小刻みな揺れに混じるように漂う潮の香りが、瑠夏の鼻をくすぐる。



「ここは……?」



目を覚ました瑠夏は見知らぬベッドに寝かされていた。身体を起こして見回してみたが、飾り気のない部屋は物が少ない。ベッドの他にはテーブルや一人掛けのソファくらいで、元々の住人を想像するのは至難の業だった。

唯一、ドレッサーとそこに置かれたチェーンのアクセサリーが個性を放っている。

(スカルくんの部屋、なんだろうな。きっと)

イニーツィオに与えられた知識の中にいるスカルは、派手なメイクが特徴的だった。恐らくドレッサーの中にはメイク道具が入っているのだろう。スカルがヘルメットの下でいつもメイクをしていることは知っていたが、何故スカルがメイクをするのかを瑠夏は知らなかった。イニーツィオの情報には人物の見た目や役職の話はあったが、性格や行動については何もない。

(ヘルメットに何か意味でもあるのかな)

理由を考えていると、ガタンと音を立てて部屋が大きく揺れた。

「海、ってことは船の中……?」

瑠夏はベッドから降りると、ソファの背によじ登って窓の外へと視線を移した。開かないように固定された丸い窓からは、深い青の水面が見える。それと同時に目に入ってきたのは、高速で動く鋼鉄の塊が海のど真ん中を走っている姿だった。厳めしい船体には、フェリーや旅客船には有り得ないような武装が搭載されている。

あの装備がどんな場面で使われるのかはっきりと分からないが、瑠夏はスカルの代役を引き受けたことを後悔し始めていた。イニーツィオは大丈夫だと言っていたが、戦闘に巻き込まれても自分には何もできない。今まで邪魔者扱いしかされてこなかった自分が、大切な預かり物を守り切れるのだろうか。

「私が小さくなったみたい……」

窓に映った自分の顔を見て、瑠夏は不思議な気分になった。てっきりスカルの見た目そのままなのだろうと思い込んでいた顔は、幼いとはいえ自分の顔のままだった。髪も目も飛び降りる前と変わらない色で、それでも身体はスカルと同じ格好をしている。

(……代理って、どのくらいすればいいのかな)

イニーツィオに渡された紫色のおしゃぶりは、小さくなった瑠夏の身体にくっついていた。どういう仕組みか不明だが、取り外すことはできないらしい。ほんの少しの重みだったが、瑠夏にとっては今この現状が夢ではないことの証明に思えた。



コンコン。



規則正しいノック音が室内に響いて、瑠夏は身体を強張らせた。イニーツィオは代理をしていることを知られてはいけない、と言っていた。もし代理のことを知らない人物が来ているのなら、どうすればいいのか分からない。

「失礼しますスカル様、……いえ、スカル様の代理をされておられる方。お話しさせていただけませんでしょうか?」

聞こえてきたのは落ち着いたトーンの男性の声だった。優しそうな声色に、緊張していた心が少し鎮まる。何より自分のことを知っているであろう呼びかけ方に、瑠夏は少しだけ涙が出そうになった。



深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、瑠夏はできる限り声が震えないように返事をした。

「っはい、どうぞ……」





[ → ]

[BACK]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -