▼ 16-3
「ミラルゴ」
先ほどのさわやか系少年から素に戻ったレックが静かに近づく。
「どうか呪いを解いてほしい。あなたは元は分かり合える普通の人間だったはず。危害をくわえたくないんだ」
「ふん。そんなの…イリカがわしの嫁になるって言えば済むことじゃ。じゃが、なかなか強情な女でな…わしのいう事を何一つ聞かぬのだ」
「ひっどーい。自分の愛欲のために鏡に閉じ込めちゃうなんて、お姫様は苦痛以外のなんにでもないよ。自分勝手でサイッテー!まあ、たしかに〜あのお姫様可愛いと思うけど、世の中にはもっといい女がいるってことを知らなさすぎんのよあんた」
バーバラがミラルゴを睨む。
「そうです。そんな自分勝手な男に女性が惚れるはずがないでしょう。男は時には身を引く覚悟も必要なんです。そうやった積み重ねで、初めて男の魅力があがっていくんですよ。支配欲が強すぎる男は誰からも嫌われますね。ええ、嫌われますとも!」
アモスが自分の経験談を踏まえて強く力説している。
「ええいうるさい!黙れ!人の恋路を邪魔するなーー!」
ミラルゴはべギラゴンを唱えた。
激しく舞い踊る炎にレックが前に出て、破邪の剣でふさぎつつ、最後に一刀両断。
炎は真っ二つに割れると空気中に消えた。
「げげっ!わしのとっておきのべギラゴンがっ…!くっ…おい、だれかおらんか!ランプのまじんよっ」
ミラルゴが大声で仲間を呼ぶ。しかし、呼んでも誰も来なかった。
「あーランプのまじんさんなら、下で片付けましたよ」
チャモロが笑顔で言った。
「まじんなだけに結構手ごわかったけどな」と、ハッサン。
「さあ、覚悟することね、ミラルゴ」
じりじりとミラルゴに詰め寄る一同。
味方はだれもおらず、四面楚歌状態である。
「く、くそっ…!」
「ミラルゴ、もう一度言う。呪いを解け」
レックが先ほどより威圧的な態度で言う。瞳をより鋭いものにして。
「な…そんな事…で、できるはずがないだろうが!わ、わしは…わしは…もうこの生き方を変えられんのじゃあ!」
再びべギラゴンを唱えるが、レックは掌を向けて「マホステ」と呟く。
不思議な青白いオーラが漂い、ミラルゴのべギラゴンをかき消してしまう。勇者だけが唱えることができ、相手の魔法の効果を無効化にしてしまう魔法である。
「な…っ」
ミラルゴはがたがた震える。自分の最強魔法を封じられた今、どうすることもできない。
「オレが貴様を斬る」
すぐにレックは破邪の剣を持ち変える。
勇者モードに覚醒し、瞳が深い蒼眼に染まった。
「貴様の中に眠る邪悪な心を浄化するとしよう。この破邪の剣は邪を断ち、聖を生かす剣。この剣と浄化の力で…貴様の醜い悪の心を斬る!」
雰囲気が豹変した若者を前に、怯むミラルゴ。
「ひ…」
レックは目にもとまらぬ速さでミラルゴを斬りつけた。
決して体は傷つけていない。
悪の心だけを取り除いて斬っただけである。そして、浄化したのだ。
「ぐ…はっ…か、体が…た、保てぬ…」
ミラルゴの体は足元から徐々に砂となって朽ち果てていく。そのまま横に倒れた。
「これでお前の心は浄化された。しかし、お前は人間としての寿命をはるかに超越しすぎた。長く生きながらえる事ができた元凶の悪の魔力は消え、そのままお前は体内の生命バランスを保てず朽ち果てる事になるだろう。残念だが、人生の幕を今すぐここで閉じる事になる」
レックは哀れみの表情で剣を静かに鞘に戻した。どうすることもできないのを知っているから。
その時、ミラルゴの薄れゆく意識の中で、鏡の彼女が泣いているのに気付いた。
自分のために泣いているのか?
こんなひどい事をした自分のために…。
ああ、そうか…彼女も本当はわかりあえたらと思っていたんだ。
「ぐ…はは…今になって…ようやく気付くとはな」
ミラルゴはボロボロになっていく自分を見て、自嘲するように笑う。
「わしは…ただ…イリカに…愛してほしかった。こんな醜い顔だったから、たとえ…イリカに求愛しても、絶対に好いてもらえぬと…思っておった。だから…イリカを傷つけてもいい…どんな手を使ってでも…手に入れようと思った。こうでもしなければ…彼女の気持ちは手に入らぬと…な。…イリカよ…もし…わしが普通にお前を一途に思い、求愛しておったら…お前は…わしを…わしを愛してくれた…か?」
ミラルゴは涙をこぼしながら彼女の鏡を見て訊いた。
鏡の中にいるイリカは泣きながら悲しそうに頷く。そんな彼女も、本当はミラルゴを愛していたのである。
しかし、それはもう遅い。
彼女を傷つけてしまってからもう数千年。長年の鏡の中で、彼女の心はあの王子に向けられたまま…決してその愛は実ることはなくなった。
「…そうか…。わしは…なんて愚か者だったんだろうな…。ただ、普通に彼女と接していれば…わしとイリカは幸せに…なれたというのに…。こんな悲しい終わり方をしなくて…すんだものを…。自分の…外見に自身が持てなかっただけで…すべてにおいて…自分自身を見失って…いたのは…わしだった………すまない………イリ…カ…」
こと切れたかのように、ミラルゴの全身は完全に砂となって崩れ去った。
そのまま彼の砂は風に流されて飛ばされる。
遠く、空の彼方へ――…。
「なんか…最後の最後で可哀想なじいさんだったな」
ハッサンが珍しく辛気臭い顔を見せた。
「仕方ないさ。どんなに思ってても…しちゃいけない事を犯したんだから」
いつの間にか普段通りに戻っていたレックが、切なげに返した。
「ちょっと後味が残る終わり方でしたね…。たしかに悪い事をしましたが、なんだか憎めなかったです」
アモスが遠くを見ながら言った。
「あとで、ぼくはゲントの民としてお墓を作ろうと思います。どんなに罪を重ねても、生きとし生ける人には変わりありませんでしたから」
「それがいいわね」と、ミレーユ。
「あたしも手伝うよ。頓珍漢な恋愛観持ってる奴だったけど、一途に思ってたって所は、プラスポイントだと思うしね」
フォーン城に帰ってくると、さっそく王にミラルゴ打倒に成功したことを伝えた。
これで呪文を唱えれば呪いは解けるだろう事を信じて、地下室へ急ぐ。鏡の前で、王は書物に書いてあった通りの呪文を唱え、そして名を呟いた。
「イリカ」と――…。
鏡は微かにガタガタ揺れ、光り輝く。
イリカがこちらに向かってそっと手を伸ばすと、鏡の外に腕が伸び、自らの体も狭い鏡の中を飛び出した。
鏡は呪いが解けたと同時に亀裂が走り、盛大に割れる。
「フォーン……あなたは…あのフォーン王子の生まれ変わり…なのですね?」
数千年ぶりに外の世界に出ることができたイリカは、涙ぐんでいる。
「ああ、やっと愛しい君の声が聞けたよ」
「…ありがとう…助けてくれて…」
幾千年の時を越えて巡り会った恋人は、どちらからともなく手を触れあい、見つめあう。
これが人間の温もり。
狂いだした運命の奔流に流されてからは、人の温かさに触れる機会なんてなかった。暗い鏡の中で、永遠に近い時を過ごしてから、ずっと忘れかけていたもの。鏡の中と違って美しく、そして空気も違っている。なんて色鮮やかで透き通っているのだろう。
「……イリカ…私の…愛しい人」
王はイリカをじっと見つめたまま、おずおずとイリカの唇を重ねた。
レック達がいるのもお構いなしに、喜びと甘い空気が漂ったのだった。
「おー見せつけちゃってくれますね〜!よ、ご両人!」
アモスは二人のいい雰囲気を煽っている。
「わーよく人前でできちゃうよねー。でもちょっとうらやましい」
バーバラも頬を赤くして見ている。
「これは刺激が強いですねえ」と、チャモロ。
「幸せそうでよかったじゃない」
「そうだな」
レックとミレーユは微笑ましそうに見守り、ハッサンは目に涙をためて感動している。
「えーゴッホン!」
ベルダンがわざとらしく咳払いをする。
「おお、つい我を忘れてしまったようだ」
はっとして照れあう二人。
現実で出会ったのは初めてだというのに、二人の間にはちゃんと愛情が芽生えていた。
「君たちがミラルゴを倒してくれて、無事イリカを助け出す事ができた。ありがとう、イズュラーヒン王子殿下とその仲間達よ。君たちに礼の言葉さえも見つからないよ」
「私もこのご恩は一生忘れませんわ」
イリカも涙ぐんで会釈をする。
「初めてフォーンに逢った時、私にはわかったのです。彼はかつてのあの王子の生まれ変わりであると。そして、何千年の時を越えて、こうして巡り会い、結ばれることができました。それもあなた方のおかげです」
「…二人ともお幸せに…」
レックが祝福するように言葉をかけた。
「ああ、ありがとう。私はこの国を必ず再建してみせるよ。元の美しいフォーン城に戻して見せるさ。その時はまたこの地を訪れてほしい。がらりと変わったこの地を見てほしいんだ」
すっかり見違えるように凛々しい顔つきになった王。
初めてあった時の王とは比べ物にならないくらいの変わり様だった。
「さあ、行こうイリカ。みなに君を紹介しなくては」
王がイリカの手を取る。
「え…」
「もう決めてあるんだ。君を妃に…妻に迎えたい」
「……」
イリカは照れたように頷いたのだった。
「ラブラブだったねー。いいなーあたしもああいう心から愛せる人がほしい〜」
「無理じゃね?お前、男みたいにがさつだし、嫁のもらい手いねーだろ」
レックの容赦ない一言。
「あんだとてめー!レックのバカ野郎ーっ!」
レックを追いかけるバーバラ。
ケンカという名のじゃれ合いである。
「またやってますねえ、あの二人」
チャモロが茶を飲んでいる。
「あの二人…仲がいいわね…」
うらやましそうに見つめるミレーユ。
「あーそれにしても、私もはやく嫁さんほしいです」
「俺も…はあ…彼女歴年齢を脱出したいぜ…」
ハッサンが恒例のリア充爆発しろと言いたげな中、今日も仲間達は平和そのものであった。
十六章 完
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