ALBATROSS

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札幌世界ホテルの老夫婦の孫

元はコレ


バタバタと足音が沢山聞こえる。迷路の如く入り組んでいるこのホテルだが、木製だからやはり足音はよく聞こえる。
今日は珍しく一度に多くのお客さんが来た。でもその中に厄介な客がいるから絶対に顔を見せるな、と家永は言う。一番厄介なのは自分のくせに。確か2号室は近寄ることも禁じられた。……5号室だったかな。どっちでもいいや。どうせ完全にいなくなった後の部屋の掃除くらいしか部屋には入らない。ガスが撒かれてるから入ると死ぬぞと脅されたのはもう一年も前だった気がする。

裏口から乾燥室に出て、乾いたシーツを取り込む。机の上でアイロンをかけてしっかり畳んで横に置き、洗ったばかりの枕カバーを干す。それからまた戻って二枚目のシーツを洗濯板でごしごしと洗っていると、突然扉がバタンと開いた。私のところに来る人なんて家永くらいしかいない。もうそろそろ夕方だし、もしかして夕飯の催促かも。確か朝に今日は獲物がいつ食べれるかわからないから普通のご飯も食べるって言ってた気がする。洗うことに集中しながら、振り向かずに言う。

「まだ洗濯中だよ、ご飯はもう少ししたら作るから」
「あんたが作ってくれんのか?」
「……え?」

聞いたことのない低い声。まさか、とたらりと汗が流れる。濡れたシーツを握りしめて振り向くと、熊みたいな大男が扉のところに立っていた。男は私の目が合うとニヤリと笑い、のしのしと近づいてきた。ヒッと小さく悲鳴が出る。

「見たことねえな、従業員か?ああ、手が冷えてる」
「あ、う、わ」

シーツを握っていた手を取られ、分厚く硬い手に温めるようにぎゅっと握られる。指の腹でそっとさすられ、ぞわりと背中に鳥肌が立った。黒いスーツと訛りのない言葉。この人、客だ。もしかして家永が言っていた厄介な客ってこの人か。

「は、離してくださ、」
「随分若いな。女将もこんな兎みてえなのを隠してたとは」

顎を掴まれ、俯いていた顔をぐいっとあげられる。男と目があい、ぐっと唇を噛んだ。怖い。

「弱々しいのもそそられる……。あんた名前は?」
「離して、」
「フフ……仕方ねえ、もう一泊するか……」

噛んでいた唇を太い指でなぞられ、ふにふにと触られる。嫌悪か恐怖か、腰が抜けそうだ。いやだ、怖い。ぎゅっと目を瞑ったとき、扉がバタンと開いた。

「牛山様、娘に手を出さないでいただきたく存じます」
「あ?……娘?」
「その手をお離し下さい」

家永だ。ハッ、と息を吸うと、額からぶわりと汗が出た。
家永は誘うようにニヤリと笑い、「私ではご不満ですか」と言う。男はフンッ、と気持ち悪く鼻息を荒らくし、たまらねえと呟いた。まさか、と家永を見ると、家永は真っ黒な瞳で私を見ていた。ぞくりと恐怖が帰ってくる。

「母親もいい女なら娘も美人か」
「恐れ入ります。その子は男性が苦手でして」
「ほう、それは悪かったなお嬢さん」

男は手を離し、私の頭をぽんと撫でて家永を意味ありげに見やり、部屋を出ていく。
扉がしまると、家永がたっぷりとしたドレスを抑えてこちらに来た。

「何もされてないわね」
「……手を握られた」
「口吸いは」
「されてない。……怒ってる?」
「少しだけ。あの男には気をつけなさい。今日はもう部屋に戻って、鍵をしっかり閉めるのよ。犯されたくなければね」
「おかっ……!?」

ザ、と顔が青くなる。あんな熊みたいなのに襲われたら一溜りもない。顔を青くした私を家永は面白そうに見て、「夕飯は後で持って行ってあげる」と言った。もう顔を合わせたくないし、外に出たくもないのでそれに甘えて人肉はやめてくれと何度も念押しし、私は急いでシーツを洗ってからすぐに部屋へ戻った。




家永が持ってきてくれた鮭のおにぎりとたくあんを食べながら部屋でシーツにくるまりごろごろしていると、唐突にバキバキッと大きな音が聞こえた。身体がビクリと震える。壁か床が壊れた……?数ヶ月前に来たヤクザのおじさんが暴れたときもあんな音がしたような。あんなお客がまた来てるのか。嫌だな、こっちにまで来なきゃいいけど。そう思い枕に顔を埋めると、ドォン、と大きな音がして、館が揺れた。

「な、なに……?」

なんだか焦げ臭い。立て続けにバキバキボゴボゴ壊れていくような音がする。ドタドタと足音も大きく、まるでホテルの中で動物達が鬼ごっこでもしているかのような騒がしさだ。恐る恐る部屋の鍵を開け、ドアから顔を出すと焦げ臭さが強くなった。シーツを体にぎゅっと巻き付けたまま様子を見ようと廊下を進むと、入り組んだ向こうで走っていく坊主頭の人が見えた。もわもわと煙たい空気に咳が出た。……火事?

「そんなッ、家永!?どこ!?」

家永を探そうと私も廊下を走り出したとき、

「……え?」

床が浮いた。ドカン、と爆発するように私の身体も浮き、熱さに身を包まれた。

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