飛び込んだ一護が恋次を斬りつける。
先程恋次に一方的に圧されていたとは思えない程、今度は一護が恋次を圧倒していた。

「くっ…何だテメェ!」
「…何が起きているの……?」

スピード、霊圧、そのどれもが格段に上がっている。
恋次もぼたんも、驚きを隠せない。
振り返って構え直した恋次の身体が一護の剣撃で吹き飛ぶ。
恋次は地面に手をついて体制を整え、一護を睨みつける。
恋次ご自慢のサングラスが割られ、額からは血が流れている。
恋次から先程の余裕はもう消えていた。
その様を静かに見つめている白哉に気付くと、ぼたんは戦慄した。

(いけない…っ)

白哉を止めようと駆け出したぼたんだが、腕を上げた瞬間に忘れていた肩に痛みが走り、膝を着く。
血がコンクリートを濡らした。
一護は、気付いていない。
危険なのは恋次ではないのだ。

「俺が勝って、終わりだ!!!」

一護が斬魄刀を振り上げる。
白哉の霊力が揺らぎ、動くのが分かった。
だが、ぼたんの体は動かない。

「っ、朽木隊長!」

ぼたんが叫ぶ。
瞬間、一護の振り下ろそうとしていた斬魄刀の刀身が消えた。

「 !? 」

一護には、何が起きたのか分からなかった。
恋次を見て、離れた場所の白哉の手に斬られた己の斬魄刀の刀身があるのに気付き、驚愕する。

(あいつか!? まさか!! あんな離れた間合いから何も出来る筈は無え!!)

白哉が斬り取った一護の斬魄刀の刀身から手を放す。
その手がゆっくりと腰に帯刀している白哉の斬魄刀の柄へと伸びる。
ぼたんは肩の傷を右手で押さえ、ふらつきながらも立ち上がると左手を伸ばす。
そんなぼたんを一瞥し、白哉は柄を握る。

「無駄だ」

ぼたんの耳に、鍔が鳴る音がやけに大きく響いた。

(来るか!?)

一護が身構えようとした次の瞬間、白哉の姿は一護の背後にあった。
斬られた胸から血が吹き出る。

「 !? 」

一護には、後ろから刺されたのか前から刺されたのかも、白哉が抜刀した瞬間も収めた瞬間さえ分からなかった。
一護の体が傾く。

「鈍いな。倒れることさえも」
「白哉兄様!!!」

ルキアの悲痛な声が木霊する。
ぼたんは倒れた一護の姿に足から力が抜け、崩れるように膝を着く。
血の赤が、やけに目について…その姿に目が離せない。

“ぼたんちゃん!”

脳裏に映し出される幼い少年の姿。
呼ばれて振り返ると泣きそうだった顔が一瞬で笑顔に変わる。
その瞬間が好きだった。
護りたかった。
───もう、少年は笑わない。
ぼたんの胸が悲鳴をあげる。
苦しくて…苦しくて、声が出なかった。

「一護!!」

ルキアが一護の許へ駆け寄ろうとしたが、恋次に抑え込まれ阻まれてしまう。

「はっ放せ恋次! 一護が…っ!!」
「これ以上罪を重くしてぇのか! あいつは死んだ!! 今、てめーがあいつに駆け寄って触れるだけで、てめーの罪が20年分は重くなんだぞ!?」
「それが何だ!! 一護は…私が巻き込んだ…私の所為で死んだのだ!! 私の所為で死んだ者の傍に私が駆け寄って何が悪い!!」

ルキアの言葉に、恋次は口を閉ざす。

「…例え我が罪が重くなろうとも駆け寄らずにはおれぬというわけか、この子供の許へ」
「…兄様…」
「…解るぞルキア…」

白哉がルキアを見つめる。

「成程、この子供は───奴によく似ている…」

その言葉にルキアの目が見開かれた。

「 ! 」

伸びた手が、白哉の死覇装の袴の裾を掴む。
ぼたんは目を瞠る。

「…もう死んでるだの…誰ソレに似てるだの…俺の居ねー間に勝手に話進めてんじゃねーよ…!」
「───…っ、」

風が洩れるようなか細い呼吸をしながら、一護は下から白哉を睨み上げた。

(…生きてるっ!!!)

ぼたんは思わず身を乗り出す。
ルキアの表情が、喜びに明るく変わった。

「…放せ小僧」

だが、二人は白哉の言葉に表情を強張らせた。

「…聞こえねーよ……こっち向いて喋れ」
「…そうか…余程その腕、いらぬと見える」

(駄目だ!)

ルキアは、白哉の裾を掴んでいる一護の手を蹴った。

「 !? 」

一護が驚いてルキアを見上げる。

「な…何すんだ…」
「…人間の分際で…兄様の裾を掴むとは何事か! 身の程を知れ! 小僧!」

一護を見下ろし、そう突き放すように言ったルキアに、一護はわけが分からない。

(────そう…決めたのね、ルキア……)

ぼたんは、一護に背を向け、白哉に向き直ったルキアに目を伏せる。
硬いコンクリートに転がっている己の斬魄刀を緩慢な動作で拾い上げ、鞘へ収めるとぼたんはルキアの元へ歩み寄る。
その際、此方を見つめる石田と目が合い、ぼたんは眉を下げる。

「───ごめんなさい…」

ソッと囁くように告げた謝罪の言葉は、彼の耳に届いたようで…石田はただ目を見開く。

「どうぞ私を尸魂界へとお連れ下さい! 慎んで我が身の罪を償いましょう!」
「ま…て、コラ…何言ってんだよルキア…てめぇ…ッ…うっ!」

ルキアに近付こうと腕に力を込め、起き上がろうとする一護の背中を恋次が踏みつける。

「往生際の悪ィ野郎だな。ジタバタしてねーでてめーはここで大人しく死ねよ」
「恋次……、捨て置いてもいずれこのまま死に逝く者に無体しないで」
「!、ぼたん…」
「ルキアが戻ると言うのなら、あたしも戻る。帰るよ、尸魂界へ」

ぼたんの言葉に恋次は寸の間黙り込み、一護の背中から足を退ける。

「そうか…」
「参りましょう、兄様」

ルキアの言葉に、恋次は斬魄刀を肩に担ぎ上げルキアと白哉の元へ歩み寄る。

「…待てよルキア! 何のジョークだよ…! こっち見ろよ、オイッ!」
「──…動いてはいけない」

小さく告げた言葉に、一護の視線がぼたんを捉える。

「貴方はよく闘った。人間の身でありながら、良く頑張った……けれど、貴方は朽木隊長に“鎖結”と“魄睡”を完全に砕かれた。貴方は、半刻もせずに死に至る。──仮に生き永らえたとしても、死神の力はおろか、霊力の欠片も残らないでしょう……いずれにしても、もうルキアに…死神に会う事は無い」
「……っ…」

あの少女と同じ顔でそう淡々と諭すように告げられ、一護はぼたんを見つめる。
声こそ淡々としていたが、その表情は、今にも泣き出しそうだった。

(何だよ…その顔……。どうして……あんたがそんな顔するんだ? あんた…やっぱり───…)

「あ…あんたは──…」
「…さようなら、黒崎 一護」

ぼたんは、一護に背を向けたままのルキアの隣に並ぶ。
雨が降り出した。

「…よかろう。椿木の言う通り、その者はじきに死ぬ。止めは刺すまい。…恋次」
「はい」

白哉の手が斬魄刀の柄から離れる。
呼ばれた恋次が空中に蛇尾丸を差し込むように動かす。

「解錠!」

言ってそのまま手首を捻れば、鍵が開くような音が響き、地獄蝶が、四羽姿を現した。
尸魂界へ続く扉がゆっくりと開く。

「ル…キア……」
「いいか、私を…追ってなど来てみろ…、私は貴様を絶対に許さぬ…!」

歩み出す前に振り返ったルキアを、一護は静かに見つめた。

「──忘れて良い。全て忘れなさい……それが、貴方の為であり、ルキアの……願いなのだから───…」

(それから───…あたしの……願い)

ルキアとぼたんは歩を進める。
想いを振り切るように、未練を断ち切るように、ただ前を見据える。
やがて、ぼたんのその視界は歪みだす。

(さようなら…)

“ぼたんちゃん!”

脳裏であの少年が……幼い一護がぼたんを呼ぶ。
呼ばれて振り返ると泣きそうだった顔が一瞬で笑顔に変わる。
その瞬間が好きだった。
眩しい笑顔が、大好きだった。
あの約束を、覚えていなければ良い、と…忘れていて欲しい、と…そう思っていた。
でも、心の片隅では、覚えていて欲しい、と…忘れないでいて欲しい、と…願っていた。
君とまたあの頃のように笑いあうことが出来たら……良かったのに。

(───…さようなら、一護…)

ぼたん達を呑み込むと、静かに扉は閉まった。
それまで必死に堪えていたぼたんの頬を、涙が滑り落ちる。

雨音に混じり、一人残された一護の悲痛な声が響いた。

(俺は、また護られた────…!)






2004.11.01
加筆修正2017.1.26