だが、ハーマイオニーが期待するような反応は2人から得られなかった。

「「何、それ?」」
「……まったく、もう、二人とも本を読まないの?」

呆れた顔でハーマイオニーは文面を指差す。

「ほら、ここ読んでみて」

ハーマイオニーに言われるがまま、二人は読み始めた。
アスカはその様子を指先で石のピアスを弄りながら黙って見つめていた。


錬金術とは、『賢者の石』といわれる恐るべき力を持つ伝説の物質を創造することに関わる古代の学問であった。
この『賢者の石』は、いかなる金属をも黄金に変える力があり、また、飲めば不老不死になる『命の水』の源でもある。
『賢者の石』については何世紀にも渡って多くの報告がされてきたが、現存する唯一の石は著名な錬金術師であり、オペラ愛好家であるニコラス・フラメル氏が所有している。
フラメル氏は昨年665歳の誕生日を迎え、デボン州でペレネレ夫人(658歳)と静かに暮らしている。


ハリーとロンが読み終わると、ハーマイオニーが言った。

「ねっ? あの犬はフラメルの『賢者の石』を守っているに違いないわ! フラメルがダンブルドアに保管してくれって頼んだのよ。だって二人は友達だし、フラメルは誰かが狙っているのを知ってたのね。だからグリンゴッツから石を移して欲しかったんだわ!」
「金を作る石、決して死なないようにする石! スネイプが狙うのも無理ないよ。誰だって欲しいもの」
「それに、『魔法界における最近の進歩に関する研究』にも載ってないわけだ。だって、665歳じゃ厳密には最近と言えないよな」

(あーあ〜…)

アスカはそっと息を吐いた。

(完全にバレちゃったよ)

バタン、と本を閉じる音にアスカは顔を上げると、ハリーと目が合った。
ハリーの探るような眼差しに、ドキリとする。

「ベルは……知ってたんでしょ?」
「「え?」」
「………………」

突然のハリーの言葉に、ハーマイオニーとロンは声を上げる。
アスカは、ハリーの視線から逃れられない。

「だって、ベルはダンブルドアの養女だし、ニコラス・フラメルはそのダンブルドアの友達……知ってて当たり前だよね? それに、さっきのカードでもう1つ思い出したんだけど、あの汽車の中で君が読んでいた本、確か―――…『錬金術の全てとその活用法5』」
「……あ、」

ロンが何かを思い出したように目を見開く。
だが、ホグワーツ特急でアスカ達と一緒のコンパートメントに乗っていなかったハーマイオニーは訳がわからず、怪訝な顔をしたままだ。

「著者は…「ニコラス・フラメル。…そっか、そこまで思い出しちゃったか〜…」…」

アスカはハリーの言葉を引き継ぐようにして口を開いた。
ハリーはやっぱり、と呟き、ハーマイオニーが息を呑む。

「…じゃ、じゃあ本当に? 本当にハリーの言ったように、最初っからフラメルのこと知ってて……黙ってたの?」
「そういうことになるね」

信じられないと言ったようなロンに、アスカは苦笑いを返す。

「知っていたなら教えてくれればよかったのに」
「そうだよ! 僕達、馬鹿みたいじゃないか」
「……ごめんね」

アスカは3人を見渡して眉を下げる。

「確かにあたしはニコラス・フラメルの名前で、ホグワーツに何が隠されてるのかすぐに気付いた。だけどそれを教えなかった」
「「「どうして?」」」
「…知らなくてもいいことだと思ったから―――ううん、違うな…知ってはいけないことだと思ったから、かな?」
「―――それって前にベルが言ってた『踏み込んではならない領域』ってやつ?」

アスカの様子を窺いながら言うロンに、アスカは視線を移す。

「そう、それ。あたしは、皆が諦めてくれればいいのにって何度も願った。貴方達、危機感がまるで無い」
「危機感って……別に、石の事を知ったからって死んだりしないよ」

大袈裟だなぁというロンのアスカを呆れたような態度と言葉に、アスカの眼が鋭く光った。

「それが甘いって言うの」

地を這う様なアスカの声に、ビクリと3人の肩が上下する。

「仮に、石を狙っている闇の魔法使いが、貴方達が石の事を知っていることを知るとする…闇の魔法使いは、十中八九貴方達を利用するでしょうね。方法ならいくらでもある…薬や道具、暗示に脅しに魔法……どれを使うにしろ、一年生の貴方達じゃ防ぐ事や抵抗なんて無理でしょうね。貴方達は知らぬ間に石への道を示し、闇の魔法使いがホグワーツに侵入するのを手伝って、用が済んだら殺されるんだわ。もしくは、あの犬に食い殺されるか…ね。あぁ、あの犬が貴方達を襲っている間に、闇の魔法使いは悠々と石を手に入れる…これかな?」

3人の顔色は、アスカの言葉に瞬く間に悪くなった。
表情も強張っている。

「よ…よくそんな恐ろしい事、思いつくね…」
「そうかしら? ハーマイオニー、貴女だって冷静になって自分達がしていることを考えたら、あたしと同じような事を思い付くんじゃない?」
「………………」

ハーマイオニーはアスカの問いに答えなかったが、その表情から図星だということが見てとれた。

「まぁ知ってしまった今となっては今更なんだけど……でも、もう首を突っ込まないこと! それが賢明だよ」
「「………………」」

ハーマイオニーとロンは口を閉ざしたまま、押し黙った。
アスカが言っていることは、わかる。
だけれど、納得は出来なかった。
何故なら―――…。

「駄目だよベル。だって石を狙っているのは闇の魔法使いじゃない。スネイプなんだ!」
「…そ、そうよ。石を狙う人がホグワーツの中にいるのよ」
「しかも、僕らの他にそのことに気付いている人はいないんだ。そう、ダンブルドアだって!」
「僕らがスネイプをどうにかしなきゃいけないんだ」
「ハリー…」

アスカは、どれだけセブルスを疑っているのか頭が痛くなる。
だが、頭を抱えてもいられない。
息を大きく吐き出すと、アスカは三人を見渡す。

「いい? あたし達は確かに勇気ある者が住まうグリフィンドール寮生。あたしはそれが誇りでもある。だけど、勇気と無謀は似て非なるものよ、忘れちゃいけない」
「「「……………」」」

ハリーは眉間に皴を寄せる。
ロンも、段々とアスカが鬱陶しくなってきたようで、顔が嫌そうに変わっていく。
ハーマイオニーは、複雑な顔でアスカから視線を外した。

「もういいよ。僕達3人だけでスネイプを止めてみせる」
「!」

冷たく言い放ち、ス、とハリーはアスカの隣を通り過ぎそのまま男子寮への階段へ向かう。
ロンもそれに続く。

「ハーマイオニーの次はベルかよ。勘弁してよ」
「っ、ロン! あたしは「僕はハリーと同じ考えだ。君はスネイプを信じてるのかも知れないけど、僕らは違う。意見の食い違いってやつ? もう僕達に関わらなくていいから。その方がいいんだろう? だって君はダンブルドアの養女だもんな。ダンブルドアの言ったことには背けないんだろう? そんなの友達じゃないよ」
「っ!!」

そう言うロンの冷たい瞳に、アスカはショックを受けた。
その言葉にもそうだったが、何よりロンの瞳が、アスカを拒絶していたのだ。

「ロン! それは言い過ぎだわ! ベルは私達を心配して……ちょっと、ロン! ハリー!」

男子寮へと上がっていくその背にハーマイオニーが言うが、二人は振り返りもしなかった。

「ベル、気にしないで? あの2人は貴女が協力してくれないから拗ねているだけよ」

気まずそうにアスカに言うハーマイオニーに、アスカは問う。

「ハーマイオニー……貴女は?」
「え?」
「貴女も、あたしを薄情で友達じゃないとか思ってる?」
「いいえ。そんな訳ないじゃない!」

心外だ、と頭を振るハーマイオニーに、アスカはホッと息を吐く。

「…でも、スネイプは止めなきゃ」
「!、やっぱりハーマイオニーもスネイプ先生を疑っているの?」
「えぇ」

(即答ですか。先生を敬っているハーマイオニーにまで、こんな心の底から疑われてるセブルスって…ある意味凄いな)

アスカはそんなことを考えるとふと笑いが込み上げてきた。
その笑いを押し殺して、アスカはハーマイオニーに向き合う。

「ハリーやロンにどう思われても、あたしは3人が心配だから、身を案じたからこそフラメルのことを黙ってた。これからあの2人はあたしに何も話してくれなくなると思う……だから、何かあったら教えてねハーマイオニー。陰ながらでも、皆の力になりたい」
「勿論よ、ベル」

アスカとハーマイオニーは微笑みあった。

(あたしは、ハリーを何ものからも護るためにここにいるんだ。嫌われたって、例え邪険にされたって、側にいる!)


翌朝、案の定ハリーとロンはアスカを避けた…というか無視をした。
アスカが挨拶をしても、二人は視線を合わせることもしなかった。
仕方なくいつもの向かいの席ではなく、少し離れて座ったアスカの隣を双子が挟むように座る。

「「ハリーとロニー坊やと喧嘩でもしたのかい?」」
「おはようフレッド、ジョージ。まぁ、ちょっとした意見の違いでね」

苦笑いのアスカに、双子は顔を見合わせる。

「そりゃ、ロンが間違ってんだ」
「あぁ、ハリーも」
「え?」