必要な物をぎゅうぎゅうに詰め込んだトランクを引きながら、アスカはキングズ・クロス駅を歩いていた。
ズボンのポケットには許可証と一緒に入っていた切符が入っている。

目差すは9と3/4番線プラットホーム。
11時発で今は10時過ぎ…どうやら少し早く着いてしまったようだが、混んでいないコンパートメントで静かにまだ読み終わっていない本の続きを読むつもりだった。

ガラガラと車輪の付いたトランクを引いて歩いていくと、9番線と10番線のちょうど真ん中辺りでウロウロしている女の子がいた。
栗色のフワフワした髪の女の子で、両親と思われる男性と女性とキョロキョロと辺りを見回していて、挙動不審に見える。
だがアスカは、その子が大きなトランクをカートで運んでいたことに合点がいき、止めていた足をまた動かし、女の子の背後まで行くとその背に声をかける。

「違っていたらごめんなさい。貴女、もしかしてホグワーツ?」
「! えぇ、そうなの! じゃあ貴女も?」

女の子は声をかけられて驚いたようだったが、アスカの言葉に顔を明るくして頷く。
アスカは前歯がちょっと大きい子だなと思った。

「うん、今年入学なの。もしかしてプラットホームの場所がわからないんじゃないかと思って声かけたんだけど…違う?」

アスカが続いて問えば、女の子は頷く。

「君は知ってるのかい?」

恐る恐る不安そうにアスカに聞いたのは男性の方。
女性の方は女の子の肩に手を置いてこちらの様子と返事を窺っている。

「知ってます。よかったら、一緒に行きませんか?」
「本当かい?」
「良かったわね、ハーマイオニー!」
「ええ!」

親子は揃ってホッとしたように顔を綻ばせた。

「場所がわからなくて困っていたの。ありがとう!」
「うん、そうだと思った。見たところマグルみたいだし。大丈夫、困った時はお互い様だよ」

アスカは笑って頷くと「こっち」といって歩き出し、それに続いて親子も歩き出す。

「ここ。9番と10番の柵に向かってまっすぐに歩けばいいの。立ち止まったり、怖がったりしちゃ駄目。心配なら少し走って突っきったらいいよ」
「…わかったわ」

女の子は神妙な顔で頷き、両親は不安そうに顔を見合わせる。
その様子にアスカは苦笑する。

「あたしが先に行って見せようか?」
「…いいえ、大丈夫よ。私から行かせてちょうだい」
「わかった」

女の子は挑むように柵を睨みつけ、グッとカートを握る手に力を込めると意を決したように小走りで歩き出した。
勢いづいて柵に突っ込む瞬間、女の子はグッと目を瞑り、女の子の両親は息を呑んだ。
次いで女の子は柵に飲まれたように姿を消し、両親は小さく声を漏らした。

「うまくプラットホームに行けたみたいですね。では、お二方もお先にどうぞ」

二人は若干吃りながら頷き、二人揃って 柵へ飛び込んだ。
その後へアスカも続いた。

プラットホームに着くと目の前に女の子と両親がボーっと立っていた。
アスカは危うくぶつかりそうになって慌てて避けながら、迷惑な3人に声をかける。

「そんな所で立ち止まってたら危ないですよ!」
「あ、ごめんなさい!」

3人は慌てて横にずれ、女の子はカートを押して停車している紅色の蒸気機関車に近付いていく。

「〈ホグワーツ行特急11時発〉……凄い」

女の子はホームの上の字を読み、振り返る。
改札口のあった所に93/4と書いてある鉄のアーチが見えた。

「じゃああたし行くね。まだ人が少ないから、今のうちに席をとっておいた方がいいよ」

アスカは女の子に微笑んでそう言うと、機関車の中へ入ろうと歩きだす。

「あ、待って!」

そんなアスカに慌てて女の子は駆け寄る。
カートは両親に任せ、女の子はアスカのトランクを掴んでいない空いている左手を掴む。

「本当に助かったわ、ありがとう!」
「どう致しまして」
「私、ハーマイオニー・グレンジャー。貴女は?」
「ベルよ。よろしくね」
「えぇ、こちらこそ!」

ブンブンとアスカの手を握りながら上下に振る。
彼女の両親の方をみやれば、会釈していた。

「…………」

会釈を仕返し、アスカはじゃあねと言って列車へと足を踏み入れた。

列車の中はやはり人が殆ど乗ってなく、アスカは習慣のように学生時代にリリーと座っていた指定席ともいえるコンパートメントに入っていた。
読みかけの本を取り出し、トランクを上にあげようとするのだが、如何せん背が低くて上げられない。

「……っ、…ん〜!」

(もうちょい!)

「…あっ」

爪先立ちで頑張っていると、バランスを崩してしまった。
倒れるのはまだいいが、その上に重いトランクが落ちてきたらたまったもんじゃない。
魔法―――!、と思ったが杖はポケットの中だ。

(もうだめ!)

覚悟を決め、両目を固く閉じた次の瞬間、力強い腕に抱き留められた。

「あっぶなー…」
「!っ」

肩を力強く抱かれる感触と声に驚いて眼を開ければ、そこには精悍な顔付きの少年の顔が間近にあった。
結構端整な顔をしている。
さらに驚いて自分の状況と少年を見比べれば、どうやら少年は片手でアスカを抱き留め、もう片手で落ちてくるトランクを押さえていた。

「あ…、ご、ごめんなさい!」

アスカは慌てて少年の腕の中からでる。
少年は、アスカがちゃんと床に足を着けて立ったのを見ると両手でトランクを上に押し上げた。

「ありがとうございます」

アスカが深々と頭を下げると、その頭をポンポンと少年は撫でた。

「気をつけてね」

言いながら掌に置かれたのは眼鏡。
どうやら倒れそうになった時にずり落ちてしまったらしい。
アスカがお礼を言おうとしたが、少年は既にアスカに背を向けて立ち去ってしまっていた。

「…あ、ありがとうございました…!」

アスカはその背中に礼を述べると彼は背中越しに手を挙げて返してくれた。
アスカはそっと撫でられた頭を触った。
心なしかその顔は赤い。

(紳士な人だなー)

アスカは何だか嬉しくなって席に腰をおろした。
誰かさん達とは大違いね、とクスクス笑いながら呟いた。

「―――――…懐かしい…」

約20年前、アスカが本当の11歳の時、この機関車でジェームズ、シリウス、セブルスと出会い、この席でリリー、リーマスと出会った。

『英国紳士の国じゃなかったの―――!!』

懐かしい思い出にアスカは眉を下げた。
今から行く場所には、懐かしい思い出が溢れている…アスカは、気をしっかり持たなきゃと大きく深呼吸した。


それから30分程経っただろうか。
徐々に混みだした汽車内が、席がぎゅうぎゅうに詰まり始めた頃、コンパートメントがノックされた。

「どうぞ?」

アスカは読んでいた本から視線を剥がし、開いた戸を見る。

「ベル!」
「あ、ハリー。……席を探してるの?」

そこには親友の息子であるハリーが立っていた。

「そうなんだ。もうどこも空いていないみたいで……座ってもいい?」
「もちろん。どうぞ」
「ありがとう」

ハリーは白い梟の入った籠を先に入れ、トランクを押し上げようとしたが上がらない。

「大丈夫? あたしも手伝うよ」
「ベルは女の子だもん、大丈夫。座ってて」
「…そう?」

アスカはハリーの言葉に眼をパチクリさせて上げようとした腰を下ろした。

(顔はそっくりだけど、性格は全然違う。いい子だ)

ジェームズとハリーを比べて、親に似ないで良かったなどと考えていると、ハリーはトランクを足の上に落としたのか痛がっていた。

「やぁ、大変そうじゃないか少年。手伝おうか?」
「うん、お願い」

やっぱり手伝った方がいいのではと立ち上がろうとしたアスカだったが、聞こえてきた会話にまた腰を下ろした。
赤毛の背の高い、顔に雀斑のある少年だ。

「おい、フレッド! こっち来て手伝えよ」

呼ばれて来たフレッドという子の姿を見てアスカはびっくりした。
少年二人は顔がそっくりだったのだ。

(すごい)

雀斑の位置まで同じなのではないかという程二人はそっくりだった。

(描きたいな〜)

本を読むのも好きだが、それよりももっと好きなのが絵を描くことだ。
アスカはウズウズする気持ちを何とか抑えつつ、ハリーのトランクがしまわれるのを見ていた。

「驚いたな。君は……?」
「彼だ。君、違うかい?」

双子は交互に話す。
ハリーは二人が何を言いたいのかわからず首を傾げる。

「何が?」
「「ハリー・ポッターさ」」

双子の声は見事にハモった。

「ああ、そのこと。うん、そうだよ。僕はハリー・ポッターだ」

双子がポカンとハリーに見とれているので、ハリーは顔に熱が集まるのを感じた。
アスカはハリーの様子にクスリと笑うと、先程から聞こえるプラットホームの声を教えるべく口を開く。

「フレッドさんにジョージさん? 外で二人を探してる人がいますよ」
「「え?」」
「ベル」

ハリーは助かった、という顔でアスカを見た。
双子は言われて始めて自分達を呼ぶ声に気付いたらしく、慌てて返事をした。


「ママ、今行くよ」