双子はもう一度ハリーを見つめ、その後にアスカを見ると列車からプラットホームへ飛び降りた。

「助かったよ」
「そう? ならどう致しまして」

ハリーがやれやれと疲れたようにアスカの向かいの席に腰を下ろすとアスカはそんなハリーの様子にクスクスと笑った。

「…どうも変な気分なんだ。僕は自分の事全然知らないのに、皆はすごく僕を知ってる」
「…ハリーは自分がしたことを知らないの?」
「そりゃああの時は1歳だもの、覚えてる訳無いよ。まぁハグリットから聞いたけど…最近知ったんだ。まだ戸惑ってる」
「……そう…」

アスカは眉を下げて笑うと、視線を外へやる。

「もうすぐ出発するよ」

アスカは窓の向こうの時計を見て言う。
ハリーに視線を戻せば、彼は何故か身を隠すようにして頭を伏せるように屈んでいた。

「………………」

アスカは眉間に皺をよせ、怪訝そうに口を開く。

「…何してんの?」
「シッ」

ハリーは唇に立てた人差し指をあてて、アスカを制する。

「?」

アスカは首を傾げながらハリーが覗き見ている方を見遣れば、先程の双子の少年達とふっくらとした女性、それから小さな女の子ともう一人背が高く、痩せてひょろっとした男の子。
女性は双子がママと呼んでいたので母親なのだろう。
だがそれを知らなくても、彼らが家族であることは見ただけでわかる。
特徴として、皆同じ赤毛で顔に雀斑があった。

ハリーはどうやら、赤毛の家族の会話を盗み聞きしているらしい。

(趣味悪いとこはジェームズ似か?)

「ハリー、盗み聞きなんて駄目」
「でも、僕のこと話してるんだ」
「でもね…」

アスカが更に言葉を続けようとした時、聞こえてきてしまった。
女性の声が…。

「可哀相な子……どうりで一人だったんだわ。どうしてかしらって思ったのよ」

“可哀相”

アスカはその言葉が嫌いだった。

「ハリーは違うよ」
「え?」
「ハリーは“可哀相”なんかじゃないよ」
「…ベル?」

ハリーは不思議そうにアスカを見る。

「ハリーはこれから、知らない自分の事を知って、どれだけご両親に愛されたか知って、友達をたくさん作って、恋人も作って………幸せになるんだ。輝く未来が無数にあるんだ。可哀相なことなんてない」
「…ベル……」

ありがとう、と静かに言ってハリーははにかんで笑った。
その笑顔に満足したアスカだったが、

(覚えてろ、あのおばはん)

アスカのブラックリストに、〈赤毛のおばはん〉と記されたのであった。

出発を告げる汽笛が鳴る。

「そういえば、ベル。なんか雰囲気変わった?」
「え、なんで?」
「いや、なんか書店であった時とどこか違う気がして…‥」

突然の問いにアスカはドキリとした。
なぜならあの時と違っているのは、“瞳の色”なのだ。
バレたらまずい。

「何も変わってないよ。気のせいなんじゃない?」

笑って返せば、ハリーは、そう?と言って首を傾げながらも引き下がった。
ハリーにバレないようにアスカはホッと息を吐いた。

しばらくして、コンパートメントの戸がノックも無しに開いて、先程の赤毛の家族の男の子が入ってきた。

「ここ空いてる?」

ハリーの隣の席を指さして尋ねた。

「他はどこもいっぱいなんだ」

ハリーはアスカを見たが、アスカは本に視線を落としてしまった。
ハリーはアスカに意見を問うのを諦め、頷いた。
ハリーの許可を得て、男の子は席に腰掛け、チラリとハリーを見たが、何も見なかったようなフリをしてすぐに前の空いてる席に目を移した。

「おい、ロン」

戻ってきた双子が声をかける。

「俺達真ん中の車両辺りまで行くぜ。リー・ジョーダンがでっかいタランチュラを持ってるんだ」

アスカは双子の言葉にピクリと肩を揺らし、眉間にシワを寄せ口を引き攣らせる。
幸い、向かいの二人には持っていた本で隠れて見えなかったようだが、双子には見えていたかもしれない。

「わかった」
「ハリー」

男の子がモゴモゴと頷くと、双子の片割れが今度はハリーを呼ぶ。

「自己紹介したっけ? 僕達フレッドとジョージだ。こいつは弟のロン。そっちの子もよろしく」

アスカは急に話を振られてびっくりしたが、こくんと頷いた。

「さっきはありがとな」
「いえ、大したことはしてません」
「じゃ、またあとでな」
「バイバイ」

男の子…ロンとハリーは双子に答えると双子はコンパートメントの戸を閉めて出ていった。

「君、本当にハリー・ポッターなの?」

ロンがポロリと聞いた。
ハリーはこっくりと頷く。
アスカはそれから交わされる二人の会話に読書しているフリをして耳を傾けていた。
ハリーがどの程度魔法界や自分のことを知っているのか、覚えているのかを知るにちょうど良かった。
ハリーのダーズリーの家での環境も知れた。
まあハリーよりもロンの情報の方が多いような気もしたが…それはそれでよしとする。

「君、“例のあの人”の名前を言った!!」

ハリーがヴォルデモートの名を堂々と言った時、ロンは驚きと称賛の入り混じった声をロンが上げた。
その声の大きさに驚いてアスカは肩を揺らした。
ハリーはロンの顔と声に罰が悪そうな顔をして、怖ず怖ずと自分が気にかかっていたことを話した。

「僕、名前を口にしちゃいけないんだって知らないだけなんだ……わかる? 僕、学ばなくちゃいけないことばっかりなんだ―――きっと……きっと、僕、クラスでビリだよ」
「そんなことはないさ。マグル出身の子はたくさんいるし、そういう子でもちゃんとやってるよ」

(……ふ〜ん…この子、ただの礼儀知らずな糞餓鬼かと思ってたけど、気持ちは優しいいい子なんだ)

アスカは自分の中のロンと言う人物像を塗り替えた。

「ところで君は?」

話が一段落ついたところでロンがアスカを見る。
話をしている最中も気になっていたのだろう。
アスカもロンのチラチラとした視線を感じていたので、本から視線を剥がし、ロンを見据える。

「あたしはベル。あたしからも聞いていい?」
「え? あ、うん。いいけど…なんだい?」

ロンはアスカの目つきの鋭さに気圧されながらも促すように問う。

「貴方のママ、名前はなんていうの?」
「へ、ママの名前??」

ロンは思ってもみなかったアスカの問いに素っ頓狂な声が出た。

「…モリーだよ。モリー・ウィーズリーだ。でもなんで僕のママの名前なんて知りたいの?」
「……別に…ちょっと気になっただけ。他意はないから気にしないで」

勿論他意はあるのだが、ロンの知るよしもないことなので、ロンは首を傾げてハリーと顔を見合わせた。
ハリーとてアスカが何を考えているのかなど分からないのでただ苦笑いして見せた。

(モリー・ウィーズリー…ね)

アスカのブラックリストの〈赤毛のおばはん〉が、〈モリー・ウィーズリー〉に書き換えられたのであった。

「ねえ、ベル。ずっと気になってたんだけど、何の本を読んでるの?」

ハリーが話題を変えた。

「え、これ?」

ロンも気になるのか、アスカの手元に視線が集まる。

「ニコラス・フラメルの著書。錬金術の第一人者でこの人の本はとっても興味深いの」
「「…へ……へぇ〜…‥」」

二人の顔が微妙に引き攣っているのにアスカは気づき、口を尖らす。

「面白いのに…“錬金術の全てとその活用法5”」
「………5巻ってことは1巻から4巻まであるの?」

本の厚みを見ながらハリーが問う。
厚みはちょっとした辞書くらいあった。
数字に直すと3cm位だ。

「うん」
「全部読んだの?」
「うん」
「すごいね…」
「…うん? そうかな?」

不思議そうに首を傾げるアスカに、ハリーは乾いた笑いで答えた。

それから三人は黙り込み、コンパートメント内は静かになった。
アスカは読書を再開し、ハリーは窓の外を流れていく野原や小道を眺め、ロンは膝の上のペット、太った鼠のスキャバーズの背を撫でていた。


十二時半頃、通路でガチャガチャと大きな音がして、えくぼのおばさんがニコニコ顔でコンパートメントの戸をノックし、開けた。

「車内販売ですよ。何かいかが?」

ハリーは勢いよく立ち上がったが、ロンは耳元をポッと赤らめ、サンドイッチを持ってきたからと口ごもった。
ハリーは通路にでて、カートの中を見た。
見たこともないものばかりだったらしく、目を輝かせて全部少しずつ購入した。
ハリーが両腕いっぱいの買い物をアスカの隣の空いてる座席にドサッと置くのをロンは目を皿のようにして眺めていた。
アスカもその量に驚きながらも、本を閉じるとかぼちゃパイと蛙チョコレート、それからオレンジジュースを三人分買った。

「お腹空いてるの?」
「朝から何も食べてないんだ。ペコペコだよ」

ハリーがかぼちゃパイにかぶりつきながら答えた。
品物を受けとったアスカは、目をぱちくりさせているロンを呼び、オレンジジュースを差し出す。

「え、くれるの? いいの?」
「あたしだけ飲むのは気が引けるからね。そのつもりで買ったし、遠慮しないで飲んで……まぁオレンジジュースが嫌いだっていうならあたしが飲むけど?」

ハリーにも渡しながらアスカは言う。