翌朝、ハリーとロンがまだホグワーツにいるのを見て、ドラコは自分の目を疑った。

二人は疲れた様子だったが、とても上機嫌だった。

(すごい冒険をしたとでも思ってるのかねえ)

アスカはやれやれと溜息を吐いた。
ハーマイオニーは二人を見るのも嫌なのか、気付いているのに無視を決め込み、無言でトーストをモグモグと咀嚼している。
アスカの姿を見付けて、ハリーとロンが近寄り、アスカの隣に座った。
ハーマイオニーの顔が不快に歪む。

「「おはよう、ベル!」」
「…おはよう。二人とも随分元気ね」

呆れた顔のアスカには何も答えず、二人はお腹が空いて仕方がないと言わんばかりにそれぞれが朝食を選び、手元の皿に盛っていく。

「聞いてよベル。ロンにはもう言ったんだけど―――」

ハリーの言葉はそこで遮られた。
アスカの逆隣に座っていたハーマイオニーが、立ち上がったからだ。

「ベル、行きましょっ」
「えっ、もう?」

アスカはハーマイオニーに腕を引かれ、目を丸くした。

「だってまだスープが…っ」

アスカは慌てて残っていたポタージュスープを飲みだした。
それを待っているハーマイオニー。
ハリーとロンの表情が忽ち険しくなる。

「君だけ行けばいいだろ?」
「ベルは僕達と話があるんだ」

睨みつけながら言うハリーとロンに、ハーマイオニーはツンとして取り合わず、やっと飲み干して息を吐いたアスカの腕を引いた。

「ごめんね、二人とも。話はお昼に聞くから」
「絶対だよ!」

アスカは申し訳なさそうに言って、ハリーの言葉にコクリと頷いた。
そして、ハーマイオニーに半ば引きずられるようにして大広間から出て行った。

「なんだよ、あれ」
「…ベルは女の子に優しいから、嫌でも断れないんじゃない?」
「それにしたって、あれは無いよ」

苦々しく言ってロンはオートミールをスプーンで掬って口に入れた。

「あ、見ろ。梟便だ」





どうやら、ハリーとロン、ハーマイオニーの仲は険悪になってしまったようだ。
挟まれるような位置にいるアスカは、前を歩くハーマイオニーに聞こえないように息を吐いた。
とばっちりを食うのは、暫く続きそうだ。

「あ!」

玄関ホールの真ん中で、ハーマイオニーは突然声を上げて足を止めた。

「どうしたの?」

アスカが不思議そうに問えば、ハーマイオニーは苦笑い。

「大広間に、図書館から借りてきた本を忘れてきちゃった」
「………それって“クィディッチ今昔”?」

ハーマイオニーは罰が悪そうに頷く。
ハリーとロンのいる大広間に戻って本を取ってくるのは嫌だと顔が言っていた。

(まぁ十中八九何かしら嫌味言われるだろうからねー)

アスカも苦笑いを返す。

「今日返す予定だったんでしょ? いいよ、あたしが取ってきてあげる」
「本当?」
「うん。じゃあ行ってく―――…あれ」

大広間に戻ろうと振り返ったアスカは、大広間にいるはずの二人を見つけた。
アスカの視線を辿り、ハーマイオニーもそれに気付き、顔を顰める。
ハリーは、何やら大きな包みを手にしていて、それはシルエットをからしてどうやら箒らしい。

(一年生は自分の箒持つの禁止されてたはずだよね?)

アスカはハーマイオニーと顔を見合わせる。
そこでハリーとロンに声をかけた者がいた。
その人物にハリーとロン、それからハーマイオニーの顔付きが変わった。

「マルフォイ!」
「と、愉快な仲間AとBだね」

暢気なアスカにハーマイオニーはキッと睨む。

「また決闘だとか言い出されたら今度こそグリフィンドールの危機だわ! 行って止め「大丈夫だよ」…え?」

ほら、とアスカが指差した方を見れば、フリットウィック先生が姿を現していた。

「じゃ、本取ってくるね」
「あ…、」

アスカは先生が来たから大丈夫だと言って、さっさとハリー達の横を通って大広間へと入って行った。
ハーマイオニーは、その背を見送りつつ、聞こえてきた会話に顔を不快に歪めた。

「ニンバス2000です。実は、マルフォイのおかげで買っていただきました」

ドラコは怒りと当惑を剥き出しにした顔をした。
ハリーとロンは笑いを押し殺しながら階段を上がっていく。
ハーマイオニーはその後を追いかけた。
大理石の階段の上まで来た時、ハリーとロンは思う存分笑った。

「だって本当だもの。もしマルフォイがネビルの“思いだし玉”をかすめていかなかったら、僕はチームには入れなかったし…」
「それじゃ、校則を破ってご褒美をもらったと思っているのね」

二人の背後からハーマイオニーが険しい顔で現れた。
ハーマイオニーはハリーの持っている包みをキッと睨みつける。

「あれっ、僕達とは口をきかないんじゃなかったの?」
「そうだよ、今更変えないでよ。僕達にとっちゃありがたいんだから」

二人の言葉にハーマイオニーは、ツンとそっぽを向いて階段を一段一段踏み締めるようにして登って行った。

「…そういえばあいつ、ベルと一緒にいたんじゃなかった?」

ロンが思い出したように言うが、ハーマイオニーは一人っきりで、寮に入って行ったようだった。
ハリーとロンは首を傾げたが、ニンバス2000を見たいという思いの方が強く、自分達も寮へと階段を駆け登ったのだった。





大広間から戻ってきたアスカは、待っているはずのハーマイオニーを探したがどこにも姿がなく、困惑した。
ハリー達に聞こうにも、その二人すらいない。
アスカはキョロキョロと辺りを見回したが、見知った顔などなく、もしやと顔を歪める。

(あたし、置いてかれた!?)

「えぇええぇー…」

アスカは肩を落とした。

(ちょっと、これはないんじゃないの、ハーマイオニー…)

アスカは胸の奥にムカムカとした静かな怒りを燻らせながら、ハーマイオニーが借りた本を抱え直し歩き出した。

「…あら」
「ひ! お、お前は…っ」

噴水の陰で気付かなかったが、ドラコとお供のAとBがそこにいた。

「……人の顔を見て悲鳴をあげるとかやめてくれないかな、マルフォイ君」
「ぼ、僕は別にお前なんて怖くないぞ、ダンブルドア!」
「……人の話聞いてる?」

アスカはドラコに八つ当たりしそうになる自分を抑え、一度深呼吸した。

「ねぇ聞きたいんだけど、ハーマイオニー知らない?」
「……グレンジャーならポッターとウィーズリーを追っかけて行った」

はんっ、と息を吐き、不機嫌さを隠そうともせずにドラコは答える。

「そう、やっぱりね。ありがとう、マルフォイ君」

目を細くしたアスカに、ドラコとクラッブとゴイルはビクリと肩を揺らす。

「……………」

その警戒心剥きだしの様子に、アスカはおかしそうにクスクスと笑い出した。

「そんなに怖がらないでよ。普段から杖を突き付けたりなんてしないわ」

そう言っても、素直に警戒を解くドラコではない。
後ろの二人は違ったが…。

「お前、ダンブルドアの養女だって? だが父上がそんな話は聞いたことがないと仰っていた…どういうことだ?」
「ど、どういうことだとか聞かれても…秘密にしてたし」

突然の問いに戸惑いながらもアスカは応える。

「秘密に? 何故だ?」

ドラコの眉間に皺が刻まれる。

「あたし、目立ちたくないから」

ダンブルドアの性を名乗れば、良くも悪くもよく目立つし、注目される。
穏便に密やかにして目立ちたくないアスカには、ハッキリ言って邪魔だった。

(だから適当な名前でよかったのに…)

狸爺め、と口中で吐き捨てる。

「…確かに」

さらりと答えたアスカに、納得したようにドラコは頷いた。
アスカは聡い子は、嫌いではない。

「分かってくれた? じゃああたしは寮に帰る。ちょっとハーマイオニーに…言いたい事があるから……」

ドラコに言いながら、先程の怒りが甦ってきた。
気圧され気味で頷くドラコに背を向け、アスカは階段を上がった。
その後、寮の部屋にも談話室にもハーマイオニーはいなかった。
アスカは静かな怒りを燻らせながら、今日の授業の教室へと向かう事になった。
本はどうしようか迷ったが、持って行く事にした。

「あれ、ベル一人なの?」
「それなら僕達と行こうよ」

談話室で会ったハリーとロンが、煩いオマケが付いていないと嬉しそうにアスカを誘う。
アスカは頷いて、三人で寮を出た。

「昼に話そうかと思ってたけど、ちょうど良いや」
「僕、夕べの事で気付いた事があるんだよ」
「夕べのって―――…まさかあの三頭犬?」

アスカが嫌そうに言ったのに対して、逆にハリーは興奮したように張りきって頷く。

「あの犬が守っているのは、あの日ハグリッドがグリンゴッツから持ってきたあの“小包”だよ! そう考えれば辻褄が合う」
「!」

アスカは衝撃を受けたが、ハリーの言った事に対してではない。
ハリーが危ない事に自ら頭を突っ込もうとしているからだ。
危惧していたことが、現実になってしまいそうで、アスカは言葉を失う。