君を護りたいと思いながら、君に会う事を何よりも畏れていた。
どうか、君が覚えていませんように。
どうか、忘れていますように。
願いながら…それでも君を懐かしそうに見つめる。





NUMBER,3 涙





現れた見知らぬ死神に、恋次は動揺を見せる。
斬魄刀の大きさは霊力の大きさ。
一護と名乗った死神は、その大きな斬魄刀を肩に乗せている。

「…一護…! 莫迦者…何故来たのだ…!」
「! …そうか、読めたぜ。てめぇが…ルキアから力を奪った人間かよ…!」
「だったらどうするってんだ?」
「殺す!!」

恋次は、石田から一護へと標的を変え、飛びかかる。

「!!…ッ」

ぼたんは、恋次の攻撃をその大きな斬魄刀で何とか受けているが、その速さに防戦一方になってしまっている一護を見つめ、表情を険しくさせる。
一護が現れ、その姿を見止めた途端、拘束されているぼたんの霊圧が僅かに揺らいだことに、白哉は気付いていた。

(動揺…している? 先程の急激な霊圧の上昇といい、今の表情といい…)

観察するようにぼたんを見た後、恋次と対峙している一護を見つめる。

「…黒崎…一護……」

一護の大振りな反撃を素早く避けた恋次に背後から斬りつけられ、一護は肩から血を流し、地に両膝を着いた。
今にも叫び出しそうな顔をしているのに、ぼたんは奥歯を食いしばり声を抑える。
白哉は、何かがあるとは感じたが、それが何かまでは分からない。
一護の方は、自分と目の前の恋次、ルキアのことしか見えていないようだった。
ぼたんのことはおろか、白哉の存在にも気付いているかどうか疑わしい。
大きな斬魄刀も、白哉から見れば、ただ己の霊力を制御出来ていないだけに思える。
体の動かし方も、スピードも、まだ未発達であり、白哉は小さく息を吐く。

「終わりだな。てめーは死んで、力はルキアへ還る。そしてルキアは、尸魂界で死ぬんだ」

目を見開く一護を見下ろし、恋次は話す。

「しっかしバカだな、てめーも。折角ルキアがてめーを巻き込まねえように一人で出てきたんだ。大人しくウチでじっとしてりゃいいものを追っかけて来ちまいやがって…」

(恋次…恋次、頼むからもう話さないで。余計なことを話さないで…!)

「おい、てめーの斬魄刀はなんて名だ!?」
「あ? 名前? 無えよそんなもん!」
「やっぱりな。てめーの斬魄刀に名も訊けねえ!! そんなヤローがこのオレと対等に闘おうなんて、二千年早ぇェよ!!!」

ギラリ、と恋次の目が光るのが分かった。

(──やめて…。駄目、殺さないで……嫌だ…───嫌だ!!!)

ぼたんにはもう、ただ黙って見ているだけは不可能だった。

「―――…っ、ぼたん…?」

膨れ上がる霊力。
空気が振動する。
ルキアはぼたんの様子に気付くと目を見瞠り、次いで何をしようとしているのかに気付いて息を呑んだ。
そうしている間にも恋次は止まらない。

「吼えろ“蛇尾丸”! 前を見ろ!! 目の前にあるのは…」

ぼたんの脳裏で、幼い少年が無邪気に笑う。

“約束だよ?”

ぼたんを捕らえている霊帯に、幾筋かのヒビが入る。
霊圧はまだ上がっていく。
恋次が地面を蹴り上げ、斬魄刀を振り上げる。

(―――させないっ!!!)

高い音を立てて、霊帯が砕けた。

「「 !? 」」

白哉とルキアの目が見開く。

「―――テメェの餌だ!!!」

恋次の斬魄刀の形状が変わり、一護は斬魄刀を構える。
その前に滑り込む小さな影。

“じゃあ、あたしが君を護ってあげる”

「 !!? 」
「 !!! 」
「…っ、…」

飛び散った赤い血が舞う。
バランスを崩すが、なんとか踏み留まる小さな背中を、一護は驚愕の目で見つめた。
その肩には、深々と蛇尾丸が牙を剥いている。

「な、なにやってんだよ…お前……」

恋次はぼたんの肩に食い込んでいる斬魄刀を抜き、狼狽える。

(なんだ? 一体何が起こった?)

一護は、目の前の状況についていけていなかった。

(あの死神と闘ってたら、あいつの斬魄刀の形が変わって……目の前に……)

一護は小さな背中を見つめる。
死覇装を着ている。
一護の知り合いで、死神はルキアだけだ。
だが、ルキアは今は死神の力を失っている。
死覇装を着ている訳がない。
現に視界の隅でルキアは目を見開いていたし、そして何より、目の前の背中は小さいと言ってもルキアよりは幾らか大きい。

(…誰だ───?)

何故だか、知らない死神の背中は、懐かしく思えた。

(──俺は、コイツに庇われた…?)

「ぼたん!!」

ルキアが名を叫ぶ。
その名に、一護は瞠目する。

“ぼたんちゃん!”

幼い頃、一護は自分より大きな背中を追いかけてよく走った。
追い付きたくて、振り向いて欲しくて、いつも名前を呼んでいた。
名前を呼ぶと、彼女は振り返り、いつも呆れたように、仕方無さそうに一護に手を差し伸べ…

“一護、ほら。早くおいで”

微笑んでくれた。

(優しい彼女が大好きで、強い彼女に憧れて、そして…俺が、護りたかった)

「──…ぼたん……?」

まさか…、そう思いながら名を呼べば、小さな背中はゆっくりと振り返り……

「…気安く呼ぶな、人間」

冷たい目で一護を睨め上げた。

「 ! 」

死神の顔は、あの少女に酷似していた。
髪の色も、瞳の色も、あの少女と同じ。
少女が成長すれば、そうなるであろうその姿で、一護を冷たく睨みつけている。

「──あんたは……」

一護が全て言葉を紡ぐ前に、ぼたんは視線を前へ戻す。

「………邪魔だ、退がれ」
「な…何「何言ってんだ馬鹿野郎!」

前に向き直った途端、恋次が怒鳴った。

「お前、自分が何したか分かってんのか!? 朽木隊長の鬼道を自力で破るなんて無茶しやがって…斬魄刀も無えくせに!」

ぼたんの斬魄刀は、鬼道で捕らえられた際に手から滑り落ち、白哉の足元で転がっている。

「素手で、オレとやるってのか!? その傷で!?」
「大した怪我じゃない。時間稼ぎ位出来る」

ぼたんの返答に、恋次のこめかみに血管が浮き出る。
ぼたんの肩の傷口からは、血が滴り落ちていた。

「止せぼたんっ。無茶だ!」

ルキアが叫ぶが、ぼたんは動かず、変わらず恋次を見据えている。

「無茶でも退かない。絶対!!」
「よーく分かったぜ、馬鹿野郎。ぼたん、手合わせで勝てたことがあったか、そう言ってたな? …いつの頃の話だ?」
「 ! 」

恋次は蛇尾丸を構え、ルキアは目を瞠る。

「オレはあの頃とは違え!!!」
「一護! ぼたんを止めろ!!」

ルキアは呆然としている一護に叫ぶ。
その声にハッとした一護が背中に手を伸ばしたが―――…

「あたしが護る!!」
「 !! 」

聞こえた声と言葉に止まる。

“オレが強くなるまで待っててよ”

心臓が大きな音を発てた。

“仕方ないなァ”

脳裏に浮かぶ、幼い日の記憶。
斬魄刀を握る手に力が籠もる。

“あたしが護ってあげる”

力強い手がぼたんの肩を掴む。

「…え……?」

ぼたんは肩を掴んだ手の力強さと霊圧の上昇に瞠目した。

“約束だよ”

一護はやや強引に掴んだ肩を横へ突き放し、恋次に斬りかかる。

「―――な…に? 」