DQ6 | ナノ
 9-1

 ムドーの城へ侵入した一同は辺りを見渡した。邪悪な気配が漂うこのフロアは、やはり見覚えがあって、大きな大理石の門を跨いだ途端、入口の門はかたく閉ざされてしまった。
 ここを脱出するにはムドーを倒す以外出られないし、脱出魔法のリレミトも効果がかき消されてしまう。完全に閉じ込められた密室の城内に、もちろん敗北なんて事は考えたくはない。
 一同はいつも以上に気を引き締めた。
 見覚えのある赤絨毯と間取りを見渡すと、微かにあの時の光景がまたよぎる。二年前の事を。
 あの時の悔しさともどかしさ、歯がゆさがこの身にヒシヒシわきあがるせいか、体の奥に潜んでいるもう一人の自分が、いにしえの何かを目覚めさせようとしてくる。
 熱くてのど元から這い上がる何かが…。
 体が熱い…。
 これは…一体――…。





――九章 死闘と覚醒 ――






「……どうしたの?」
ミレーユの声にはっとした。
熱くなっていた体が急激に冷めていく。
「い、いや…知っている景色だなって」
 咄嗟に別の理由が口から滑り出た。
「…そうね。ここは因縁の場所だもの。あなたやハッサンにとっても、私にとっても」
「……負けたんだよな」
 レックが悲しそうにつぶやいた。
「まだ勝負の決着はついてないわ。私たちは今をちゃんと生きているのだから」
 ミレーユが自らの掌を見つめて言った。
「本当の負けはもう作らせない。奴に対しての挫折感を味わうのはもうこれっきり。すべての因果を終わらせるために、ここへ再び来たのだから」
「そうそう!俺もまだよくわかんねーけど、こうやってまたここへ来られたんだ。奴の不戦勝で終わった過去は過去!これからの事を考えようや。な?」
 ハッサンがレックの背中を叩く。
「そうです。過去はどうあれ、私たちは前を向いていくだけですよ。さあ、先へ進みましょう。この辺にずっといては危険です」
 少しでも魔物が自分たちに寄りつかないために、チャモロが聖水を仲間たちに振りかけた。
 決してすべての魔物を退けられはしないが、魔王戦の余力を確実に温存するために余計な戦闘は控えたい所。
 デビルアーマーやラリホーンなど、魔王の部下が次々と行く手を阻む。
 行く手を遮る魔物と出来る限り戦闘せずに薙ぎ払い、長い廊下を前進した。
「おい、なんだありゃあ」 
 階段を上がった先に、向こうの方で何かが立っていた。歩いて近づいてみると、それはよくできている石像のようなもので、ハッサンそっくりであった。
「な、なんでこんなところに俺そっくりな石像があんだよ」
「ハッサンが好きな隠れファンの魔物が作ったんじゃね?」
 冗談っぽくレックが言った。
「げげ…俺、魔物に好かれてんのかな。人間以外は勘弁してもらいたいぜ」
「それにしても本当、よくできていますねぇ〜この石像」
 チャモロがじっくり品定めしている。
「ハッサン、その石像にさわってごらんなさい」
 ミレーユが鋭い顔で言った。
「え?さ、触るって」
「いいからはやく」
 きつく促され、恐る恐るハッサンは石像に触れた。
 途端、ハッサンの周りを星屑のようなキラキラ輝く微粒子が現れた。石像の周りも同じように微粒子が現れて、ハッサンと石像を囲む。何がなんだかわからないハッサンは、戸惑いながら何もできずに茫然としている。
 それは一瞬の出来事に近く、刹那の奇跡を見ているようなもので、纏わりついていた微粒子が己と一緒に光の柱となって、石像の方へ伝播するように吸い込まれる。
 人と石像の二つの融合――…。
 みるみるうちに肌の色合いを取り戻し、石像であったものが血の通う人間として生命の息吹が宿った。
「ハッサン…!おい、ハッサンてば!」
 レックが必死に呼びかけている。
「え…あ…俺…一体」
 我に返ったハッサンは、自分を確かめるように自らの掌をまじまじと見た。
「大丈夫かよお前。今、そこにあった石像と融合しちまった感じじゃないか」
「あ、ああ…。ていうか…俺…すべてを思い出した」
 ハッサンはまだぼうっとしながら静かにつぶやいた。
「え」と、驚くレックとチャモロと、不動心のミレーユ。
「何もかも思い出したんだよ。俺自身の事。ムドーに戦いを挑んだことも、今の融合で」
 ハッサンの目には、今まで以上に活力と希望に満ち溢れている。
「まじかよ…」
「ああ。俺はサンマリーノの大工の息子。親父の大工仕事の後を継ぐのが嫌で、家を飛び出したんだ。なにより、ただの町の平凡な大工として一生を終えたくなくてさ…我慢ならなかったんだ。まあ、あの時は若かったし、冷静になれなかったんだろうな。夢は旅の武闘家になりたくてよ…広い世界を旅したかったんだ」
「…そうだったんですか」
「ハッサンらしいわね」
「それでレックやミレーユと出会って、ムドーに戦いを挑んで、まやかしでやられちまって、夢の世界で精神体っつーのになってた自分は、本物の旅の武道家だった。でも、夢をかなえることができた俺は、今までの事をずっと忘れていたんだよ。両親の事も、自分の事も、まるで何かから逃げようとしてたみたいに…」
「ハッサン…」
 以前とどこか違う彼は、これが本当のハッサンなんだと感じた。
「それでどうですか?本当の自分になれた気分は」
 チャモロが訊いた。
「ああ、うそみたいに力がわいてくる。今までの自分はなんだったんだろうってくらいメキメキと強くなった実感がするんだ」
 しゅしゅっと素早く拳を連打させて見せるハッサン。自分を取り戻した彼に、レックはどこかそれをうらやましく感じ、また寂しくも感じた。
「すげーな…お前。前より全然強くなっちまって」
「ま、俺様の血のにじむ努力がやっと実を結んだってやつだ。きっとさ、レック…本当のお前自身もどっかにいるはずだ。俺みたいに。どこにいるのかわからねーけど」
「…本当の…自分…」
 レックはもどかしさを禁じ得ない。
「だが、今はムドーを倒す事が先決だぜ」
「そうですね。ここは奴の魔城。余計な事は考えず、全力で奴を倒すことだけを考えましょう」
「レック、大丈夫。いつかあなたも必ず自分を取り戻せるから」
「…ああ、わかってる。行こう!」
 もやもやとした気持ちを胸にしまいこみ、四人は最奥へ邁進する。
「よし、この奥にムドーが…」
「もうあの時のようにはならないよ」
 大きな扉の前で、四人は再度顔を見合わせて頷き合う。扉に手をついて、力いっぱい扉を押しあけた。
 ゴゴゴ…と、開いていく重い扉の先は…
「く…同じじゃないか…!」
 案の定、白い煙が充満していた。
 吸うと体がしびれて動かなくなる瘴気である。何かの力が働いたように、レック達は煙の中へ引きずり込まれた。
「か、からだが…」
 前回と同様、体が意志とは反対に不随となり、鉛の様に重くなる。瘴気のせいで体全体がピリピリし、もがいて動かそうとすればするほど体にしびれが走り、再起不能に陥るという悪循環。
「ちゃ、チャモロ…君も…か」
 必死に抗おうとするレック。
「す、すみませ…ん…ぼくも…動かな…」
「…く…ムドーめ…卑怯者っ…!」
「だめだ…これじゃあ…あの時と…」
 仲間たちが必死になって抵抗していると、どこからともなく、耳障りな高笑いが聞こえてきた。
「ふはははは!虫けらどもが。何度来ようがこのわしを倒すことなどできぬのだ!再び石となり、永遠の時を悔やむがよい!」
 うっすらと見えるムドーの瞳が妖しく光る。四人は宙に浮かび、ムドーが気合を入れると、一瞬にして四人全員は石化し、粒子となって消え去った。薄れゆく意識の中で、奴の哄笑が聞こえてくる。

 ふざけるな…。
 また…またあの時と同じことの繰り返しだなんて…!
 こんなの…いやだ…!
 いやだあああっ――…!




「お兄ちゃんどうしたの!」
「え…」
 はっと気が付くと、そこは見慣れた自室の天井だった。自分はベッドの下で転がっている。ライフコッドでの自分の家だ。
 どうしてここに…?
…って、なぜこんな事を考えているんだろう。自分は今までライフコッドにいたじゃないか。
 妹ターニアと一緒に、平凡でありきたりで充実した毎日を送っている田舎者であったはずじゃないか。
 でも、今怖い夢をみていたんだ。たしか、その夢の中で、自分は仲間たちと誰かに戦いを挑もうとして……って…あれ…夢の内容が思い出せない。
「すごくうなされていたけど、怖い夢でも見たんだね」
「…ああ、そうみたいだ」
 頭がすごく痛い。
「もうびっくりさせないでよね。突然ベッドから落ちるんだもん」
「…ああ、ごめんよ」
 起き上がり、着衣の乱れを整えると、ターニアが何かを見ていた。見たことがないくらい綺麗な鏡を覗き込んでいる。
「ターニア、それは…」
「これ綺麗だよね。お兄ちゃんが持ってきたんでしょう?」
「え…?そうだっけ」
 考えてみても、そんなものを持ってきた記憶はない。
「でも、変ね。この鏡の中の私…すごく悲しそう…。お兄ちゃんも見てみる?」
「え…あ、ああ」
 流されるように鏡を渡され、自分の姿を覗き込んだ。
 自分の顔はとても悲しそうな顔をしている。どうしてこんな顔を――…?


prev / next


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -