『みぞの鏡』を二度と探さないようにと、ハリーを心配したアスカから頼まれたダンブルドアに説得され、クリスマス休暇が終わるまで透明マントはハリーのトランクの底に仕舞い込まれたままだった。
ハリーは鏡の中で見たものを忘れたいと思ったが、そう簡単にはいかなかった。
毎晩悪夢にうなされ、起きても高笑いが耳に残り、両親が緑色の閃光とともに消え去る光景が瞼の裏に張り付いていた。
何度も繰り返し見る悪夢のことを友人達に話すと、途端にロンはほらみろと言わんばかりに口を開いた。

「ほら、ダンブルドアの言う通りだよ。鏡を見て気が変になる人がいるって」

ハリーは疲れた顔をしていて、アスカは眉を下げる。

「ハリー、夜眠れないなら昼間に眠ればいいよ。あたし達がついてるから、安心してね」

労るように優しく言えば、ハリーは疲れた顔でも嬉しそうに微笑んだ。
その隣でロンが、「ちょっと待ってベル、今、あたし“達”って言った!?」と文句を言っていたが、アスカはさらりと無視した。

「ありがとう、二人とも」

ハリーはおかしそうにクスクスと笑って言う。
そのハリーの様子に、ロンは静かになった。

新学期が始まる一日前にハーマイオニーが帰ってきた。
アスカは満面の笑みでハーマイオニーを迎えたが、みんなの話を聞いたハーマイオニーの顔は忽ち複雑に歪んだ。
ハリーが三晩も続けてベッドを抜け出し、学校中をウロウロしたと聞いて驚き呆れたが、その一方で、どうせそういうことならせめてニコラス・フラメルについて何か見つければ良かったのに!、と悔しがった。
そんなハーマイオニーに、アスカは、ハリー達と付き合うようになってハーマイオニーが悪になったと内心でぼやく。
図書館ではフラメルは見つからないと3人は殆ど諦めかけていたが、ハリーはどこかでその名前を見たことがあると確信しているらしく、いつバレるかとアスカは内心ドキドキだった。
新学期が始まると、3人は再び10分間の休み時間中に必死で本を漁り、アスカはそれを尻目に読書をして過ごした。
それに加えてハリーにはクィディッチの練習も始まったので、ロンとハーマイオニーより時間が無かった。
オリバー・ウッドの扱きは前よりも厳しくなり、双子のウィーズリーはウッドは狂ってると文句を言ったが、ハリーはウッドの味方だった。
次戦でハッフルパフに勝てば、7年振りに寮対抗杯をスリザリンから取り戻せるのだ。
勝ちたい気持ちも勿論あったが、練習で疲れた後は、あまり悪夢を見なくなるというのもハリーは意識していた。

「ハリー…」

アスカは談話室の窓の外の様子に眉を下げ、心配そうにこぼす。
今日は朝から激しい雨が降っていたが、それでもウッドは練習を中止にせず、ハリーはグラウンドに向かって行った。

「ベル、ハリーが練習に行ってからずっと外見てるよ。何が面白いんだ?」
「馬鹿ね、ハリーが心配なのよ」

アスカは防水の魔法をかけてあげたが、雨の勢いはとても激しく、ずっと心配していた。
そんな様子のアスカを、チェスの対戦中のロンとハーマイオニーが見て話す。
ハーマイオニーの言い草にカチンときたロンは、無言で駒を動かす。

「あっ」

ハーマイオニーは声を漏らし、途端に厳しい顔で盤上と睨めっこを始めた。
その様子にいくらかスッキリしたロンが顔を上げると、ハリーがこちらに向かって来た。

「やぁ、練習はもう終わったのかい?」

ロンの声で気付いたアスカは駆け寄る。

「今は話しかけないで」

ビショビショになって帰って来たハリーは、ロンの隣に座り、口を開こうとしたが、ハーマイオニーに止められた。
ハーマイオニーが負けるのはチェスだけだ。
だがハーマイオニーにとって負けることはいいことだと3人は思っていた。

「……なんかあったのか? なんて顔してるんだい」

ハリーの顔色は、悪かった。
駆け寄ったアスカが風邪でもひいたのではないかと杖を取り出してハリーの服を乾かす。

「ありがとう、ベル。…聞いてよ、とんでもないことをウッドから聞いたんだ」

ハリーは他の人に聞かれないように小声で、不吉なニュースを3人に話す。
アスカとロン、ハーマイオニーは驚いて目を丸くさせた。

「スネイプが」
「次の試合の審判になった?」
「本当なの、それ」

神妙な顔でハリーが頷くと、ハーマイオニーとロンはすぐに反応した。

「試合に出ちゃだめよ」
「病気だって言えよ」
「足を折ったことにすれば」
「いっそ本当に折ってしまえ」
「できないよ。シーカーの補欠はいないんだ。僕が出ないとグリフィンドールはプレイできなくなってしまう」

(そこまで言うか……でも、3人共セブルスを疑っているんだから仕方ない反応かもね)

アスカは3人に隠れて息を吐いた。
その時、誰かが談話室に倒れ込んできた。

「ネビル?!」
「ロングボトム君!」

両足がピッタリくっついたままなので、“足縛りの呪い”をかけられたことがわかる。

(どうやって肖像画の穴を這い登ったのかしら)

アスカは、ネビルがグリフィンドール塔までうさぎ跳びで頑張った様を想像して、込み上げてくる笑いを必死で堪えた。
だが、頑張っているその隣でハリーとロンは笑っているし、談話室の皆も笑っていた。
だが、そんな中でハーマイオニーだけがすぐさま呪いを解く呪文を唱えた。
アスカが奮えながら立ち上がるネビルを助ける。

「大丈夫?」
「どうしたの?」

アスカの問いに頷いて答え、ハーマイオニーの問いにネビルは口を開く。

「マルフォイが……」

ネビルは震える声で続けた。

「図書館の外で出会ったの。誰かに呪文を試してみたかったって……」
「マクゴナガル先生のところに行きなさいよ! マルフォイがやったって報告するのよ!」

ハーマイオニーが急き立てたが、ネビルは首を横に振った。

「これ以上面倒は嫌だ」
「ロングボトム君…」
「ネビル、マルフォイに立ち向かわなきゃだめだよ」

ロンが険しい顔でそう言う。

「あいつは平気で皆を馬鹿にしてる。だからといって、屈服して奴を付け上がらせていいってもんじゃない」
「僕が勇気がなくてグリフィンドールに相応しくないなんて、言わなくてもわかってるよ。マルフォイがさっきそう言ったから」

ネビルが声を詰まらせた。

(ロングボトム君…)

今にも泣き出しそうなネビルの肩に、アスカは手を置く。

「マルフォイ君に貴方の何がわかると言うの? 貴方は組分け帽子に選ばれてグリフィンドールに入ったのよ。血筋だけの中身空っぽな純血馬鹿のマルフォイ君なんか目じゃない!」

ハリーはポケットから蛙チョコレートを取り出してネビルに差し出した。

「そうだよ。マルフォイが10人束になったって君には及ばないよ。組分け帽子に君はグリフィンドールに選ばれたのに、マルフォイなんか腐れスリザリンに入れられたよ」

ネビルはチョコの包み紙を開けながら、微かに微笑んだ。

「ベル、ハリーも、ありがとう……僕、もう寝るよ……カードあげる。集めてるんだろう?」

ネビルが行ってしまってから、ハリーは“有名魔法使いカード”を眺めた。

「またダンブルドアだ。僕が初めて見たカード……」

ハリーは息を呑んだ。
カードの裏を食い入るように見つめ、そしてロンとハーマイオニー、アスカの顔を見た。

「ハリー?」
「見つけたぞ!」

アスカが首を傾げるのと同時にハリーが囁いた。

「フラメルを見つけた! どっかで名前を見たことがあるって言ったよね。ホグワーツに来る汽車の中で見たんだ……聞いて、『ダンブルドア教授は特に、1945年、闇の魔法使い、グリンデルバルドを破ったこと、ドラゴンの血液の12種類の利用法の発見、パートナーであるニコラス・フラメルとの錬金術の共同研究などで有名』」

ハーマイオニーは跳び上がった。
こんなに興奮したハーマイオニーを見るのは、最初の宿題が採点されて戻ってきた時以来だった。

「ちょっと待ってて!」

弓矢のような速さでハーマイオニーは女子塔へ駆け上がって行った。
その姿を唖然としたように見るロンの隣で、ハリーは視線をアスカに向ける。
アスカは、ハリーの視線を感じていたが、気づかない振りをしてハーマイオニーが戻って来るのを待った。
すぐにハーマイオニーは巨大な古い本を抱えて戻って来た。

(あれは―――…)

アスカはハーマイオニーの抱えている本に見覚えがあった。

「この本で探してみようなんて考えつきもしなかったわ」

ハーマイオニーはチェス盤を横に退けて、本を置いた。

「ちょっと軽い読書をしようと思って、随分前に図書館から借り出していたの」
「軽い?」

その本の古さと分厚さにハリーとロンが目を白黒させていると、ハーマイオニーは「見つけるまで黙って」と言うなりブツブツ独り言を言いながらすごい勢いでページをめくり始めた。

「これだわ! これよ!」

ハーマイオニーのページをめくる手が止まり、嬉々とした声があがる。

「もう喋ってもいいのかな?」

ロンが不機嫌な声を出したが、ハーマイオニーはお構いなしにヒソヒソ声でドラマチックに読み上げた。

「ニコラス・フラメルは、我々の知る限り、賢者の石の創造に成功した唯一の者!」