だが、ハリーとロンはアスカが唖然と言葉を失っている理由を勝手に自分達の良いように解釈して、話を続けた。

「ロンと話していたんだよ。あの包みには一体何が入っているんだろうって」
「僕は、ものすごく大切か、ものすごく危険な物じゃないかと思うんだ」
「もしくはその両方か。…ねえ、ベルはどう思う?」

嬉々として目を輝かせている少年二人は、アスカが思っていた通り、昨夜の騒動を素晴らしい冒険と勘違いしてしまっているらしい。
アスカはそう感じざるを得なかった。

「あ、あのねえ〜…」

アスカは長く深い溜息を吐いて喋りだした。

「これ以上首を突っ込んだら危ないって、判るでしょう?」

呆れた様子のアスカに、ハリーとロンは顔を見合わせる。
その顔は、なんとも複雑だ。
一緒に盛り上がろうと思っていた所を挫かれ、更にはまた説教かという倦怠感、それに加え、アスカまで説教するのかという裏切られたと思う憤り…色々なものが混ざった顔をしていたが、どうやらロンは憤りが強かったらしい。

「ベルもアイツみたいに説教かよ」

フン、と吐き捨てる。

「説教はしないけど、忠告はする。友達が、あの犬に食い殺されるなんて御免だもん」
「ベル…」
「………………」

感情のまま、刺のある言い方をするハーマイオニーと違って大人なアスカは、彼女よりは長生きしている分、どうすればいいかまだわかる。
彼ら……特にロンには、頭ごなしに言っても逆に反発するだけで、下手すれば悪化してしまう。
だから、自分は敵ではないと思わせることが第一だ。
でなければ話も聞かないだろう。

「別に興味を持つ事が悪い事じゃないよ。好奇心って大事だと思う。けど、物事には足を踏み込んではいけない領域があるの……これは、あたしの直感なんだけど」

一つ区切ってから二人を見る。
黙って聞いている所を見ると、敵とは判断されなかったようだ。
ハーマイオニーみたいに寮の点が〜…とかを出さなかったからかも知れない。
実際、ハリーにはアスカが本当に心配してくれていると伝わっていたし、ロンも不満ではあるが、アスカの表情と声音で伝わっていた。

「あの包みの中身は、知ってはいけない領域の中にある。…だって、アルバスおじいちゃんが身内であるあたしにも話していない事だし、聞いてもごまかされただけだった。それって、知ってはならないって事…だと思うの」
「校長に聞いたの?」
「うん。あたしも好奇心は強いの」

驚くロンに、アスカは楽しそうに笑う。

「………どうせ僕達が考えてもあれが何かなんてわかるわけないしなあ」

あーあ、と諦めたようにロンが言う。
それにハリーが苦笑いして続ける。

「見当すら付かないよ」

顔を見合わせて二人は笑った。

「…あれ、ベルがなんでその本持ってるの? それってアイツが持ってたのじゃない?」

ロンがアスカの持っている本を目聡く見て不思議そうに聞く。
ハーマイオニーが借りた本だとロンも知っていたからだ。
ロンは何気なく言ったのだが、アスカは笑顔を貼り付けたまま何も答えなかった。
ロンは、その背後に、ドラゴンかサーベルタイガーでも背負っているかのようなプレッシャーを感じて動きを止める。
ハリーも然り。

「………………」
「……ロン、それは足を踏み込んではいけない領域みたいだよ」

アスカは笑っているのに、背筋が寒くなる。
ロンが固まっていると、とばっちりをくらったハリーが怖ず怖ずとその耳元で言った。

「ご、ごめん。僕の勘違いだったみたいだ」
「あらそう?」

顔を青くしながら言ったロンに、アスカは首を傾げた。

「じゃ、行きましょうか。遅刻しちゃうよ」

アスカは言って、サクサクと歩きだした。
その背後で、二人はほーっと胸を撫で下ろした。

(恐かった…。僕何か変な事言った?)
(ううん。ハーマイオニーがベルを怒らせたみたいだ)
(何したんだよアイツ)
(わかんないけど、暫くベルにハーマイオニーの事は言っちゃだめだっ)
(わかった)

「どうしたの? 本当に遅刻するよ?」
「「今行くよ」」

こそこそと会話してたハリーとロンは、慌ててアスカを追いかけた。
今日の午前中の授業は、変身術だ。
あの厳格なマクゴナガル先生の授業に遅刻するわけにはいかなかった。
教室に着くと、アスカ達は後ろの空いた席に三人並んで座った。

「あれ、ベルはハーマ「ロン!」…ハ、ハ……ハーマンって知ってる?」

先程二人で話した事はどうした!?、という目をしたハリーに言葉を遮られ、苦し紛れに言ったロン。

「ハーマン?」

アスカは首を傾げる。
自分の知識の引き出しをひっくり返して探しても、そんな言葉は知らないし、そんな名前の人も知らなかった。

「ごめん。ピーマンか●ーマンなら解るけど…」

アスカの言葉に、今度はハリーとロンが首を傾げる番だった。

「「●ーマンて何?」」
「に、日本のアニメ」

アスカは顔を引き攣らせながらも教壇を向いた。
すると視界に、ふわふわ頭が入る。

(ハーマイオニー…)

ハーマイオニーは、アスカが見ている事にも気付かず、教科書を読んでいた。
今日するであろう箇所を予習しているのだろう。
勉強熱心な彼女らしい。
だが、アスカはそう思いながらも、自分の事を少しも気にしていない様に見えて、腹立たしくも寂しい気持ちになり、視線を落とした。

「…ベル? どうかした?」
「……ううん、どうもしてないよ」
「そう? なら良いけど…具合悪いなら医務室に行った方が―――…」

眉を下げてゆるゆると頭を振るアスカに、ハリーは心配そうにして言うが、途中でマクゴナガルが来たのでずっと話していられなかった。
そして、視線を教壇に移したハリーはハーマイオニーと一瞬目が合った。

「?」

途端に顔が歪むのが自分でもわかったが、彼女はもうこちらを振り返らなかった。
授業中一度も。
ハリーは、ハーマイオニーがアスカを見ていた事にアスカが気付いていないと思ったが、言わなかった。

「早く行こう! 僕もうお腹ペコペコだよ」

ロンが椅子から立ち上がり、二人を急かす。
ハリーとロンは朝食の途中でマクゴナガルからの箒が届いてそのまま席を立った為、殆ど食べていない。
自分も空腹だったハリーはそのことを思い出してアスカを見た。

「そうだ! ベルに言ってなかったよね? 驚かないで聞いてよ、僕―――…」

そこで一旦口を止め、辺りをきょろきょろと見渡してから、顔を寄せ、小声で続けた。

「マクゴナガルからニンバス2000を貰ったんだ」
「え!? じゃあ今朝のあの包みはやっぱり―――っ」

言いそうになってアスカは口を手で覆った。
その後ろをハーマイオニーが通り、教室から出て行ったのをハリーは見たが、アスカが嬉しそうに微笑むので言えなかった。
ハーマイオニーが、アスカを名残惜しそうに見ているのを、ロンが加わって話が盛り上がっている振りをして無視した。

(いつも君が独占してるんだ。今日くらい良いだろ)

そう思って、ハリーは笑った。

「マクゴナガル先生って、ああ見えてすごくクィディッチに熱意のある人だよ」
「そうなの? そうは見えないけど…」

ロンが意外そうに言って驚く。

「絶対他の寮…特にスリザリンには負けたくない! って思ってるの」
「そういえば、グリフィンドールチームのキャプテンのオリバーに会わされた時、そんな事を言ってた」

ハリーが思い出してそう言えば、ほらねとアスカが笑い、ロンが想像出来ないのか首を傾げていた。

「でもさ、本当に勝てよハリー。他の寮はいざ知らずでも、スリザリンにだけは絶対だ!」
「勿論そのつもりだよ!」
「練習は、いつから始まるの?」
「今夜からさ」
「今度見に行ってもいい?」
「いいよ! きっとジョージとフレッドも喜ぶ」

ハリーの言葉に、アスカはきょとんと目を瞬かせた。

「なんで双子が喜ぶの?」
「だって君、2人に気に入られてるだろう?」
「……………そうなの?」

アスカはハリーがそう言うが、実感がなくてまた聞き返した。

(どっちかって言うと、からかって遊ばれてるだけのような気がするんだけど)

「とにかくさ、早く広間に行こうよ。腹ペコで死にそう!」

ロンの言葉に、アスカとハリーは笑って廊下を歩む速度を上げ、良い匂いのする広間へ急いだ。

(っていうか、年下にからかわれる大人って…どうなの、あたし)

アスカは自分の本当の年齢と双子の年齢を考えて、思わず溜息吐いた。

そんなこんなで、ハリー達と行動を共にしていたアスカは、彼らを避けているハーマイオニーと会話する機会を失い、ズルズルと一日が過ぎて行った。
昼食後、部屋に戻ってもハーマイオニーとはすれ違い。
午後の授業でも、ハリー達といるせいか距離があり、話かけづらく…夕食も、ハーマイオニーはさっさと済ませ寮に戻って行ってしまった。