mission2, (1/2)

「……ん?んん?んんんん?」

やあ、俺はナマエ、しがない孤島の監獄の看守だ。
突然だが、俺はホグワーツではスリザリン生だった。そして当時の俺はやんちゃだった。5年のときに初めて付き合った彼女はグリフィンドールの監督生で、浮気した相手はハッフルパフ生、しかもどっちもおっかなくて、お色気満載お風呂デートの後に号泣しながら全裸で廊下を駆け抜けた過去がある。その後についた俺のあだ名、知りてえか?『短めのケンタウロス』だ。短めなのは足とか身長って意味だと思ってる。ケンタウロスは褒め言葉だもん。ボク信じてる。

ちなみに突然俺がこんなことを言い出してなんだなんだと思ったかもしれないが、特に意味は無い。単に思い出しただけの話だ。そう、この鉄格子を見て思い出しただけ。

「…………なんか、短くね?」
「何がだ?」
「うお、おお、オウ、よおブラック。元気か?」
「気分は悪くない」

なんだと、俺の記憶が正しければついさっき吸魂鬼の巡回タイムだったはず。……やっぱこいつ危険人物NO.1だ。なんて恐ろしい男。

だが俺はブラックはそこまで馬鹿じゃねえと思っている。
確かにマグルの街中で魔法ぶっ飛ばして大量に殺して大笑いしてる間に捕まるというミスターおマヌケだが、学生時代の成績は良かったっつーし、おマヌケなだけで馬鹿じゃねえと思うんだよな。

「……アー、ミスターブラック?あのよお、お前、まさかとは思うけど……脱獄しようとしてねえよな?」

口元だけ笑って聞くと、ブラックは俺がめっちゃ面白いことを言ったように笑い出した。

「まさか、出来るなんて思っちゃいねえよ」
「っだよな!そうだよな!俺の勘違いだな!あっはっは!」

ブラックの笑い声に同調するように空笑いをし、俺はほんの少し下に隙間が出来た鉄格子の1本を頭の中の修理リストにいれた。夜中にでもちゃちゃっと直しちまおう。

っつーのが、昨日の話。



シリウス・ブラックは、この前の新聞の件に反して、なんつーか、普段通りに戻った。ほぼ普段通り。
たまに1人でニヤニヤしたり、癇癪を起こす回数が増えたりはしたが、だいたい変わりない。1人でニヤつくことくらいあんだろ、男なんだし。今度えっちな本を差し入れてやってもいいかもしれない。俺は結構優しい男だからな。
ちなみに最後の彼女は卒業間際にスタートして、俺が看守になるまでの付き合いだったレイブンクロー生のアイリーンだ。彼女のSM癖にはかなり体力と精神を消耗したもんだ。別れようとすると号泣され縛られたのでズルズルと関係が続いちまったが、俺がアズカバン勤務になったことを伝えたら「アタシもアズカバンに行く」と言われてしまったからキッパリお別れした。めっちゃ鞭で叩かれたけど頑張った。俺超頑張った。なんで彼女と鉄格子越しに毎日顔合わせないといけないの。想像しただけで地獄だ。

って、俺の過去の女のことはいいんだよ。
ぽわんと出てきたアイリーンの顔を頭を振って消し、日報を書く。
えーと、『囚人番号HZ586 自ら舌を噛み医務室で治療中 容態安定』、それから『囚人番号JK441 西棟へ向かい脱走の意図あり、吸魂鬼により捕獲済み』、『囚人番号NS310 格子を抜け脱走の意図あり、看守ミョウジが発見 懲罰房収容7日間予定』っと。くるくると羽根ペンを回し、だいたい今日のことを書いた紙を梟の足に括りつける。
梟を見送って、俺は普通に寝た。

つまり、すっかり修理のことなど忘れてたわけだ。




「……んん?んんん?んんんんんん?」

下の方が欠けてほんの少しの隙間が空いた端っこの方の鉄格子は、俺の膝くらいの位置で微妙に曲がっていた。
ついでに周りの3本も、同じくらいの位置に妙なへこみと、それから下の部分にはこれまた妙なヒビが。

見覚えのある跡に、ひくりと頬が引き攣った。
まさか、ナア、まさか。そう思いながらも、心は確信している。

「おはようナマエ、今日は雨の匂いがするが外は──な、なんだ?どうし、がっ、あっ」
「ちょいと失礼」
「ふっ、ぐっ、んむぅ」
「噛むなよ」

久々に鍵を開け牢の中に失礼すると、俺は迷わずブラックの口に手を突っ込み口を大きく開けさせた。
朝食のチキンスープはしっかり食べたらしく、細いささみの切れ端が歯の隙間に挟まっているのが見えた。
そして、その奥に、俺は見つけてしまった。

「あがっ、おっ、グゥ、」
「いっつ……噛むなって。血ィ出たじゃねえか。いや、それより────」


これ、なんだ?


ブラックの目の前に、ブラックの口から取れた錆びた鉄の破片を見せる。
ブラックの顔が歪み、細い体が俺殴ろうと動いた。しかし俺だってこの仕事で生きてきた、この程度日常茶飯事だ。

ブラックの手を掴み捻りあげ、足を少しひっかけてやると呆気なく奴は地面に伏した。
1週間前に入ってきたケインみたいに牢屋の中でもひたすら筋トレをしていれば別だが、そういうわけでもねえ身体は細く、俺が少しでも体重をかければすぐに折れるようなものだ。
その証拠に、背中を足蹴にし少し力を入れたらブラックは痛みに呻いた。……ケイン相手ならこうはいかなかっただろうな。

流石に俺がこの職についたときからずっといて、ずっと話し相手だった相手が吸魂鬼のキスを受けるのは心が痛くならんこともない。看守だって情は湧く。
しかし、俺だって公私はきっちり分ける出来る男だ。
体制を変えないまま茶化すように言う。

「……お前、脱獄する気かよ。やめろよな、俺の首が飛ばされるんだぞ」


「俺は行かなきゃならないんだ!」


「行くってどこにだよ、あの世か?お前、吸魂鬼と最後のキス交わすことになんのわかってんだろ?」
「ハリーを殺させるわけにはいかねえ!」

アァ?俺の声が響いた。しかしそれ以上にブラックの大声がぐわんぐわんと木霊した。

ハリー?ハリーだと?
ハリーって名前は聞いたことがある。当然だ、そりゃ当然。多分ここにいる奴らは特に知ってる奴らばかりだ。
西棟のおっかねえ囚人共なんて名前を聞いただけで暴れだしそうな──ハリー、だと?

「頼む!ナマエ、俺は、俺は行かなきゃならねえんだ!ハリーを守らねえと、あの子は、あの子は……ッ!」
「……ちょ、待て、待て待て待て」

「──ハリー?ハリーって、あのハリーポッターか?」

周りを気にして低く囁くように俺が問うと、ブラックは「知ってるのか!?」と顔を上げた。しかし俺の足のせいですぐに呻く。ゴリっつったな。痛そう。

そのとき、カーンカーンカーンと硬い鐘の音が響く。
しまった、もうそんな時間か。吸魂鬼が来ちまう。
俺は足を退け、外に出て鍵をかけた。そのまま、格子越しに咳をするブラックの目を見た。
灰色の瞳が、いつに無くギラギラと生を主張していた。


「夜、また来る。今の話は黙っとけ、いいな」

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