神仙魔伝−紅の節 | ナノ


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 見知らぬ少年――――なのか少女なのかは微妙なところだが――――に唖然とするふたりを置いて、当の彼は話し続ける。
「あんたら、春陽と月乃って言ったっけ? 緋豊から聞いてるぜ。ありがとうな、緋豊と一緒にいてくれて。ほら、あいつ寂しがりだし!」
ぷぷ、と人の悪い笑い方をする割にそこに悪意はなく、幾分やわらかいものに見えた。
「で! せっかく来てくれたのに悪りいんだけど、今あいつと話すのはナシな!」
「え〜、なんで〜?」
不満そうに頬を膨らませる春陽に、圭は笑う。
「なんでって……。ふっふっふ、緋豊のやつ、珍しいことに疲れ切って爆睡してるんだよ。いや本当、かわいい。文句無しにかわいい」
ぐっ、と拳を握りしめる圭。
「つーわけでっ、起こさないように静かにしててくぼでふ!?」
「お前が一番やかましい」
もはや聞き慣れた低い声が、圭の背後から聞こえた。かと思うと、その彼は頭を叩かれ涙目になってしゃがみ込む。
「こんにちは〜、あれ? 髪の毛切った〜?」
春陽の問いに、ああ、と短く答える。
 男のナイフによって切り裂かれ不揃いになってしまっていた髪は綺麗に整えられ、顔を隠すほどに伸びていた前髪も、眉の上で切りそろえられていた。加え、色あせ、あちこちが破れていた衣服も、真新しいオーバーオールに変わっている。ただ服装と髪型が変わっただけ。それでも随分と明るく見える。こうしてみると、ただの少女でしかないのだ。
「いいじゃん、似合ってると思うよ」
「……ありがとう」
思ったままに口に出すと、少し照れくさそうにそっぽを向く。
「だろだろ!? 似合うだろ?? 緋豊だからな! 美人だから何着ても似合うんだけどな!」
いつの間にか復活していた圭が、満面の笑みで仁王立ちしていた。どうして緋豊の容姿に関して彼が得意げになっているのかは置いておいて。
「あれ? でもこれ、服も髪も誰がやったの?」
当然の月乃の問いに、圭がさらに胸を張る。
「まさか……」
「そのまさかだな」
あっさりと緋豊が頷く。数テンポ遅れて、ええええええええ、という驚愕の声が響いた。
「嘘でしょ!? 服はともかく、髪を切るなんてそんな器用なことできるんだ!?」
「ぱっと見がさつそうだもんね〜」
「がさつ!?」
月乃が飲み込んだ言葉を、なんのためらいもなく口に出す春陽。
「がさつだな」
「人を見た目で判断しちゃダメなんだぞ!」
便乗して言う緋豊に圭が頬を膨らませる。分かりやすく拗ねる圭に、ガキかお前は、とため息を吐いた。
「で、ふたりはお友達なの? 随分と仲良く見えるけど」
圭が緋豊を好いているのはこの数分で痛いほど伝わってきたし、緋豊も呆れた素振りは見せつつ嫌がっているようには見えない。長い付き合い、言ってしまえば幼馴染というのがしっくりと来るだろうか。だが。
「仲良い? そう見える? まあ恋人だし。ずっと一緒だし。当然だよな〜?」
きゅ、と緋豊の首筋に絡みつく。……身長の関係で必死に背伸びしているのがなんとも言えないが。
 まさかの発言に、唖然とする二人。緋豊を見てみても拒絶も否定もしないあたり、圭が勝手なことを言っているわけではないのだろう。
「まあなんというか。こいつはこういう奴だ。あまり気にしないでくれ」
「あっ、なんだよ〜。今の言い方、お前は恋人とは思ってくれてないみたいじゃんかよ」
「そんなことは一言も言ってない。……あっ」
即答する緋豊。今のはつまり、恋人と認めたということではなかろうか。一瞬遅れて本人もそれに気づいたらしく、小さな声を漏らす。圭の顔にじわじわと笑み――――それも、形容するなら『ニマニマ』といった類のそれ――――が広がり、緋豊は目を逸らした。
「……な? かわいいだろ?」
首に絡みついたまま、くるりと振り返って圭が言う。
「確かにかわいいわ……」
「そうだね〜、なんだか意外だね〜」
クールな性格だと思っていたがために、余計にそう思うのだろう。これがいわゆるギャップ萌えというものなのだろうか。
「なんなんだお前たちまで……」
困ったようにため息をつくが、それも照れ隠しにしか見えなくなってきた。出会いが出会いだったがために自分たちとはかけ離れた世界の人間なのだと思っていたが、こうしているとクラスにいてもおかしくないような少女だ。
 そんな穏やかなひと時に水を差す者たち。
「緋豊」
「ああ」
 一変。鋭く尖らせた目線は、あの日に見たもの。それが意味するのは。
「あいつらが来た。ここでじっとしててくれ」
「あいつらって……、あのごつい人たち?」
こくんと頷いて肯定する。しかし彼等は、春陽と月乃が緋豊に出会ったあの日に撃退されたはずだ。そんな不思議そうな顔を見て、圭は不快そうに緋豊を見つめた。
「お前、また手ェ抜いたな」
「……」
「いつも言ってるじゃんか。あんな奴ら、気遣う必要ねえって。わけわかんねえ理由で襲ってくるような奴らの怪我、気にしてどうすんだよ」
「そうは言ってもだな」
「それで自分は大怪我するとか、笑えねえぞ」
「……すまない」
語調は強いが、険悪とは感じない。圭の発言そのものが、緋豊を案じるものだからだろう。
「……まあ、今言っても仕方ねえや。とりあえず来てる奴らどうにかしなきゃ」
「行くか」
「行くか、じゃねえよ……」
緋豊の言葉に頭を抱える圭。どういうことか分からない、といった具合に、緋豊は小首をかしげる。
「あのな、お前その怪我で戦うつもりなのか?」
「これくらいなら大」
「大丈夫じゃねえ、全然大丈夫じゃねえから」
緋豊の言葉をさえぎって、圭は言う。それには春陽たちも同感だった。あれだけの大怪我がまだ完治していないどころか負って数日も経っていないのだ。傷が開くという前に、まだ塞がってもいないだろう。そんな人間に、あんな物騒な連中と戦わせるわけにはいかない。
「いいから、お前はそいつらと一緒にそこでじっとしてろ。ボクが片づけてくる」
「やりすぎるなよ」
「おう」
どこか不安そうな緋豊を置いて、圭は駆けていく。その背中が見えなくなると、春陽は緋豊に問いかけた。
「どうしたの〜、すっごく不安そうな顔してるよ〜?」
親しい人――――それも恋人という――――が戦っているというのなら、心配になるのも当然だ。そもそも、緋豊くらいしかまともに渡り合えないのではなかろうか。
「とても心配だ……やり過ぎないかが」
「あっそっち?」
月乃は素っ頓狂な声を上げたものの、全く予想していなかったわけではなかった。圭が普通の人間であったなら、意地でも止めているはずだと。
 となるとやはり、圭も緋豊と同じような人物なのだろう。本当に、非日常に飛び込んでしまったのだと、今更ながらぼんやりと思った。





 一方で、その圭は男たちの前に堂々と仁王立ちしていた。ナイトを名乗るのなら、不意打ちなどという卑怯なことをするべきではないと考えた――――わけではない。ただ正面から言っておきたいことがあっただけだ。つまり、ただの文句である。
「お前らさあ、いい加減緋豊に付き纏うのやめろよ。ストーカーかよ気持ち悪りい」
不機嫌さを前面に出して、リーダー格の男を睨みつける。対する男たちも150pにも満たない子供に睨まれた程度で怯むはずもなく。
「どけ、クソガキ。俺たちが憎んでいるのはお前じゃねえ」
「じゃあ聞くけどよ、お前らは一体いつから、なにが原因であいつを憎んでんだよ。それがはっきりしねえのに復讐とか、笑うしかねえだろ」
嫌悪感を隠そうともせず、圭は問い詰める。
「そんなこと、もう覚えてねえっつったろうが。いいからどけ」
「……あったま来た」
高圧的な男の態度に、ではない。
「そんな曖昧な理由であいつにあんな怪我負わせて、追い詰めやがって……。ざけんじゃねえぞ」
その瞬間、圭が纏ったのは殺気ではなく殺意。木々を揺らすのではないかというほどのそれが、その場に充満する。
「緋豊はお前らのことまで考えて加減してたみたいだが……ボクにはそんな優しさはねえ。邪魔になるならぶん殴る。緋豊を傷つけるんならぶちのめす。覚悟しろ、クズども」
刹那、小さな体躯が疾風となる。一番近くにいた男に頭突きをかますと、崩れ落ちて降りてくる頭部に回し蹴りを放つ。泡を吹き白目を剥いた男を冷めきった目で睥睨すると、ふたたび疾風となって駆け抜けた。
 一方的な蹂躙。手も足も出ないとはこのこと。10人ほどいた男たちのうち半数ほどが大地と仲良しすると、圭は一度足を止めた。それを好機と、残った男たちは逃げ出す。彼等の復讐心は恐怖には勝てなかったということだ。散り散りになって逃げていく男たちを追おうとして――――やめた。これ以上地面でのびる人間を増やしても仕方ない。
 すでに倒した連中はどうしようかとコンマ数秒だけ考えて、そのまま放っておこうとその場を立ち去った。どうなろうが知ったことではない。捻挫していようが骨折していようが、あるいは野犬に食われて死のうが、圭にはなんら関係ないのだから。

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