1990

 英国と日本の違いは色々ある。中でも私が一番驚いたのは学校の規模だ。確かにうちの学校は日本城がベースにデカかったけど、ホグワーツはそれ以上にでかい。そして生徒数も多い。
 ダンブルドアさんにお礼として頼まれて英国、ホグワーツに来てから約4年が経った。もう4年。1年が過ぎるのは早く感じるが、4年と言うのは結構長いと思う。
 しかし、4年間長期休暇を抜いた毎日この光景を見ているというのに、未だに慣れないものがある。

「ほんっと人数多いですよね」
「矮小な島国と比べないでいただきたい」
「辛辣」

 天井が星空というまさにファンタジー溢れる大広間にずらりと並ぶ全校生徒たち。個性それぞれ、人それぞれで皆が一斉に食事をしているこの光景は、日本にいたら絶対見れなかったものの一つだ。
 毎日見ているというのに、毎日驚く。朝、昼、晩、あまりの多さに最初は目眩がしたほどだ。日本でも食事は一斉だったけど、人の数っていうのは結構大きいらしい。
 ガシャンドタンバタンアハハ、と様々な音がする中での食事と言うのは案外心地が良かったりするもので。笑い声だとか文句の声だとかも丸聞こえなんだけどね。
 もそもそとサンドイッチを食べ、甘さの主張が激しいオレンジジュースを飲み込む。さて、次の授業はスリザリンだったかなあ。確か、次の授業が今日の最後のはずだ。
 なるべく音を立てないように、と意識して(音を立てると神経質な蝙蝠さんからお小言が飛んでくるのだ。姑か。)立ち上がると、「ナマエ先生」とダンブルドアさん――もとい、先生から声を掛けられた。

「少し相談があるんじゃが、このあと時間はありますかな?」
「相談ですか? ええと、この後一コマだけ授業がありますのでそのあとでしたら大丈夫です」
「では終わったら校長室へ来ておくれ」

 ひょい、と杖を振り糖蜜パイを渡されて、私はそれを受け取りポケットに入れ「承知しました!」と大広間を出る。ダンブルドア先生のお茶目な合言葉は、用事が全部終わったら濃いブラックコーヒーをお供にいただくとしよう。


「じゃあなミスモンキー!」
「はっはっは次それで呼んだら減点お覚悟」

 げらげらと下品に人を嘲笑しながら教室を出て行く学生たちの背を見送り、今日の提出課題だったスリザリン生のレポートの山を机の横に置いて私も教室を出る。レポートとかは今日の夜採点します! フラグじゃないよ!
 ジャラジャラと音の鳴る大きな教室の鍵を回して扉を閉めて、階段のある広間の方へ歩き出す。もうすぐで夏休み、つまり学期が終わる季節なわけで、試験内容も考えないといけないんだよあ。今年は何がいいのやら。ううん、と頭を悩ませながら、ひんやりとした風を感じる。校内でもこの風通しの良さ。初夏だと思わせないこの寒さ。冷え性には辛いものである。にしても、

「ほんと階段多くね…? 疲れたああ」
「大変お下品ですのね」
「ふぁっ!?」

 び、っくりした……。驚きで階段から落ちそうになり、二つの恐怖からばくばくと鳴る胸を押さえながら、背後から声をかけてきたトレローニー教授を見る。きんきらきんの服にぎんぎらぎんのアクセサリーたちの配色が目に痛い。きょ、今日も個性…いや、前衛的なお召し物ですね……?

「あたくし、あなたは教職には向いていないと思っておりますのよ」
「……あ、ハイ、私もそう思ってます…」
「けれど未来は違うようですの。大変残念な事ですけれど、運命がそうおっしゃるのでしたら仕方ありませんことよ」
「……ソ、ソウデスカ」
「ところであなたのお父様はお元気?」
「……父ですか? さあ、知りませんね」
「そうですの。お気にならないのね。いいのですよ、運命はあなたを見ていますわ。そうそう、このあとあなたの大事な人がいなくなってしまうようですの、お気をつけあそばせ」

 それでは、あたくしは水晶玉に呼ばれておりますので失礼。そう言ってレースのハンカチをひらひらを揺らして廊下の先へ消えて行くトレローニー教授を茫然と見送る。
 未だに心臓はばくばくと音を立てる。なんだかすごく不穏な事を言われたからか、緊張しているらしい。大事な人がいなくなる、とはどういう意味だろうか。少し考えるが、私の無い頭では答えに辿り着けはしないし、過程なんか立てたって当たるとは思えない。そもそも、占いって当たらないとかなんとかってマクゴナガル教授が言ってたしなあ。(「私は他の教員の悪口を言うつもりはありませんが、占いとは不確かなものです!」)
 確かに日本でも占術はやったけど、多分内容だって東洋と西洋じゃ違うんだろうし。

「……当たるも八卦、当たらぬも八卦、で」

 人は言われたらそんな気がしてしまうのだ。当たるかもわからないことだが、まあ少し憶えてる程度に意識して、油断せず行こう。うん、と一人頷くと、私は既にぎゅいんぎゅいん動きまくった末にどこかへ到着してしまった階段をまた上った。

 狛犬の如く鎮座するガーゴイル像に合言葉を唱えて、校長室へ入ると中にはダンブルドア先生が羽ペン片手に書類に向かわれていた。お邪魔かな、と思って出直そうとしたが、残念ながら扉が開かなかったため大人しく中へいることにした。
 壁際の棚に行き、勝手にカップを拝借して紅茶……ではなく、コーヒーを入れる。日本茶育ちの淹れた紅茶なんてたかが知れてるんですよね!
 おそらくダンブルドア先生の所有物なので良いやつなのだろうが、生憎コーヒーのちゃんとした淹れ方だとかもよくわからないグリーンティーっ子なので蒸らしだとか温度だとか関係なくちゃちゃっと淹れた物をカップに二人分注ぐ。一つを音を立てないように慎重にダンブルドア先生の机に置くと、ちらりと微妙な目線を寄越された。適当ですみませんね! 日本茶置いてください!
 ダンブルドア先生のお仕事が落ち着くまでとりあえずソファに座ってコーヒーを飲む。自分で淹れたやつだけど、元々のものがいいものだからか普通に美味しい。というよりも、まあコーヒーの味とかよくわかんないんだけども。貧乏舌と言うなかれ、飲み慣れてないだけだ!
 苦味と香りを楽しみつつ、熱い液体をちびちびと飲みながら部屋の中を不躾だがじろじろ見まわす。今日は校長先生の愛鳥のフォークスさんはいないらしい。フォークスさんって不死鳥なんだってよ。聞いたことはあるけど見たことは無かったから、初めて見たときは「やけに派手な鳥だなあ、ショウジョウコウカンチョウの仲間かなあ」とかアホな感想を抱いた。だからあとから聞いたときはそりゃもう驚いて思わずさん付けするようになったよね。だって、おま、あの不死鳥だぜ…? ダンブルドア先生がいなかったら絶対ツーショットお願いする案件。普通にしてるこっちの人達は感覚麻痺ってるんじゃないかな。

「……うむ、まあいいじゃろうて」

 私がアホなことを考えている間に、ダンブルドア先生の書類仕事は一旦落ち着いたらしい。私の入れたコーヒーを一口飲んで、微妙な顔しながらも合格判定を出された。なんかすいません。

「待たせたのう、コーヒーをありがとう。しかしちと苦いのう、お茶請けが必要じゃな。そこの棚から糖蜜パイを取っておくれ」
「あ、はい、気が利かず申し訳ありません」
「いいや、気にせんでおくれ」

 にっこりと笑って言う校長先生の言う通りに棚から糖蜜パイを出す。…えっ何この量、ちょっと先生買い込み過ぎじゃない? 老人こんなに食べていいの? 糖尿病とか大丈夫?

「さて……ナマエ先生、少し相談があってのう」

 笑みを浮かべつつも真面目な声色になったダンブルドア先生に、なんだ、とソファに浅く座り先生を見つめる。

「来学期から約一年間、マグル学を担当しているクィレル先生が旅に出るそうなのじゃ」
「…………はい?」
「なんでも亡くなられたお祖父様の遺品の中に数々のポストカードがあったそうで、そのポストカードに描かれている場所を巡りたいと」
「は、はあ、それは素敵なお話ですね」
「クィリナスは実にいい子じゃ。マグルのお祖父様を大事にしておってな、彼の在学中はわしもあんな孫が欲しいと思ったものじゃよ。もちろん、今でも思ってはいるがのう」

 ほっほっほ、と軽快に髭を揺らして笑う校長先生様の真意がよくわからず微妙な愛想笑いを浮かべる。つまり、どういうことだってばよ。クィレル先生が休暇をもらう、ってことと推定お祖父ちゃんっ子ってことしかわからないってばよ。というかダンブルドア先生孫いないんだ。孫どころか結構先まで子孫いそうな雰囲気だが、違うらしい。むしろ指輪も無いから結婚もしてないってことでしょ? ワーオ、財産ありそう。死んだときの遺産相続がとても面倒臭そうですね!
 というよりそんなことはぶっちゃけどうだっていい。クィレル先生がお祖父ちゃんっ子とか心底どうでもいい。同僚のプライベートはそこまで深入りしたくない派です。

「しかし、しかしじゃナマエ先生。クィレル先生が旅に出てしまうと、マグル学を教える先生がいなくなってしまう」
「はあ」
「じゃがこの多忙な時期に手が空いている先生はいなくてのう。教員一人探すのも、この老体には骨が折れる。誰か次のマグル学の教員探しを手伝ってくれると、大助かりなんじゃが――」
「…………よろこんで、お手伝いさせていただきます……」

 ちくしょうそういうことか! なんだこのジジ……ごほん、ごほん、失礼、ダンブルドア先生ってば全くお茶目さんですねえもう! 多忙な時期にって一応私も多忙ですよ! これでも全学年必須科目の教員ですもの! いや、まあちゃんとやれてるかって言われたら……そっと目を逸らすしかないけども……。
 しかし恩人であるダンブルドアさんの言うことを聞かないわけにもいかない。幸いなんかホグワーツの教員になるのに教員資格とかないようだし、結構すぐに決まりそうだ。まあ、その場合やっぱり授業内容に問題はありそうだけど。そこんとこも考えつつか……面倒くさいな。

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