ハリーはアスカに聞こえないように声を落として言うと、アスカの姿が見えなくなるのを待ってからまた空き教室の中に入ってドアを閉めた。

「話って何よ、ハリー」
「ベルは、多分途中から聞いてたから知らないんだろうけど、僕聞いちゃったんだ」
「何を?」

ハリーは、言いづらそうにモゴモゴとしていたが、ハーマイオニーに急かされ口を開く。

「僕が最初に見たのは、クィレルとベルが並んで歩いてる所だった。何かを話していたけど、それは聞こえなかった。暫くして禁断の森の近くになった時、クィレルがベルに触ろうとしたんだ」
「えぇ?」
「でも、クィレルの手がベルの頬に触れるか触れないかの所で、スネイプが現れたんだ。物凄い素早さでベルを自分の後ろに隠して、クィレルに詰め寄って……凄い剣幕だった」
「「………………」」
「それから、ベルに城に一人で帰るように言って、クィレルを引きずって禁断の森に入って行ったんだ。僕は慌てて持ってた箒に乗って後を追いかけた」

ハリーが2人を見つけた時、クィレルはセブルスに詰め寄られていた。

「スネイプは、『彼女に手を出すな』って言ったんだ。クィレルはベルのピアスに触ろうとしたんだっていいわけしてたけど、スネイプは聞く耳持たずって感じで……『彼女に何かしたら貴様を殺す』って言って…クィレルはすごく顔が真っ青だった」

ロンは言わなかったが、今正しくハーマイオニーの顔も真っ青だった。

「だから言ったじゃない! やっぱりスネイプはベルの事が好きなんだわ!」
「―――スネイプだけじゃないよ。もしかしたらクィレルも……」
「っ、大変だわ! ベルを守ってあげなくちゃ!」
「うん。スネイプは、『賢者の石』だけじゃなくて、きっとベルも狙ってるんだ」
「うん」

3人は静かに頷き合った。

「…でもさ、なんでベルばっかりモテモテなんだ?」
「あら、ロンったら貴方、ベルの魅力が分からないの?」

寮に戻る道中、ポツリとロンが零した。

「魅力って……確かに博識で勉強もできるけど、大の勉強嫌いとかいうちょっと変な子で……運動神経、は良い。性格、も誰かみたいに悪くないけど…怒らせると氷の女王って感じ。ママより恐い。…顔は普通…っていうか、ちょっと地味だよね。全体的に」
「ちょっとロン、誰かみたいって誰のことよ」
「ベルは眼鏡外すと可愛いよ」
「! ハリー、貴方もしかして……」

ハーマイオニーが驚いたようにハリーを見るが、ハリーは訳が分からずハーマイオニーを見返す。

「―――ふぅん、まぁいいわ。早く帰りましょ! なんだか私もお腹すいてきちゃった」

ハーマイオニーは、意味深に言い捨て、不思議そうな二人を残してさっさと穴を上っていってしまった。
訳がわからないハリーとロンも、首を傾げながらその後に続いた。
寮に入ると、談話室の皆にもみくちゃにされて、ハリー達は考える所じゃなくなってしまった。

ロンが、ホグワーツの教師はロリコンばかりなのかと嘆いている頃、アスカは医務室ではなく、地下教室の教授室のドアの前にいた。
ノックしようとして少し躊躇い、次いで意を決したようにしてドアを叩く。
コン、コココン、コンコン、というリズムで叩けば、一瞬の間の後勢いよくドアが開き、そこから伸びてきた手にアスカは腕を掴まれ、室内に引っ張られた。

「わあっ」

アスカの背後でバタン、と荒立たしくドアが閉まる。
それから、雷が落ちてきた。

「お前は一体、何を考えているんだ!」
「ヒぃッ!」

間近に迫るセブルスの顔に、アスカは思わず悲鳴をあげた。
だがセブルスはそれには微塵も気にせず、更にアスカを厳しく追及する。

「あやつが何をしようとしているのか、わかっていないのか!?」
「な、何を、って…じゃあもしかして、やっぱりあの人が?」

目を見開いたアスカの様子に、セブルスは呆れたかのように息を吐く。

「…気付いていなかったのか」
「うん」

即答したアスカに、セブルスが呆れて暫し無言になる。

「―――あやつに何も感じなかったのか?」
「ん〜…」

言われて考えてみたアスカは、そういえば、と小さく漏らす。

「にんにくのせいかと思ってたけど、あの不快感はそのせいだったのかな? たまに背筋がこう…ゾワッと粟立ったり、気持ち悪くなったり…」
「………………」

セブルスからの返答がないことにアスカは顔を上げると、セブルスは呆れ返ってこめかみを押さえていた。

「セブルス? 頭痛いの? 大丈夫?」
「………………」

誰のせいだ、という言葉を飲み込み、セブルスは口を開く。

「これからは気をつける事だ。あやつは…そのピアスに気付いているやも知れん」

言われて、アスカはソッと指先でピアスを触る。

「このピアスに気付いたとしたら、あたしのことも…バレちゃう……のかな?」
「…相手が闇の帝王なら、そうなるだろう。あの御方は、フィーレンの当主が代々受け継ぐ能力とピアスや時計塔等、全てではないだろうがご存知なはずだ」
「―――…やっぱり、そうだよねえ。そうなっちゃうよねえ…」
「………万が一だが、あやつの単独犯ということも考えられる」

肩を落とした友人に、セブルスが慣れない言葉をかける。
それに気付き、アスカは微笑む。

「ありがとう、セブルス。相変わらず優しいのね―――…でも、アイツは居るわ。ハリーと石を狙ってる。だから…」

(そう、だからあたしはここに居るんだ)

「無茶はするなよ?」
「ふふ、わかってる。セブルス、そんなに心配してたら禿げるよ」

嬉しそうに笑い、アスカがからかうように言えば、セブルスの目つきが変わる。

「禿げるか!」

アスカはケラケラと声をあげて笑った。

「―――そういえば、ポッターと何かあったのか?」
「え?」

笑っているアスカを恨めしそうに見ていたセブルスが、ふと口を開いた。

「近頃お前と一緒にいる所を見ない。喧嘩でもしたのか? まあ我輩は、このままの方がお前にとって良い事だと思うがな」
「セ、セブルス……学生時代にも言ってたよね、それ」
「―――そうか?」
「そうだよ」

首を傾げるセブルスに、アスカは笑う。

「変わってないね、セブルス」
「お前は、縮んだな」
「!っ これはエイジリングのせいだって話したでしょう!?」
「…お前こそ変わらん」

背の事ですぐ怒る、と言ってセブルスが笑みを浮かべた。

「―――意地悪」

からかわれた、とアスカが顔を赤くすれば、セブルスが今度はふん、と息を吐く。

「お互い様だ」
「もう―――…残念だけど、ハリー達とは仲直りしたの。明日からまた一緒にいる所が見られるようになると思うよ」
「そうか。―――奴らをちゃんと監視して、危なくなりそうだったら我輩かダンブルドアにすぐ知らせるんだ」
「監視って…」
「それから、もう一度言うがクィレルには充分に注意しろ。今日のような行動は絶対にするな、わかったか?」
「ん、わかってるよ」

(あんたはあたしのママか!)

胸中で突っ込み、アスカはそれからセブルスにお休みの挨拶をすると、医務室にネビルを迎えに行き、寮に戻った。
パーティはまだ続いていて、アスカは皆に囲まれて笑うハリーを見て、アスカも笑った。

翌日から、ハリー達はアスカにとって不可思議な行動をとるようになった。
セブルスの居る方に、アスカを隠すように壁を作るのだ。
背の高いロンが前に立てば、背の低いアスカはそれだけで見えなくなる。
ロンで足りない時は、ハリーとハーマイオニーもアスカの前に並ぶ。
アスカは、不思議に思いながらも口に出して問うことはしなかった。
いや、出来なかった。
ハリー達があまりにも真剣な顔をしていたからだ。

(…まぁいいや)

アスカは深く考えないことに決めた。
ハリー達は、アスカをセブルスから隠し守りながら、クィレルを見つければハリーは励ますような笑顔を向けるようにしたし、ロンはクィレルの吃りをからかう連中を窘めた。
それについては、「クィレルがスネイプに抵抗している間は、石が無事だから」というアスカには何とも反応しづらい返事をもらい、アスカは3人に隠された後ろでコッソリと息を吐いた。
あの日から何週間かが経ち、クィレルはますます青白くやつれて見えたが、口を割った気配はなかった。

「―――…ロン、あたしの顔に何か付いてる?」

夕食時、アスカはチラチラとロンからのこちらを窺うような視線に居心地が悪くなり、怪訝に顔を顰めて問う。

「え!? そりゃあ付いてるよ。立派な目と鼻と口が」
「そういうことを聞いてるんじゃないんだけど…」

ロンの見当違いな返答に、アスカは呆れて肩を落とす。

「もしかして、何かあたしに言いたい事でもあるのかと思ったの」
「あぁ! なんだ、そういうこと? 最初っからそう言ってくれればいいのに」
「…………今度からは、ロンにはそうする」