神仙魔伝−紅の節 | ナノ


▼ 3

「……首が痛い」
「知るかよそんなの」
開口一番に文句を言う緋豊に、圭は憮然として答えた。結局そのまま膝枕の状態で寝てしまったのだ、変に凝り固まるのも当然ではある。
「第一さあ、ボクだってお前があのまま寝たせいで座ったまま寝てたんだぜ? こっちはこっちで痛ェっつーの」
「それは……すまない」
圭も緋豊も仲はいいが、互いになんでも許容するわけではない。むしろ嫌なものは嫌だと伝え、非があれば謝ってきたからこそ、ここまでの友情、あるいは愛情を育てられたのだろう。許しあうだけでも否定するだけでも、なにも変われないのだから。
「しかし、お前が寝落ちなんて珍しいな。いつもは心配になるくらいろくに寝ないってのに」
「そうだな、ここまで寝るなんて久しぶりだ」
「寝るのはいいことっつーか大事なことだけどよ、疲れてんじゃねえか?」
緋豊からすれば、単に圭がいることで気が抜けただけなのだが。普段は「彼等」の強襲や野良犬などに気を張っていて、ろくに休めるときがない。加え、最近は春陽や月乃との交流もある。楽しいものではあるが、慣れないものでもある以上、精神的な負担にはなる。
 こつん、と自分の額を緋豊のそれに当てて、圭は首をひねる。
「うーん、まあ熱とかはねえみてえだし大丈夫か。よし、んじゃあ」
そう言って一度離れると、包帯やガーゼを荷物から取り出して運んでくる。
「あの子らが来る前に、手当しとかねえとな」
微笑んでなんのためらいもなく緋豊を脱がせると、傷口をひとつひとつ確かめ、ガーゼで拭いていった。どれもひどい傷で、数日ではほとんど変化は見られない。本来なら相応の対処が必要だが、圭にも傷を縫うような技術はないし、といって病院に連れて行くわけにもいかない。どう考えても彼女は普通の人間ではない。なにかしらの武術などを極めているわけでもないのにここまでの戦闘力を持つのだ、もともとの体がおかしいとしか考えられない。それで病院などに行けばどうなるか。
 畏怖からの迫害なら、まだいい。今のような生活に戻ればいいだけだ。最悪、調査と称した人体実験もあり得る。そうなれば、命の保証はない。人権など無視されるだろう、人とは認められないのだから。圭としては、そんなことを許すわけにはいかない。
「いっ……」
「悪い、ちょっと我慢してくれ」
太ももの傷に触れると、緋豊が小さく声を上げる。なんだか悪いことをしている気になったがやめることはできないので、謝りつつ、けれど手加減はせずにきつく包帯を巻いた。深い傷ではあったものの、幸いなことに筋繊維に沿って刃物で切り裂かれている。固定しておけば治りは早いはずだ。
「よし、ここはこれでいいな」
漫画でよくあるように包帯の上からバシッと叩いてやろうかと思ったが、そんなことをすれば間違いなくぶっ飛ばされるのでやめた。
「あとは肩だけど……お前、ここの感覚は相変わらず?」
「そうだな。むしろひどくなった」
「ひどく?」
「ああ。感覚は完全に消えたし、少しずつだが広がってきている気がする」
なにも感じ取れない左手を悲し気に見つめて、圭はため息をつく。
「ほんと、なんなんだろうなコレ。無痛症……はだいたい先天性だし、後天性のは事故とかの原因があるはずだし……」
「お前のほうはどうなんだ」
難しいことをぶつぶつと考えだした圭に、緋豊は声をかける。彼女としては、現状特に問題がないのだから半ばどうでもいいのだ。自分のこの症状が治るかどうかより、圭がそれを気に病んでくれているということのほうが重要なほどである。
「ああ、ボク? ボクもまあ、似たようなもんだ。治る気配は一切ナシ」
圭も、緋豊と同じような症状を持っていた。もっとも、緋豊が左腕の感覚がないのに比べ圭は左足だったが。
「……偶然、なんだろうか」
「なにが?」
「私たちが、似たような状況にあることだ」
緋豊と圭が生まれ育った町――――というより村という規模だったが――――は過疎化に悩まされており、子供は緋豊と圭を含めて3人しかいなかった。将来同じような体になる人間がたまたま同じ小さな村に集まったなど、偶然というには出来過ぎているような気がした。
「あー、どうなんだろうなあ。あ、もしかして」
「……?」
「やっぱりあれだ、運命の出会いってやつだろ!」
人が真面目に話しているというのにこいつは。いや、こいつのことだ、大真面目に言っているのかもしれない。頭を抱えつつ、そんなことを考える。
「……なんでもいい。早くしてくれ。私はいつまで半裸でいればいいんだ」
「あっ、悪い」
完全に動きが止まっていることに気付いた圭は、慌てて、しかし慣れた手つきで巻き始める。
 しばらく、静かな時間が流れる。けれど。
「お前、これどうした?」
深刻な声色で圭が問う。これ、というものに思い当たらなかった緋豊は、首をかしげながら圭が指す左腕を見た。
「なんだ、これ……」
覚えのない、それ。真っ赤に刻まれた、奇妙な文様。炎にも似たそれは、少しこすった程度では掠れもしない。
「厄介だな、これじゃ痛むかどうかも分かりやしねえ」
「……とりあえず、包帯で隠してくれ。あの子たちには見られたくない」
彼女たちは、これを目にしたらきっと心配するだろう。自分たちなりに調べたりもするかもしれない。そんなことに――――自分のことなどに彼女たちの大切な時間は使わせたくない。
 そんな彼女の思いをくみ取ったのか否か、圭はなにも聞かずに包帯で覆う。
「また、ちゃんと調べておく。何とかして治さねえとな」
圭はそう言って微笑むが、望みは薄いだろう。ふたりの感覚が薄れ始めてから、すでに5年。似たような症状がないかと、圭はずっと探ってきた。病院には行けないふたりには、その程度のことしか出来なかったから。成果は、なし。時間とともに、ただひどくなるばかりだった。
「治るといいな」
治してやる、とは言えなかった。根拠のない約束を緋豊は嫌っていたし、圭も良くも悪くも正直である。
「さ、こんなもんだろ。あの子らが来るの待ってようぜ」
しばらく春陽たちの町で生活をしてみることになったため、ふたりの迎えを待っていなければならない。それまでは、ふたり水入らずで過ごせるというもの。
「なあなあ。せっかく町に行くんなら、もうちょっとちゃんとした服とか用意しようぜ」
「服……?」
「ああ、お前だって女の子なんだし。ちょっとくらいおしゃれしてみたっていいだろ。美人だしきっとなんでも似合うぜ」
「……急にほめるな。あとそれ、単に私を着せ替え人形にしたいだけだろう」
「そうとも言う」
あとー、それからー、うーん。などと考え込んで、圭は空を見上げる。数秒の間があって、大真面目な声と表情で言った。
「外せないのはブラジャーだな」
「は?」
「いや、だってほら、お前のなかなかあれだし、大人っぽいというか発育は早いというか早熟傾向というか」
「……?」
「だから! 垂れたり肋間神経痛とかなったらだめだろ!!」
「……よく分からないが、お前が言うならそうなのか」
「朝からなんの話をしてるの、あなたたちは……」
呆れたような月乃の声に振り向くと、微妙に顔を引きつらせた彼女がそこに立っていた。その背後から、ぴょこんとツインテールが顔を出す。
「えへへ、ふたりともおはよ〜」
「お、おはよう……」
別になにもやましい話はしていないはずなのだが、年頃の少年少女にとって下着の話を聞かれるのはなかなかに気まずいものだ。もちろん、聞いたほうにとっても。特に聞かれてまずいことではないはずなのに、なぜか微妙な空気が流れる。が、そんなことは全く気にしない――――というより気付いていない――――人間が、ここにはひとり。
「お洋服! 買いにいくんでしょ〜? じゃあみんなで行こ〜? ほらはやくはやく〜!」
やたらとテンションが高い。緋豊たちが遊びにくるというのがそんなに嬉しいのか。緋豊本人には理解できない感情。
 いまいちついていけないまま、春陽(と悪ノリした圭)に引きずられていく緋豊。自分たちから誘ったものの、大丈夫なのかと不安になる月乃だった。

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