ALBATROSS

http://nanos.jp/maskkkk/

家出息子

元はコレ


夏目が転校してきて、新しい環境の中で友人が出来、中でも理解のある田沼や多軌のような存在がいるというのは、夏目にとって救われるような心地で日々をゆっくりと美しく彩っていた。七辻屋の饅頭を頬張る先生の背中の温もりも、帰ったら「ただいま」と言える生活も、たとえ妖に襲われてもまた助けてくれる妖がいて、夏目にとってそれらは宝物のように静かに流れていく安穏な時間だ。
帰り道、七辻屋の前で動かないニャンコ先生を放置し、夕暮れでアスファルトにさした長い影を背に友人と歩く。宿題、今日あったこと、家族の話、それから少し妖の話をして分かれ道に差し掛かったとき、ふいに田沼が誰かに声をかけた。

「奴良?」
「え?」

同じ方向を見ると、夏目たちと同じ世分高校の制服を着た背の高い黒髪の男子が橋の向こうを歩いていた。男子は少し距離のあるこちらを見て、挨拶をするように軽く手を上げ、帰路につく。白いシャツに暗闇のような髪がくっきりと形づくられている背中を見て、見覚えのない生徒だと思った。ただ、その綺麗な黒い髪がちょこんと結ばれているのを見てかわいいなとも、男に思うことではないが、ほんの少しだけ。

「もう結構慣れたと思うんだけど…今の、誰だ?」
「ああ、夏目は会ったことないかもな。俺と同じクラスのやつなんだ」
「田沼と……1組に、あんな生徒いたか?」

つい、いつもの癖で知らないものが混じっていると妖と疑ってしまう。事実、中には人の記憶を簡単に塗り替え、すり替えてあたかも人間のように生きている妖がいる。
だが、田沼は大丈夫だと首を振る。確かに妖の技に影響される質ではあるが、自信を持って言えるのだと。

「奴良は入学当時からいるらしい、おれが転校してきたときもいたから大丈夫だ」
「そう、か。疑ってすまない、どうにも癖が」
「いいよ、それだけ夏目は経験してるから。…そうだな、夏目にも紹介しよう。多分、奴良も見えるんだと思う」
「えっ?」

田沼の言葉に、夏目は奴良の行った方を見ていた顔を上げた。少しの期待と不安を込めて見上げた田沼は、先ほどの夏目を同じようにもう見えない奴良の背中を方を見ていて、それから少し笑った。

「たまにな、何も無いどこかを見てるときがあるんだ。誰もいなかったり、空中だったり、窓の外だったり、まるで猫みたいにじっと見てる。もしかしたら感じるだけかもしれないし、そういう性格だけかもしれないけど……でも、悪いやつじゃないよ。きっと、友達になれる」

田沼の言葉に、夏目はうん、と小さく頷いた。奴良がどんな人物かわからないが、今はもう食いしん坊な用心棒もいる。何かあっても大丈夫だろうし、何より田沼の好意が嬉しかった。
かくして、夏目と奴良の出会うきっかけが作られた。


翌日の昼休み、夏目は田沼の紹介で奴良と会うことになった。同じ釜の飯、とはいかないが、同じ空間で食事をすれば多少悪い雰囲気になっても誤魔化しがきくだろうという打算もこもった計画だったが、夏目は田沼の友人であるわけだし、せめて何かあっても田沼の印象が悪くならないように努めようと意識し少し緊張していた。

「なんだよ夏目、今日昼どっか行くのか?」
「ああ、田沼と食べるんだ」
「田沼? 2人だけでか?」
「いや……田沼に、奴良を紹介してもらうことになって」

「……奴良ってあの奴良か!?」

「うわっ、なんだよ西村、びっくりするだろ!」
急に話に飛びついてきた西村に、珍しく笹本が同意するように頷いた。やけに真剣な顔で、何かあるのかと探るような気持ちになる。「奴良って、何かあるのか?」

「いや、それはもう、奴良は幻の男だぞ」
「…幻? それってどういう、」
「朝は遅刻ギリギリに来て、放課後は即帰る。しかも気づいたらいない、気づいたらいる、そんな影の薄い神出鬼没の男だ」
「そうだ! しかも、しかも、なんとな……」
「な、なんと……?」
溜められる言葉に夏目の喉がごくりと鳴った。

「奴良の弁当は、三ツ星レストラン並に、見た目から完ッッ璧に美味そうなんだ!」

「……はっ?」

「これは有名な話だぞ夏目! 奴良の弁当はそれはそれは美味そうらしい。だが神出鬼没の男は滅多に教室では食わない、気づくと教室にはおらず、今まで美味そうな幻の弁当を食う姿が確認されたのは資料室と2階の非常階段と美術室のみ!」
「しかぁーし発見されてから数日はおらず、またローテーションでもなくランダムで現れる、ゆえに美味そうな弁当を拝めるどころか、おかず交換とか! 具を食えることなんて滅多にないんだぞ! なんだよちくしょう羨ましいな!」

「そ、そうなのか」
西村と笹本の勢いに押されながら、夏目は苦笑し、そして安堵した。別にただ一緒に食べるだけでおかず交換をするわけでもないと思うが、そう念を強く押されるなら奴良の弁当の中はしっかり見ておこうと思った。田沼も仲が良かったなら早く言えばいいのに! と嘆く2人にてきとうに相槌を打ちながら、夏目は昼休みを待った。
そうして奴良と初めての対面は無事整った。誰か人が来るのも面倒だから、という奴良の要望から迎えに来た田沼の案内で夏目が来たのは美術室の隣の空き教室だった。勝手に使っていいのかと田沼に聞けば、奴良はよく使ってるから大丈夫だろうと返ってきた。ランダムで現れるという美術室の隣によくいるとは灯台もと暗しというかなんというか。

空き教室に入ると、まず目に入ってきたのは色とりどりのキャンバスに囲まれ、その板に反射した日の光を浴びていっそう黒く見える奴良の髪だった。田沼よりも濃く印象の強い髪は夏目の気を引きやすいのかもしれない。
教室に入った夏目たちを振り返った奴良の瞳もまた、髪と同じくらい目をひきよせられる黒だった。

「夏目、そこ座って。……じゃ、えーと…食う前に紹介だよな。夏目、奴良だ。それから奴良、夏目だ」

田沼の簡潔すぎる説明に少し笑い、夏目は奴良と向かい合わせに座った。田沼は夏目の隣に座り、奴良の隣には荷物が置いてある。教室の中は色とりどりのキャンバスがそれなりにスペースをとっており、通常夏目たちが使う教室よりもどことなく狭く感じた。

「えっと、今日、応じてくれてありがとう。夏目貴志です、よろしく」
「……ああ、奴良名前だ。よろしく、夏目」

奴良の少し浮いた雰囲気に、なんと言えばいいかわからず夏目は言葉が詰まった。微妙な間が流れる雰囲気をものともせず、奴良は弁当を開け食べ始めた。「……な、こういうやつだから大丈夫だよ」と田沼が囁く。きっと、普段からこういう感じなのかもしれない。だからこそ、田沼は奴良と仲がいいのかもしれないと思った。
夏目は西村たちのことを思い出し、奴良の弁当を見た。きのこと人参の炊き込みご飯、かぼちゃの煮物、卯の花、ひじき、筑前煮、きゅうりの漬物、つくねがふたつと蓮根のはさみ揚げ。純和風な内容だが、使っている野菜の種類からか見目もよく栄養も良さそうな綺麗な弁当だった。確かに美味そうだな、と頷き、自分も塔子さんに作ってもらった弁当を食べる。

「……夏目、そんなに気になるか?」
「え?」
「弁当。めっちゃ見てんじゃん」
「……あ、ああ、悪い、そんなに見ていたかな…。その、綺麗だなと思って」
「ああ、奴良の美味そうだよな」

それくれ、と田沼は奴良の弁当から勝手につくねを食べる。「あっ」やられた、そんな声色で奴良が声を出した。田沼の遠慮のないその姿に、少し驚いた。そんな夏目に、田沼は恥ずかしそうにはにかむも口はしっかり咀嚼している。

「奴良は怒らないし、美味そうだし、美味いからついつい貰っちゃうんだよな。悪いとは思ってるんだけど」
「思ってるなら食うなっつの。……いいよ別に、夏目も食いたいならどうぞ。その代わりお前の弁当からなにか貰うぞ、普通にそっちの方が美味そう」

くしゃりと奴良が笑った。男に使うようなものじゃないが、花が開くような、そんな笑顔でつい夏目は見惚れ反応が遅れた。「いらないのか?」「い、いる!」笑いながら奴良は夏目にかぼちゃの煮物をくれた。塔子さんの作るものより甘いそれは、ほろりと口の中で崩れ蕩ける。美味しい、と呟いた夏目に田沼は「だろ?」といい、奴良はニンマリと笑った。奴良は夏目の弁当から唐揚げをとった。

「うめー。下味食感完璧じゃん。夏目のお母さん料理うまいな」
「あ、いや、母親じゃないんだ」

夏目の反射的な言葉に、奴良がぎょっとした。目が大きく見開かれ、黒い瞳が良く見えた。夏目は今言うべきじゃなかった、失言したと気まずく思ったが、言ってしまったものは仕方がない。ただ、あまり腫れ物を触るような態度を取られるのも嫌だとは思った。しかし、奴良は気にせず、むしろずかずかと聞いてくる質だったらしい。

「そうなのか。養子?」
「…いや、遠い親戚で預かってもらってるんだ」
「へー。いいな、三食栄養良くて美味いって最高。俺一人暮らしだからさ、素直に尊敬するわ、夏目の、あー……遠い親戚の奥さん?」

「……はははっ、そんなこと初めて言われた」
奴良の言い回しがおかしくて、嬉しくて、夏目は声に出して笑った。奴良の丸い目が細まり笑む。空気を読んで黙っているが、田沼のほっとしたような息に改めて感謝をした。
それから、夏目は奴良と田沼と何気ない会話を楽しんだ。お互いのことを詮索する必要も無く、少し気になれば聞いて答える程度で気も楽だった。この空き教室のキャンバスのことを聞けば、曰く、風の入りが良いため乾燥部屋に使われているらしい。そしてポロッと夏目が口に出した奴良の噂を本人が聞きたがり言いにくくも話せば、奴良はため息をついて笑う。「俺、そのうち学校の七不思議にされるかもな」なんて言って。その噂を知っていたけど黙っていたという田沼が机の下で軽く蹴られていて、本当に仲がいいんだなと思えば、2人はそんなことはないと否定した。

「別に、田沼とはたまに話すくらいだろ。なあ」
「そうだな、たまに話して、たまに昼一緒に食べるくらいじゃないか? おれは奴良より夏目との方が仲がいいと思ってる」
「まあ転校生同士だしな、仲いい方がいいだろ。俺も友達に執着ないし」

あっさりとしている2人の雰囲気に、夏目は不思議な心地がした。それから、田沼と夏目は転校生同士だから、という認識に少しドキリとした。奴良は夏目と田沼の秘密を知らない、そのことが少し嬉しかった。田沼の口が堅いことは知っていたが、夏目のことを考慮し紹介の際にも言わないでいてくれたことに友情の温かみを想う。そして、知らないということはきっと奴良は見えない人なのかもしれないと予想した。夏目と田沼は校内でも妖のことで動いたことがあるからという根拠があったし、何より夏目の視界の端で、キャンバスに描かれた白い布がゆらりゆらりと風にはためくように動いたことに、奴良は気が付かなかった。

「ーーい、おい、夏目? 何、どうかし」
「あー! え、えーっと、おれ、次体育なんだ! そろそろ行かないと!」
「え? あ、そうなの」
「俺らも教室戻ろう、奴良」
「ん、そうだな」

夏目の様子になにか思ったのだろう、田沼が誘導してくれたことに感謝し目を合わせると田沼は任せろというように頷いた。奴良は大人しく田沼とともに1組へ戻り、夏目は塔子さんの料理を気に入ったらしい奴良とまた昼食を食べる約束をし別れた。当然待ち構えていた西村や笹本、委員長が加わり教室の数人も聞き耳を立てている状態で奴良について質問をいくつもされたが、素直に美味かったと言うと今度は嫉妬に濡れた目で見られ苦笑した。幻の弁当は七不思議どころかファンクラブが出来そうだ。

その夜、夏目は機嫌よく風呂上がりの風に当たった。「なんだ夏目、機嫌がいいな。それはそんなに美味いのか、ずるいぞ寄越せ」「あっ、もうニャンコ先生……また太るぞ」「このぷりちーな身体のどこが太っているというんだ!」ニャンコ先生は夏目の分の果物を半分ほど奪い食べたが、夏目は意地汚いニャンコにそう怒ることなく昼間を思い返す。

「先生、今日新しい友人がーー」
「ン? どうした?」

そしてキャンバスの白い布を思い出し、ハッとした。奴良はあの教室をよく使うと言っていた、だとすればあの妖がなにか悪さをしたとき危険だ。しかし、あそこは奴良の安息の地かもしれない。あれだけ騒がれているんだから、そうすると危険だからと奪うのは忍びなく思う。

「ニャンコ先生、白い布の妖怪を知らないか?」
「……まぁーた面倒事か、懲りないやつだな。白い布などそこら中にあるだろう」
「妖怪だって。絵の中にいたんだ、もし危険なやつだったら、嫌なんだ」
「嫌? 変なことを言う、大体そんな危険な妖が蔓延っているわけもなかろう。なにせこの街はこの私がいるんだぞ! そんな身の程知らず、食い尽くしてやったわ!」
「……そう、ならいいんだが…」
「ふん、そうだ、大人しく放っておけ」

全く面倒なやつだ、とぼやくニャンコ先生に「変なもの食うなよ」と釘をさして夏目は寝転んだ。万が一があると怖い、数日は見張ろうと決めた。

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -