mission2, (2/2)

「おい、どこに行くんだ?」
「見回りだよ。昨日2人も脱走しただろ。俺のカワイイコのためだ」
「ハッ、カワイイカワイイオキュウリョウチャンか?東は老朽化で大変だな」
「ハァ?常に最先端セキュリティの自慢ですかァ?」

深夜、日付が変わった少し後あたり。
俺は朝言った通りブラックの独房へ向かった。
巡回する吸魂鬼を避け、監視口から中を覗くとブラックは壁に背を預けベッドの上に静かに座っていた。
周囲に防音魔法をかけてこっそりと中へ入る。ブラックは俺を待っていた、と言うように立ち上がった。

内側から鍵をかけ、ランタンの火を消す。月明かりを頼りに格子越しに座った。
端っこの隙間は、今朝よりも短くなっている。目敏い俺じゃないと気づかねえよなあ、これは。

「……で?ハリーポッターがなんだって?」
「声が大きい!」
「防音魔法張ってあるからだァいじょうぶだっての」

そんなマヌケじゃねえよ。べ、と舌を出して文句を言うと、ブラックは勝手に話し始めた。

「俺は、無罪だ」

やっぱ俺帰ろうかな。
夜も短いもんだからな、今のうちに寝とかねえと時間が狂っちまう。
無言で立ち上がろうとすると、手を伸ばされ服の裾を掴まれた。ブラックのガリガリな手が吸魂鬼の手に見えなくもねえ。

「俺の話を聞いてくれ。──俺は、無罪だ」
「……アー、ハイハイ、どうぞ続けて」

仕方ねえ、夜とイカれ話に付き合ってやろうじゃねえか。そうため息を吐き座り直したとき、ブラックは爆弾を投下しやがった。

「犯人は、ピーターだ」

「────……ハ、ァ?」

目が点になった。今なんつったこいつ。

「……ハ、ハハ、イカれ話にしちゃ笑えるな」
「本当だ、本当なんだ、信じてくれ。あの事件の犯人は、」
「ピーター、ピーター・ぺティグリュー。お前が殺した親友の1人だってのか?」

指しか残らなかった哀れな被害者だぞ。信じられるわけねえだろ。
よくいるんだよな、こういう加害者と被害者が真っ逆さまになってるクソ野郎がよ。うちの棟どころかアズカバンには掃いて捨てるほどいるもんだ。
しかし俺は聞いてやった。ブラックの言い分をしっかりと、途中で寝ずに、あくびを噛み殺しながらしっかりと最後まで聞いてやった。

するとマアポンポン出てくるもんだ。
『ピーターは親友を裏切った』『闇の魔法使いに、ヴォルデモートに魅せられた』『恐怖に負けて、親友を売ったんだ!』『まさかマグルまで巻き込むとは思いもしなかった』そしてぺティグリューは自分の指を自ら切り落とし行方を眩ませた、らしい。
どれもこれも信憑性が怪しいったらありゃしねえ。ブラックは闇の魔法使いの一族で有名なんだから、それで十分ブラックが犯人だってなるだろ。

……でも、よくよく考えると俺も闇の魔法使いになる奴ばっかりなスリザリン出身だけど、今は看守だもんなあ。
しかしそういうこと言い出すと堂々巡りになることを知っている俺は、とりあえず蓋をして隅に放り投げ話を変えた。

「……お前さあ、アニメーガスつってたけど、未登録だよな?未登録はダメって知ってるよな?」
「ああ」
「ああ、ってお前なァ」

普通はバレたら罰金か、ブラックの場合は刑期が伸びる可能性だってあるっつーのに。なんだよその普通の態度は。

「……未登録アニメーガスのネズミとハリーポッターになんの関係があるんだ?」
「ピーターは、ホグワーツにいる」
「……アァ?」
「奴はネズミのままホグワーツへ忍び込んだ。生徒のペットとしてな。この前の新聞に一家が写っていただろ」

一家?この前の新聞?
ゆっくり頭を回し思い出す。あの、エジプトの記事か?確かに運の良い家族は子供がたくさんいた。

「……あの中にネズミなんていたか?」
「いた!いたんだ!確かに俺は見た!」
「ハイハイ落ち着け」

絶対に殺してやる、ハリーには指1本触れさせねえ!と殺意に燃えるブラックに、頬が引き攣る。
おいおい、こりゃ聞かねえ方がよかったんじゃねえ?俺のお人好しさんめ。
怒るブラックを落ち着かせると、ブラックは縋るように格子の間から手を伸ばし俺の頬を両手で触った。


「ナマエ、頼む、俺を見逃してくれ!」


ああ、言われると思った。

正直なところ、俺に看守としての、とか、1人の法に関わる人間として、とか、そういう正義感はねえ。ぶっちゃけ俺を巻き込まなければ脱獄だってお好きにどうぞって話だ。
しかし、そうは問屋が──魔法省が、降ろさない。
わかるな?俺は何よりも大切なライフラインを、社会に出て生きていくための大切なブツを魔法省に握られてんだ。
────そう、給料を、さ。

考えてみよう。単純な話だ。
ここで俺がブラックを見逃し脱獄の間接的な手伝いをしたら、間違いなく俺の給料は減らされる。
しかしそれによって真犯人(仮)が捕まったら、俺の手柄として昇給の可能性も無くはない。
だが、俺がブラックの脱獄を手伝ったことがバレたら首が飛ぶ。絶対職を失う。次の職をこの不景気の中どうやって見つけりゃいいんだ。面接で「前職は看守です、アットホームな職場(アズカバン)で仲間達(看守と囚人と吸魂鬼)と努力し社会に貢献していました!法律関係の知識があるので役立てたいです!」とでも言えってか?誰が雇うんだよ。俺なら雇いたくねえよ。
つーか、多分その前に、俺はここから出たらシャバにいる死喰い人に殺されるんじゃねえか?ウワッ、可能性バリバリある。メッチャある。だって2年前に精神病んで退職したカークマンは実際殺されたって噂だ。しかも嫁さん共々。俺はその話を聞いたとき、カークマンが殺されたこととあいつに嫁さんがいたことの2つの意味で驚いたもんだ。
ウワー、ヤダ!ヤダヤダ!死にたくねえ!

無理だ、と伝えようとブラックを見る。そのとき、ふと欠けた鉄格子の端が見えた。

ブラックは脱獄するために、まずこの鉄格子をどうにかするためにアニメーガスの姿で格子を噛んだらしい。
ここは外向きの窓として小さな格子もあるが、アニメーガスの姿でもそこは通れない大きさだと判断した、と。壁を越える方法も考えたが、俺から壁の内部に張られているルーン文字の結界の話を聞いてやめたのだと。なんてったってここはアズカバンだ、生憎うちの棟のセキュリティは西や北に比べ雑ではあるが、それでも壊されやすい壁なんかはきっちりと守られている。……やだ俺そんなこと喋ってたか?気をつけねえとな。危ねえ危ねえ。
──だが、そんな、無茶にも程がある。
確かに鉄格子は突破出来るかもしれねえ。俺の目がフラフラで見つからなかったらの話。でも、鉄格子の先には重厚な扉があるんだぞ?
ここは危険人物NO.1に与えられた独房だ。セキュリティだって他の部屋より全然良い。マア、鉄格子は老朽化しちまったけど。鍵付きの鉄格子に鍵付きの扉、そこを越えたって吸魂鬼はうじゃうじゃいるし、ここから出ようにも監視塔の前を通らなきゃいけねえ。そんなのバレるに決まってんだろ。それを杖無しの魔法使いが?
……13年もいるんだ、脱獄の危険性はわかってるはずだろ。

それに、こうして俺がブラックの話を半信半疑でしっかり聞いている時点で、ブラックはかなりラッキーな方だと思う。担当が俺じゃなくロブの野郎だったらこいつ、鉄格子が短くなってた時点で間違いなくタコ殴りされてんぞ。あいつ女みてえにすぐ怒るからなあ。

ため息を吐き、頭をぐしゃぐしゃとかく。俺こういうのマジ向いてねえの。

「……悪ィけど、脱獄を見逃すわけにはいかねえよ。ここにちゃんと残るんなら、脱獄未遂を見逃してやってもいい。今の話も全部聞かなかったことにしてやる」

悪ィな、俺も生活がかかってんだ。肩を竦めてそう言うと、ブラックは悔しそうに唇を噛み、俯いた。
独房には俺とブラックの呼吸音があって、外から薄らと海の波音が聞こえた。

「もし……もし俺をここから出してくれたら、近い未来お前にいくらでも出す。いいか、いくらでもだ」

絞り出すようにブラックが言った。
ピクリ、俺の肩が揺れる。やめろよ取引なんて、趣味が悪ィ。ギャンブル好きな男はモテないんだ。

「俺はブラック家の長男だ。弟は既に死んでいる。両親も、この13年の間に死んだ。俺の働いた分の金もある。遺産を含めて、金なら腐るほどあるんだ」

俺の肩がまた揺れた。そうだ、ブラック家といえば純血貴族、金なんてガッポガッポにあるはずだ。
……やめろよ、やめるんだ、金で迷ってるときに金の誘いをするんじゃねえ。

「…………500ガリオンでも?」

興味本位だ、今の質問はただの興味本位。ブラックが信用出来るかも怪しいんだぜ?乗るわけねえだろ?ただ、そう、ただ、いくらまでなら出すっていうか試したいだけだ。500ガリオンなんて何年働いたら貯まる額だってくらいだからな。看守はしんどい仕事の癖して薄給なんだ。

「出す。……500ガリオンだけでいいのか?」
「乗った」

俺は金に負けた。金の誘惑はヴィーラの魅力と大差ねえくらいクラッときちまうもんだ。仕方ねえよ。仕方ねえ。
──確かに俺は公私をきっちり分ける男だ。
だが、男なら公私といえども臨機応変に対応するのが大人な出来る男ってもんだろ?

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