か、ベルは知ってるの?」
アスカは話そうか少し迷った後、そっと口を開く。
「……詳しくは知らないけど、何人かの先生が魔法の罠をかけて守っているって……その先生方の中に、スネイプ先生も入ってるの」
「スネイプが?」
「石を守る手助けをしてくれたスネイプ先生が、石を盗もうとするはずがないよ」
「「「…………………」」」
3人はまた顔を見合わせた。
ハリーは、ハーマイオニーとロンも考えてる事は同じだろうなと思う。
「ベル、君って賢いのか馬鹿なのか謎だよ」
「えぇ?」
思ってもみなかったことをロンに呆れ顔で言われて、アスカは虚をつかれた。
「考えてみなよ。僕が犯人だったら、手助けした振りして他の先生達がどんな魔法をかけたのか知ろうとするよ。その方が難無く盗めるもの」
「スネイプは、きっとそうして他の先生達の魔法を知ったんだ。勿論その破り方も」
「でも、クィレル先生の魔法だけ破れなかったんだわ。だから、クィレル先生を脅して、味方に引き込もうとしたって訳ね」
「やっぱり犯人はスネイプだよ」
「うん、間違いない」
「決まりね」
3人の会話に入っていけず、アスカが口をパクパクさせている間に、セブルス犯人説が決定打にされてしまった。
セブルスの疑惑を少しでも払拭したかったアスカだったのだが、残念な結果になってしまった。
これもやはり、セブルスの日頃の行いの賜物だ。
アスカは、俯き、そっと息を吐いた。
「ベルもこれで納得したみたいね」
(へ?)
そんなアスカの様子に、ハーマイオニーが言った。
「当たり前さ。誰に聞いたって、スネイプが犯人って言うよ」
「じゃあ早く寮に戻ろう。僕お腹ペコペコだよ」
「そうね、皆あなたを探していたし」
「パーティの主役がいないんじゃあつまらないよ」
「ま、待って!」
またもや3人の会話に入っていけなかったアスカは、自分が セブルス犯人説に同調したと勝手に決定されてしまった。
そして早くも寮に戻ろうとしていドアを開けた3人に少し遅れてアスカは声を上げた。
「なに?」
「どうかしたの?」
突然大きな声を上げたアスカに、3人は驚いたようで目を瞬かせた。
「あたしは……‥」
あたしはスネイプ先生を信じてる、という言葉をアスカは飲み込み、口を噤んだ。
(これからハリー達は自分達から危険に首を突っ込んでいく事になる。その時、離れていたんじゃこの子達を守ってあげられない…)
アスカはキュ、と口を一度引き結ぶと、急に口を噤んだアスカに怪訝そうな顔をしている3人に向かって笑顔を見せた。
「……あたし、ロングボトム君を迎えに行ってくる」
「え」
「ネビルを?」
「そんな必要ないよ。ネビルだって1人で帰って来れるさ」
アスカは首を左右に振る。
「ロングボトム君、きっとまた合言葉忘れてる。皆で楽しくパーティしてるのに、一人だけ『太った貴婦人』の絵画と睨めっこだなんて…」
「…確かに可哀相だわ。じゃあ私も一緒に行く」
「ううん、いいのよハーマイオニー。すぐあたしも戻るから、先に帰っていて?」
スルリと3人の横を通り抜け、アスカが先に歩きだす。
その背中を直ぐさまハーマイオニーが追おうとしたが、ハリーがそれを制した。
「ハリー?」
「もう一つ、話したいことがあるんだ」
← →