控えめな動作でドアが開けられる。入ってきたのはフルフェイスヘルメットを手にした男性だった。もう片方の腕には大きな箱をぶら下げている。
「初めまして、と言った方が正しいですよね」
扉を閉めた男性は、ソファーの背に立ったままの瑠夏に合わせるように片膝をついた。先ほど見た海と同じような深い青の瞳が、優しそうな顔の中でひときわ印象的だった。
「はじめ、まして」
「大丈夫ですよ、夢を見ましたから。貴女のことを知っています」
男性はそう言って微笑んだ。
「……その夢を、信じるんですか?」
瑠夏は自分でも声が震えていることに気付いていた。もし今目の前にいるこの人物が自分の存在を信じてくれなければ、その時点でスカルの代理を務めることはほぼ不可能だ。
明らかに自分に対して怯えている瑠夏を見て、男性は困ったように苦笑した。
「私はアクセル、と申します。スカル様の部下で身の回りのお世話もさせていただいておりました。あの夢は確かに非現実的でしたが、今こうして目の前に貴女がいらっしゃることは紛れもない事実です。だとすれば、私にはあの夢を信じない理由がありません」
差し出された手を握っていいのかどうか、瑠夏は戸惑った。アクセルと名乗る目の前の人物が嘘をついていない、とは断言できない。
それでも、裏切られることへの不安より、優しい目を信じたいという気持ちの方が強い。
差し出された手に触れると、アクセルは嬉しそうな顔をした。
「よろしければ本当のお名前を教えていただけませんか?」
「……瑠夏、と言います。鈴原瑠夏です」
「瑠夏様、ですね。素敵なお名前です」
「素敵、ですか……?」
素敵だなんて言われたのは一体いつ以来だっただろうか。聞き慣れない賛辞の言葉に、瑠夏はどう答えていいか分からなかった。そもそも他人に興味を抱かれるようなこと自体、いつ以来か思い出せないほど久しぶりだ。
「どうか私のことはアクセル、とお呼びください」
「アクセル、さん」
「呼び捨てで構いません。というより、スカル様はアクセルと呼んでくださってましたので瑠夏様にもそう呼んでいただかないと」
呼び方で代理だとバレてしまうのはまずいでしょう?と悪戯っぽい笑みを浮かべたアクセルにつられて、瑠夏も思わず笑みがこぼれた。何か特別なことをしているわけでもないのに、アクセルの言葉遣いや仕草はとても温かい。
「アクセル」
「はい、瑠夏様?」
「ここに来る前にあの人……、イニーツィオさんにこの世界の知識を貰いました。マフィアのこと、スカルくんがアルコバレーノという役目を持っていること、おしゃぶりのこと、他にもたくさんのことを情報として直接頭の中に流してもらいました」
あの不思議な体験は一体どういう力なのか、瑠夏にはさっぱり分からなかった。しかしそのおかげで今、自分が置かれている世界のことは理解できている。
「でも、スカルくん自身のことはほとんど知らないんです。普段はヘルメットを被ってたり、メイクをしていることは知ってるんですけど、スカルくんの行動や話し方とか全然知らなくて……。見た目はヘルメットでごまかせても、声はどうすればいいんでしょうか……」
話が進むにつれて声が落ち込んでいく瑠夏を見て、アクセルは不意に空いていた瑠夏の手を取った。
「大丈夫ですよ、瑠夏様。あのイニーツィオと名乗られた方が準備してくださったものがありますから」
また優しく笑ったアクセルは、手にしていた箱をテーブルの上に乗せて蓋を開けた。
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