ALBATROSS

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家出息子2

元はコレ


「……夏目?」

夕立は突然に来る。早めに帰ろうと思っていたが、友人帳関係で時間を食ってしまい雨に降られ、しかもそれが強くたまたま入った軒先で声をかけられ、夏目は驚いた。

「奴良、何してるんだ、こんなところで」
「……こんなところで悪かったな、ここが家なんでね」
「えっ!?」

バイト帰りなのだろう少し汚れた格好の奴良の、笑いの含んだ嫌味とも取れない言葉に驚き、雨宿りに借りていた門を振り返り夏目は驚いた。一人暮らしだと聞いていたからてっきりアパートだと思っていたが、こんなしっかりした家に住んでるとは思っていなかった。ごめん、と謝ると、奴良は笑いながら「まさか見つかるとはな、いいよ、雨宿りして行け」と幻の男の自虐ユーモアを挟みながら門を開け中に入れてくれた。
門から少し歩いた先の玄関は広く、庭先は手入れをしていないのか木が1、2本自由に生えていた。お邪魔します、といい上がると、奴良は居間に案内してくれた。古い平屋だが部屋は広く、自室の他にも2つほどあると言うが全て和室だし必要が無いため普段は使っていないという。確かに、この広さを一人で使い切るのは難しそうだし、なによりすっと通る空気が寂しいと思った。

「居間へ誰かを通すのは初めてかもな。……というか、俺人を家にあげるの初めてだわ」
「マジか」
「マジマジ。前人未踏の地へようこそ夏目貴志、歓迎しよう」

ケラケラ笑いながら奴良は夏目に麦茶を出した。夏目は奴良の言葉に唖然とし、初めてと言われると気恥しく少し照れた。それを悟られないよう雨が地面を叩く庭へ目を向ける。何も無く、無性に寂しい心地がした。ここは奴良の家で、奴良が住んできた場所だというのに。

「……ここは、ずっと奴良だけなのか?」
夏目のふとした問いに、奴良は軽く答えた。
「いや、ずーっと昔に住んでた人がいたよ。もういないけどな」
「そうなのか。なんだか少し、……いや、なんでも」
「誰かの気配がした?」

言い当てられたことに、夏目は少し驚いた。奴良はゆるりと笑う。

「家は覚えてるんだろうな、主人のことを。俺はここに住んでると言ってもそんなに家にいるわけじゃないし、長らく残っていてもおかしくないだろ」
「……そう、だな。そうかもしれない」
「夏目は気配に敏感だな、俺のこともよく気づくし。……あ、でも田沼とか気づかないときもあるよな、あれはあいつの影が薄いってことか」
「べ、別にそういう訳じゃ、ない、と思う……」

しっかりと否定も出来ず歯がゆいが、地味だもんなと言われてしまうと頷かざるを得ない。地味というか、主張があまりないというか。そこがまた友人のいいところだとは2人ともわかっているからいいのだが、きっと今頃田沼はくしゃみをしたのだろうと思った。


初めて奴良の家に行った日から、夏目は何度か奴良の家に遊びに行った。どれもたまたま、少し怪我をしたときや雨に降られたときなどのタイミングで偶然奴良の家の前に出て、奴良が帰ってきた。その度に奴良は「毎回なんかすごいな夏目は」と笑い、夏目は少し恥ずかしかった。そのうち奴良は夕食をご馳走してくれることもあり、2人の距離は以前より縮まった。
その日もたまたまだった。いや、たまたまではなかったのかもしれない。運命の巡り合わせとは数奇なもので、しかし夏目にとっては良いことだったのだと落ち着いた今なら言えるのだ。

七辻屋でニャンコ先生に半分無理やり買わされた饅頭を、ふと奴良にもあげようと思って少し多めに買った。甘いものを食べているところは見たことがないが、きっと大丈夫だろうと思い、店を出て少し、バス停の前で長い黒髪の着流し姿の男の人がいた。滅多に見ない風貌に驚いたが、その顔の良さにも驚いた。片目を閉じた横顔は色気がふんだんに含まれていて、男相手だというのに赤面しそうになった。あまりに浮世離れしたその姿に妖かと思ったが、道行く人がその人を見てキャッキャと話しており、皆に見えるのならばと判断した。ニャンコ先生が何も言わなかったのも大きい。珍しく、目立つ存在にはコメントせず夏目の肩に乗っていた。ただ饅頭を早く食べたかっただけかもしれないが。

「…夏目、早く帰るぞ。今日は饅頭が多いからな、ゆっくり食べねば」
「まさか、何を言ってるんだ先生。これは奴良の分だ。先生の分はあるんだからいいだろ」
「ぬぁに!?私への感謝の気持ちではないと!?」
「大したことしてないだろ!」

「……奴良? ちょいとそこの人、今あんた奴良って言ったか?」
「えっ? あ、えっと……」

通り過ぎた先ほどのバス停前の男の人からそれなりに離れた距離のはずだが、男の人は遠くから声をかけてきた。まさか、そんな距離で聞こえたのか。地獄耳だろうか。まさか、先生の声も聞こえていた? だとしたらまずい、そう少し焦っている間に男の人はあっという間に夏目の元へ来た。身長の問題で大きく開いた胸元が見え、気恥しく顔を見上げると男の人は今度は両目開けていた。名取よりも整っていると思える綺麗な顔の奥、黒い瞳にはどこか既視感があった。だが、一瞬きらりと金色に見え、肌がざわりと粟立った。

「突然悪いが、教えちゃくれねぇか。その奴良、ってやつは、この町にいるのかい?」

夏目は答えに詰まった。奴良の事情はよく知らないが、もしこれが危ないことであったら、そう考えると不用意に言うべきではない。高校生で、あんな大きな家で一人暮らし、生活はバイトで賄っている友人のことを、何かあったときに守ってくれる大人はいない。そう考えるとますます口を噤む。
しばらくして、男の人は無言の夏目に焦れたのか深いため息を吐いた。ぐしゃぐしゃと頭を掻き回し、「しっかり育てられた子だなぁ」と言う。

「不審者にはそりゃ言えねえよなぁ、悪かったな坊主。……ただ、俺も訳ありでね、話しくらいは聞いちゃくれねぇかい」

その言葉に、夏目はまた七辻屋へ道を戻ることとなった。
鯉伴、と名乗った人はまず七辻屋の団子に舌づつみをうち、それから話し始めた。

鯉伴は東京から来たのだという。はるばるこんな田舎町へ、とある人物を探して。その人は昔からふらりといなくなる事があったが、それは全て鯉伴の知るところであって問題は何もなく自由にさせていたらしい。しかし、とある時期からふと本当に誰もわからない場所へ行きはじめた。いつ帰ってくるのかわからずやきもきする日々があった。ただ、その頃、探し人にとっては厭う出来事も多かったため、確かに息抜きが必要で、自分もそんな出来事が過去にあったゆえに理解し野放しにしていた。
それが仇となったのが半年ほど前で、ふらりと出たままその人は帰ってこなくなったのだという。

「……どうして」
「…………俺ぁ、あいつに甘えてたのかもしれねえ。自分から何も言わないあいつに。あれだけ弟を大事にしていたやつが嫌がるとはわかっていたが、それもまた成長の試練だと甘く見ていたのかもしれねえな」
「そんなっ、それで半年も?」
「まさかここまで上手く隠れるとは思ってなかったからなぁ。能ある鷹は爪を隠すっつうだろう、まさしくあいつは能ある鷹だ」

気丈に笑う鯉伴の声は、誇らしいのだと言っているが夏目には寂しいと誰かを追い求めるように聞こえてならなかった。
夏目は、この人に同情を覚えると同時に、この人の風貌を奴良に重ね合わせていた。黒い髪、瞳、仕草。どれもどこかで見たような既視感があった。完全に重なるわけでもなく、だが確かにどことなく彷彿とさせる雰囲気がある。
奴良の事情はわからない。お互いに家族の話はしたことはなかった。無意識に避けていたのだろう。だが、今そのことを嫌だと思った。もっと奴良と話してみたかった。鯉伴の話からなら、もし夏目の予想が当たっているのなら、奴良を大切に想う家族がいて、奴良が大事にしている弟の話や、日常の話をもっと聞きたかった。そして、それはきっと今からでも遅くはない。寂しいあの家は、賑やかになるかもしれない。そう思うと、夏目は奴良に会いたくなった。

「……鯉伴さん、おれには友人がいます。大切な友人です。もし、あなたの探し人と友人が同一人物なら、彼を傷つけないと約束してくれますか?」
「…………ああ、必ず」

七辻屋の赤い椅子の上、ニャンコ先生はじっと大人しく、頷く鯉伴を見ていた。


改めて意識をすると、夏目は奴良の家へどう行ったかよく覚えていない。確か、橋を渡り、坂を上がる。途中の小道の分かれた先、林を通っているうちに軒先があり、そこで奴良と会った。だが、林は広く、どこをどう通っていたのか曖昧だった。よくよく考えると、夏目がお客さん第一号なのも頷ける。立地が悪いのだ、そんな行きにくいところにわざわざ行く客は夏目くらいしかいない。きっと奴良のことだから、それをわかっていてそこに住んだんだろう。もしかすると、それもまた隠れ続ける作戦だったのかもしれない。
そうして歩き続け、いつもよりも長くかかったような気のする道のりの先にやっと奴良の家が見えた。

「はあ、あった……」

少し息の切れた夏目が門の扉をを鳴らそうとして、鯉伴を振り返る。鯉伴は口元に手を当て、小さく笑っていた。
その笑みに、ぶるりと身体が震える。
……まさか、夏目の判断は違っていたのだとしたら?

「はは、こらァすげえや。見つからねえわけだ。家守の呪いが強い、人にも妖にもわかりゃしねぇもんだ」

「ーーーーえ?」

あやかし、鯉伴は確かにそう言った。
ニャンコ先生が夏目の肩でふむ、と声を出した。
まだ鳴らしていない門がぎい、と古い音を立てて開く。

「道理でな、奇妙な気配がしたわけだ。まさか妖が人間と混ざるとは。騙されたな夏目」

そいつは、あやかしだ。

ニャンコ先生が言った先には、諦めたように笑う奴良がいた。

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